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異世界魔法の描き方  作者: ろじぃ
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3:魔術書の守

「――お兄さん達、誰?」

 か細い声で、少女が問いかける。

「用事でここに来た者だ。気に障るなら、すぐに出ていく」

 僕の返答に、少女は首を振った。

「どんな用事?」

「この家にある、『魔術書』を探しにきた」

「それ、持って帰るの?」

「できればそうしたい」

 そう返すと、少女は表情一つ変えず、僕達に歩み寄ってくる。

 軋んだ床を歩き――底の抜けた床の上を通り過ぎる。

 絵筆を向けたまま、少女に問いかける。

「お前は僕達に何か用があるのか?」

 何も答えず、黒髪を揺らして近づいてくる。

 少女の後ろからは、しっかりと紫色の残像がくっついてきていた。

 僕の後ろに立つスズを庇いながら、臨戦態勢に入る。

「悪いが、それ以上は近寄らないでくれ」

「どうして?」

「お前に何をされるかわからない」

「何もしないよ。それより――後ろ、危ないよ?」

 少女が僕達の後ろを指さす。

 気を引き締めたまま振り返れば――大きな蛇が口を開けていた。

「――ッ! スズ!」

 大きな口を開き、僕達に向かってきた蛇の口に向かって、横に線を描く。

 現れた斬影は蛇の口から後頭部まで切り裂き、血飛沫と共に、目前に倒れてきた。

 それを確認してから、すぐに少女に振り向けば、手の届く距離まで彼女が近づいていた。

 絵筆を向けようとした瞬間に、その手を押さえつけられ、顔を覗き込まれる。

 黒い瞳には光りが宿っておらず、顔も青白い。まさに幽霊そのものだった。

 手を動かそうにも、強い力で押さえつけられている。絵筆を使った抵抗もできない。

 急いで抵抗しようとしたスズを止め、少女と向かい合う。

「助けてくれたのは恩に着る。だが――」

「何もしないよ?」

 向かい合ったまま僕から手を離した。

 解放され、抵抗できる隙すら与えてくれた事に違和感を感じ得ない。

「……一体、目的は何だ?」

「ボクをここから出して」

 突然の一言に、一瞬言葉を失った。

「もしかして、ここから出られないのか?」

 そう問えば、少女はこくり、と頷いた。

「ボクをここに縛り付けてる本があるの」

「『呪文書』の事か?」

「わからない。けど、きっとそうだと思う」

 いつの間にか消えていた威圧感は、やがて不信感へと変わっていった。

 呪文書に縛られた少女。つまり、もうこの世には存在しないはずの存在、という事だろうか。

 もし少女を解放したら、何が起こるのだろう。

 考えたらキリがない。けれど、僕の後ろで隠れていたスズは顔を出して少女に言った。

「一緒に探しましょうか。あなたを縛り付けてる本を」

「えっと、スズさん……?」

「悪い子には見えませんよ? テツヤさんの考えすぎですよ、きっと」

 勝手に事を進めたスズだが、ここは考えていても仕方ない。今はスズの言う通りにしよう。

「本のある場所はわかるか?」

「たぶん、こっちだと思う」

 先を進む少女についていくと、一つの部屋に辿り着いた。

 ドアは他と同じくボロボロだが、押しても引いても開かない。

「結界、でしょうか?」

 スズの言う通り、結界の魔法がかけられている。

 結界の解き方は先生から教わっていた。

「少し離れて」

 僕の言う通りに、スズと少女は僕から離れる。

 結界の解き方は単純だ。それを編み出している魔法陣の力の源を消す、もしくは書き換える事。

 しかし、ちゃんと見定めてから描かなければ、さらに力が増してしまう。

 ドアに絵筆を向け、点を描く。すると、点を中心に魔法陣が展開していく。

「ベルカ式か……」

 三つの小さな魔法陣を繋ぎ、一つの魔法陣としたもの。

 確か解き方は、それぞれの魔法陣に違う意味を持たせる事だ。

 今回は心情の象徴であるハートを基本とした魔法陣が連なっている。

 つまりはそれに似た絵柄、トランプのマークに描き替える必要がある。

 上にある魔法陣は残し、下に二つ並んだ魔法陣を攻める。

 一つは剣の象徴であるスペードに描き替える。

 もう一つには、貨幣の象徴であるダイヤに。

 近しいが異なる意味を持った魔法陣は効力を失い、消えていく。

 結界が解けたドアは自然と開いていった。

「さすがですね」

「適当に描いただけだよ」

「テツヤさん、いつもそう言ってますよね」

 クスッと笑うスズと無関心そうな少女を置いて、先に中の様子を窺う。

 大きな机の上に、一冊だけ本が置かれていた。おそらく、目当ての呪文書だ。

 何も起こらなければ良いのだが、結界を張っていたくらいだ。やはりここも、簡単には済まないだろう。

「様子を見てくる。二人は待ってて」

 机に近づき、呪文書に手を伸ばす。

 こちらにも少女と出会った時に見えていた、紫色の残像が見える。

 意を決して、呪文書に触れる。そして――吹き飛ばされた。

「テツヤさんっ!」

 絵筆を手に立ち上がり、宙に浮かぶ呪文書と向き合う。

 ページが捲られ、現れたのは紫色の猟犬だった。

 ドアを閉め、すぐに逃げ出さない様にする。

 僕がやられれば、今度はスズや少女が狙われる。負ける訳にはいかない。

 牙を剥き、飛びかかってきた猟犬を転がって避け、絵筆で相手を塗り潰す。これである程度は動きを封じられる――はずだった。

 身体に染まった黒を突き抜け、僕に突進してきたのだ。

 直撃は免れたが、脇腹から血が染み出す。

 もう一度飛びかかってきた猟犬の攻撃に合わせ、横に線を引く。

 現れた斬影によって弾き返したが、手ごたえがない。

 まるで、僕の魔法が効いていない様だ。

「悪い冗談は止してくれ」

 絵筆を下に向け、黒い絵の具が一滴床に垂らす。

 目前に円を描き、内側にさらに小さな円を描く。火力を集中させる魔法だ。

 猟犬がこちらに向かってきた瞬間に、描いた円の中に十字を描く。

 突進してきた猟犬の速度が上がり、十字に描いた斬影を突き抜ける。

 頭部から魔力を零しだす猟犬。これなら、十分に太刀打ちできる。

 攻撃を避けた先で絵の具を一滴垂らし、もう一度二重の円を描く。だが、線を描く事が間に合わなかった。

 猟犬の突進が腹部を直撃し、弾き飛ばされる。

「ぐっ――!」

 弾き飛ばされた先で絵の具を垂らし、痛みに堪えながら立ち上がる。

 内臓はやられてはいないが、腹部から血が漏れだした。

 揺れる視界の中、猟犬を見定める。この状態では、あまり素早い動きは出来ない。

 四角を重ね合わせ、盾として具現化させる。今は多少なりとも避ける時間が欲しい。

 猟犬の動きに合わせ、僕も位置を変えていく。その先で絵の具を垂らしておいた。

 飛びつきのタイミングに合わせ、こちらも相手に向かって駆け出す。

 砕ける魔法の盾。目前に迫った猟犬の口を、相手の下に滑り込んで避ける。

 振り返れば、猟犬が飛びかかる瞬間だった。

 避ける間もなく押し倒され、衝撃で絵筆を手放した。

 鋭い牙が僕に迫る。だが――

「僕の、勝ちだ」

 自分の血で染まった両手を床に叩きつけ、血の対価を払う。

 それと同時に展開される四つの魔法陣。

 今までに絵の具を垂らしていた箇所から出現した魔法陣は、瞬時に球体へと姿を変える。

 それぞれの球体から球体へ伸ばされた直線は、僕に被さる猟犬の身体を貫き、行動を封じた。

 結ばれた四つの球体は円を描く様に回転し、新たな魔法陣を描き出す。

 最後に血文字で魔法陣に明確な意味を持たせる。

 描いた文字は『Dismantling』。即ち、『解体』。

 血の対価を得た魔法陣の効力によって編み出された魔法は、様々な所から斬影を生み出し、猟犬を切り刻んでいく。

 やがてその場には、猟犬を編み出していた魔力の欠片が散らばっていった。

 部屋の中に漂うマナの異変に気付いたのだろう。ドアが開き、急いでスズが僕に駆け寄ってきた。

「上手い事、片付いたよ」

「しゃ、喋らないでください! すぐに治療しますから!」

 僕に向けたスズの手を握り、一言だけ返す。

「呪文書を、閉じて」

 慌てていたスズもすぐに頷き、魔術書を手に取り、そして封をした。

 これでもう、魔術書に関する問題は起こらない。

 自分の鞄にそれを仕舞うと、すぐにスズの手が僕の傷口に触れた。

 それから深呼吸をして、治療魔法を唱え始めたのだった。


 目を覚ませば、安心したスズの顔が目前にあった。

「良かった……テツヤさん、無茶し過ぎですよ」

 どうやらスズの膝枕の上で眠っていたらしい。

 少しだけではあるが、身体が楽になっていた。傷口も塞がり、出血だって止まっている。

「スズさんがいてくれて良かった」

「それは私のセリフですよ。――お疲れ様です、テツヤさん」

 横を向けば、呪文書に縛られていた少女が眠っていた。

 果たして、これで解放されたのだろうか。

「『ミーテ』という名前みたいですよ。あの子」

「解放されて、いろいろ思い出したのかい?」

「それはまだわからないですよ」

 優しく微笑んで、ミーテと呼ばれた少女を見つめて、話を続けた。

「あと、これからは私達と一緒にいたいと言ってましたけど、どうしましょうか?」

「どうするって……連れて帰るしかないか」

「ふふっ、良かったです。もしかしたら、ここに置いていく、と言われるかとドキドキしてました」

 正直、こればかりは僕の一存で最後まで決める事はできない。

 ちゃんと先生の許可を得る必要がある。

 そのためには、まずは帰らなければならないのだが、身体も満足に動かない。

 傷は治してもらえたが、失った血までは戻せなかったらしい。

「今夜はここで一泊ですね」

「うん……だけど、スズさん――」

「今更ですけど、スズって呼んでもらえませんか?」

 唐突にそう言われ、返答に困ってしまう。

「えっと、咄嗟にそう呼んでもらえて嬉しかったので、その……」

 咄嗟に彼女を呼び捨てにした事があっただろうか。

 よく覚えてはいないが、スズが求めるなら、それに応じようと思う。

「わかったよ、スズ」

「――はいっ!」

「あと、今日は脱いだりしないでね」

「そ、それは……努力します……」

 どんな状況下に置かれても、スズの癖からは逃れられないらしい。

 今はただ、生きて仕事を終えた事を喜ぶべきだろう。

 そんな事を考えながら、一晩を過ごしたのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

次回からは、一週間前後で投稿したいと思っております。

では、また次回まで。

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