19:過去との決別
キメラを目前に、僕は左目で相手の弱点を探す。
そして、それぞれの部位。すなわち、頭と身体、そして尾に魔法陣を見つけた。
「みんな、僕からあいつの注意を逸らしてくれ」
その間に急所を狙う。できるのは、僕しかいない。
「わかったよ、ご主人様。先生も良いよね?」
「仕方ないだろう?」
「コハクも手伝う」
戦いには巻き込みたくないスズを背に、僕はキメラに絵筆を向ける。
先生の足元から黒い液体が流れ、コハクとミーテの足元に広がった。
「気休め程度だが、使え」
「これが気休め程度とはね。ご主人様も見習ってほしいよ」
両手を広げ、呪文を唱え始めるミーテ。その足元には、真っ赤な魔法陣が展開されていた。
「腐死されし者、煉獄の焔に寄りてここで屠らん――浄化せよ!」
呪文が完成し、キメラの身体が赤く燃え上がる。
けれどそれは微動だにせず、ミーテに向かって突っ込んできた。
「――コハク!」
ミーテが呼んだ時には、すでにキメラの懐に潜り込んでいたコハクが拳を突き上げる。
宙に浮いたキメラだったが、着地する前には体勢を立て直そうとしていた。
そして――尾に見える魔法陣を捕らえた。
一気に描き、魔力を流し込む。
「――!!」
血飛沫を上げて砕け散る毒蛇の尾。まずは、ひとつ。
同時に黒い液体がキメラを縛り上げていく。
「どうだ、何か見えるか?」
先生に問われ、答えるまでもなく絵筆を向けた。
捕らえたのは身体に描かれた魔法陣。大きく描かれているそれを、なぞっていく。
ギリギリと音が鳴り響き、液体による拘束が解かれていく中、できるだけ冷静に。
「我、汝を守りし者。汝、黒き悪しき者――今、汝に力を貸さん!」
ミーテの呪文が済むと、再び締め付けていく黒い液体。
これならば、一気に攻め立てる事ができる。
描き切った魔法陣に魔力を流し――膝から崩れ落ちた。
目の前で悲鳴を上げ、よろけ、倒れたキメラが見えた。
あと一撃。けれど、体内の魔力が一気に吸い取られた気分だった。
立ち上がり、前足で僕を狙うキメラの一撃をコハクが受け止める。
「テツヤ、一旦逃げて」
異変を察知したコハクに言われ、足手まといにならない様に、一度距離を置く。
「まさか、ご主人様が魔力を制御できないなんてね」
「煉獄に行った後だからな。消耗していてもおかしくはない」
それより、と先生はキメラを見やる。
「こちらも消耗してきたらしいが、まだまだ元気みたいだな」
「弱点は三つだったよね、ご主人様?」
そうだ、と頷く。
改めてキメラを見ても、残る魔法陣は頭に描かれた物のみ。
けれど、キメラは弱まる事を知らず。それどころか――
「強くなってる」
コハクの言う通り、体内に眠っていた悪意の塊が大きくなっている気がする。
まさか、破壊すればするほど凶暴化するのだろうか。
「これを始末する事ができるのはテツヤだけだ。――スズ」
「……わかってます」
僕に駆け寄り、スズが僕に触れる。
俯いたまま、彼女が僕に呟いた。
「お願い、します」
スズの手を取ると、顔を上げた彼女に頷いた。
「――もう一度狙う。みんな、頼む!」
キメラの前足を弾き、よろけたところをさらにコハクが追撃する。
倒れたキメラの身体を黒い液体が覆い被さり、音を立てて地面に押さえつけた。
絵筆を頭に向け――異変に気付く。
「魔法陣が埋まっている……?」
確かに弱点たる魔法陣は見えていた。けれど、薄く見えているだけだ。
つまりは、身体の中に埋まっていったという事。
ここからでは、いや、どの場所から狙ったとしても魔力が届かない場所。
「悪意の塊の中に魔法陣が埋まっている」
身体の奥深くに存在する悪意の塊。
それはおそらく、何かしらの硬い壁に守られている、キメラの動力部。
ブチブチと耳障りな音を立て、引き剥がされていく黒の液体。
狙える時間はあまりない。
「ミーテ、魔力を流す呪文を頼む」
「魔力を流すって、限度があるよ?」
「だったら何重にも唱えてくれ。それを僕が描く」
「そんな事したら――」
言いかけて、わかった、とミーテは答えてくれた。
「死なない程度にしてよ。いくよ――」
僕に向かって両手を広げ、ミーテが唱えていく。
「汝の身に宿りし力。其は眠りし破砕――目覚めよ!」
第一の呪文を、心に描いた魔法陣を目の前に、絵筆を進める。
「次を頼む!」
「わかってる! 其は洗練されし力。我、汝が時を司る――疾走せよ!」
第二の魔法陣を描き――それでも足りない。
「これ以上やったら死んじゃうよ!」
黒い液体が弾け、キメラが立ち上がる。
もう一刻の猶予もない。
「主人の命令は絶対だろ? 早く!」
「――っ! 我、汝を貫き者。汝、我が力に屈さん――轟け!」
第三の魔法陣。これだけあれば、何とか届く。
後は魔力。僕の身体に残っている魔力は数少ない。
このままキメラを狙えば、僕はそのまま死ぬ事になる。だが――
「捕らえた!」
描き切ったキメラの体内に映る魔法陣に魔力を流し込む。
三つの呪文を通して凝縮された魔力はキメラの身体を貫いていく。
同時に僕の身体から魔力が抜けていく。膝から崩れ、それでも魔力を流し続ける。
見えたのは、キメラが大きく口を開けた瞬間だった。
炎が口の中に現れ、そして――目前まで炎の渦が巻き上がった。
そう、目前までは。
「――無理、しないでください……」
「わかってるよ、スズ」
スズが僕を後ろから抱きしめる。
僕の身体の中に魔力が流れ、炎の渦を貫き――キメラの体内をも貫いた。
轟音と共に崩れ落ちるキメラ。
やがて、灰となり、その姿を失ったのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次回はまた1週間前後に投稿しようと思っています。
では、また次回まで。




