2:廃屋の少女
「――ただの抜け殻だ」
僕を書斎に招き入れた先生の第一声がそれだった。
タバコを吸う先生の隣に転がっている男からは、すでに生気を感じられなかった。
「抜け殻、というと?」
「こいつは人形だ。人に近しく作ってはあるが、厳密には違う」
人形と呼ばれた男に灰を落とすと、一気に燃え上がった。
バチバチ、という音と共に、人形らしい姿が露になる。
「『人形使い』が扱う道具だ。あらかじめ仕込まれた一つの物事しか出来ない代物だが」
煙を吹きかけると、瞬時に火が消える。
その場に横たわる人形を見ながら、先生は続ける。
「この作り方には見覚えがある。そこで、お前さんに一つ仕事を頼みたい」
「……難しい事じゃなければ」
僕の返答に不穏な笑みを見せてから、用件を告げた。
「とある男の首を一つ持ってくるだけだ」
「先生ったら、また物騒な話をして……ただのお使いなのに」
いつも、先生からお使いを頼まれる時は、大体脅かされていた。
僕は最初こそ気にしていたものの、スズの助言もあり、今では気にせずに事を納めていた。
けれど、今回ばかりは脅しの類では収まりきらない、信憑性すらあった。
あの笑みだ。今までとは違う、どす黒い闇を含む笑みは、今までに見た事がなかった。
「今回も同じだと良いね」
「テツヤさんは気にし過ぎですよ。もっと気楽に捉えてください」
「あぁ、わかってるよ」
先生は『とある男の首』を持ってこいと言った。
それがどんな意味をはらんでいるかは、今の僕にはわからない。
けれど、どんな事でも注意するに越した事はない。
これから向かう先は街はずれにある、一件の建物だ。
僕の覚えでは、とてもではないが人の住める状況ではなかったはずだ。
そんな場所に一体何があるのだろうか。
「――ねぇ、スズさん」
「はい? 何でしょうか?」
「……いや。早いところ先生からの頼み事を済ませようか」
「は、はい……?」
不思議そうな顔で首を傾げたスズと共に、街はずれに向かった。
何事もなく、目的のボロボロの大きな家まで辿り着く。
辺りには何もなく、ただ草木が生い茂っているだけで、自然な風が吹いていた。
問題は何もない。
「鍵、掛かってますね。どうしましょう?」
入口のドアを調べて、僕に振り返ってスズが問う。
「こじ開けるしかないかな。ちょっと試してみる」
絵筆を手に、鍵に線を描く。
『魔力』によって効力を得た線は、一筋の斬影となり、鍵を真っ二つにした。
ゆっくりとドアを開き、中を確認してから、玄関に入る。
建物の内装は外装と同じくボロボロになっており、二階へ続くだろう階段も崩れている。
隙間という隙間からは光が入り込み、灯りを使わなくとも問題はなかった。
「うぅ……早く先生に頼まれた物を回収して、すぐにここから出ましょうか」
「うん。長居してたら埃臭くなりそうだ」
まずは近間にあるドアを開き、部屋の中に入る。
客間の様な造りではあるが、天井も抜け落ちていた。おかげでそこに置かれていただろう物は全て埋もれている。
「抜け落ちてる床もあるから、気を付けてね」
軋む木製の床の上を歩き、崩れた部屋を調査していく。
最初に入った部屋だ。そんなすぐに目当ての物が見つかる訳もない。
抜けた天井から見えた二階の部屋を覗けば、そちらも人が入れそうなスペースもなかった。
「酷い有様ですね。他も見て回りますか」
「そうだね。ここには何も用事もなさそうだ」
ドアを開け、スズが先に出る。僕も後に続こうとした時だ。
二階から物音がした。床が軋む様な、そんな音だ。
「どうかしました?」
「いや、気のせいなら良いんだけど」
「むぅ……先生みたいに変な事言わないでくださいよ」
「あぁ、ごめん。他を見て回ろうか」
一度調べた部屋のドアは開けておく。目印みたいなものだ。
他に見つけた部屋は、食堂と厨房が一緒になった部屋と、書斎らしき部屋。
どちらも酷い有様ではあったが、簡単には調べる事ができた。
食堂と厨房がある部屋には、しばらく使われていない食器や料理道具が散在し、置かれていた鍋の中には腐ったスープらしき物を見つけた。
しばらくここは使われていない、という事だろう。
書斎らしき部屋には、倒れた本棚と散らばった本の山。そして壊れて横になっている机と椅子が見つかる。
「この中にあれば良いんですが……」
「一つ一つ探すしかないね」
一冊の本を手に、中身を確認する。
この世界の歴史書だろうか、かなり昔にあった戦争話が書かれていた。
「こんな世界にも戦争があったんだね」
「私が生まれる前の話ですけど。先生から少しだけ聞いた程度ですね」
平和なこの世界にも、殺伐とした時代があったのか。
本を閉じ、他を当たる。
文字がすっかり滲んでしまった本、色あせて中身がわからない本。
そして、そもそも何が書かれているかもわからない本ばかりだ。
時間がかかったものの、手ごたえはゼロだった。
「ここも見当違いでしたね。変な本ばかりでしたけど……」
「一体誰がここで本を読んでいたんだろう」
「知りませんよ。あ、袖にインクが……まだ新しいシャツなのに……」
見れば、スズのシャツの袖が黒く滲んでいた。
という事はつまり、あまり時間も経たず、劣化していないという事だろうか。
もちろん僕の推測に過ぎないのだが。
「うぅ、今日は散々です……他も見て回りますか……」
「とは言っても、残るは二階くらいかな」
「階段、崩れてましたね。どうしましょうか?」
玄関前まで戻り、絵筆で大きめの台形を描く。
現れた台座を登れそうな位置まで運び、先に僕が登る。
「スズさん、手を」
「は、はい!」
スズの伸ばした手を掴み、台まで持ち上げる。
大きく描いたつもりだったが、僕達が立つと、意外と狭い。
「こ、これからどうします?」
かなり近い距離からスズに声をかけられ、崩れて登れそうだった所を指さした。
「あそこからみる登ってみる。後で引き上げるね」
「はい。気を付けてくださいね」
絵筆を胸ポケットに仕舞い、壁の隙間に足をかけ、両手に力を入れてよじ登る。
上の様子は下の階と同じく、危なっかしい場所ばかりだ。
「ほら、スズさん」
そう言ってから、彼女の伸ばした手を掴み、引き上げる。
こんな時、スズが軽くて助かったと毎回思う。
「あ、ありがとうございます」
息を切らしながら上まで登ってきたスズを背に、辺りの様子を窺った。
確か、先ほど聞こえた物音は、奥の部屋の方だ。
絵筆を手に、慎重に崩れそうな床の上を進んでいく。
「あの、テツヤさん。そっちは確か、天井の抜けた部屋の上ですよね?」
「うん。少し気になる事があってね」
首を傾げるスズを連れて、奥の部屋を目指す。
壊れたドアを蹴破り、中を窺う。
ぽっかり抜けた床は下の部屋に崩れていた。聞き間違えていなければ、確かに物音のした部屋だ。
周りを調べても、何の痕跡も残っていない。やはり聞き間違いか。
「変な事言ってごめんね。他の部屋を――」
言いかけて、すぐにスズを抱き寄せる。
何が起こったのかわからない彼女の後ろに絵筆を向け、相手と対峙した。
「誰だ!」
黒いドレス衣装の小さな女の子からは、何の返答はなかった。
今気になるのは、女の子がここにいたという事よりも、彼女の後ろに見える残像の様なモノだった。
異変に気付いたスズは、すでに僕の後ろに下がっている。
小さな身体から発せられているとは思えない、威圧感。
少女のどんな行動にも対応できる様に、態勢はすでに整えてある。
後は相手次第だ。一体、僕達に何をしてくる。
「――お兄さん達、誰?」
お久しぶりです、ろじぃです。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次回もまた不定期になると思われますが、できるだけ早めに投稿できる様努力します。
では、また次回まで。