1:どよめきのはじまり
徹夜明けの二日酔いでフラフラだった。
魔法を失敗する度に先生に飲まされ、また魔法を失敗する。
この繰り返しをしているうちに夜が明けて、そのまま図書館を追い出されて登校。
「えっと、大丈夫……ではないですよね」
スズが心配そうに僕の顔を覗き込む。そして、むせた。
「うぅ……昨日はどれくらい飲んだんですか……?」
頭痛が酷く、声が出せない。
スズに指を二本立てて見せると、目を丸くして返してきた。
「二瓶も!? もう、先生……」
先生と飲んだ時の換算の仕方は「何杯」ではなく「何瓶」だ。
飲まされる酒もかなり強い物らしく、一杯でも飲めばいろんな意味で幸せになれる。
翌日はこの通り、地獄ではあるが。
「少しだけそこで休みましょう? 治療しますから」
僕の手を掴み、木陰まで連れていかれる。
このままでは遅刻確定ではあるが、拒否する元気すらない。
木の根元に腰掛けると、僕の額にスズの指先が触れた。
「楽にしてくださいね。では……」
一つ深呼吸をしてから、スズが呪文を紡いでいく。
「――地の脈動、我が声に依りて、ここに顕現せよ」
スズの呪文に答える様に、地面から青白い光が舞った。
それは僕と彼女を包み込み、体内に流れ込んでいく。
『マナ』と呼ばれる、万物に流れる生の証。
地面から流れ込んだ大地のマナは僕の中を循環し、やがて溶けて、消えていく。
これがスズの、マナを使う治癒魔法だった。
「少しは楽になりましたか?」
「お陰様で。ありがとう、スズ」
早速動こうとした僕をすぐに押し止め、隣に彼女が座った。
「まだ安定してないんですから、動かないでください」
「だからって、スズもここにいる必要はないだろう?」
「私は、ちゃんとテツヤさんの経過を見てないといけませんので」
こうなってしまっては、スズは梃子でも動かない。
変なところで頑固なのは、出会ってからずっと変わっていない。
「……わかったよ。その代わり――」
「元気になったらすぐに行こう、ですよね。わかってますよ」
クスッと笑って、僕に寄りかかり、すぐに寝息を立て始めた。
結局のところ、僕の体調よりもマナを動かして疲れた自分が休むために、僕をここに留まらせている。
遅刻しても、僕を治療したという言い訳ができる様に。
スズが起きたのは、もう昼過ぎの事だった。
僕とスズ以外は通らない様な道なので、人目を気にする必要はないのだが……。
「どうしてすぐに起こしてくれないんですかっ!」
脱ぎかけの服を慌てながら着直し、真っ赤な顔で僕を揺する。
「善処したよ」
「結果が伴ってませんよ、まったく……」
まるで僕に非があるみたいに言われているが、反論は諦める事にした。
スズの脱ぎ癖もなんとかならないものだろうか。
「……今回はどこまでやったんですか?」
「両手を押さえつけて、押し倒した」
そう答えたら、涙目になりながら引っ叩かれた。
「……気が済んだら、学校に行くよ」
「うぅ……私の話はまだ終わってないですよ!」
「朝から酷い目に遭った……」
遅刻の届出を出してから教室に入り、自分の机に突っ伏した。
隣の席に座っているスズは、窓から外を眺めたまま、ぼーっとしていた。
せめてもの救いは、今日はスズも学校で居眠りしないだろう事くらいだ。
その代わり、僕が居眠りしそうではあるが。
「スズと喧嘩したの?」
耳元で可愛らしい、小さな声が聞こえた。
「大体そんな感じだよ、コハク」
頭を上げれば、背丈の小さな女の子が紅い瞳で僕を見つめていた。
横でまとめた白い髪と幼い顔立ち。
自分の身体に合っていない制服姿が、彼女のトレードマークだった。
「テツヤも大変」
「さすがにもう慣れた……とは言い切れないか」
「そんなテツヤに、良い話と悪い話がある」
「……良い話だけ聞きたい」
「今日の授業、もう終わり」
学校に来る必要がなかった、という事か。
「そして悪い話。テツヤ君とスズの住んでる図書館、襲われた」
日常茶飯事といえばそうだが、コハクが言うならば気になる。
鞄を手に席を立つと、コハクが僕を見上げて言う。
「コハクもついていく?」
「そうしてくれると助かる。スズさん?」
「えっ? あ、帰るんですね。わかりました」
二人を連れて、早々に教室を後にした。
図書館までの道のりを歩いていると、スズもコハクも不思議な顔をしていた。
僕には感じない、マナの流れを察知したのだろうか。
「――何か近づいてる」
遠くを見れば、人影らしい物が見えた。
黒い影はこちらに滑る様に近づき、刃に変形した両腕を振り被っている。
召喚獣の類だろうそれは、召喚師の命令ならばどんな事でも引き受ける。
それが、人殺しであっても。
懐に仕舞っておいた筆入れから筆を取り出し、描く準備をする。
コハクはすでに、拳を相手に向けた態勢を取っていた。
「スズは僕から離れないでね」
「はい、お願いします」
コハクの腕に筆を向け、覆うようにベタ塗りをする。
僕の体内に存在する『魔力』を使い、魔法で篭手を作り出した。
「すぐ終わらせる」
間合いを縮めた召喚獣に向かってコハクが駆け出す。
勢いに任せた一撃は、大気中のマナを使い、火力を底上げしている。
コハクの一撃は腹部を貫いたものの、相手の動きは止まらない。
彼女に振り下ろされた刃の腕に向かって、横に線を引く。
衝撃波と共に剣閃がその場に現れ、両腕を切り裂いた。
隙ができた召喚獣の頭を狙ったコハクの一撃が、相手の頭部を砕く。
事切れた召喚獣はその場に転がり、やがて消えていった。
「召喚獣とは、随分面倒」
「図書館が心配です。すぐに向かいましょう!」
頷いてから、僕を先頭に図書館へ向かった。
「入り口が開いてる……ちゃんと閉めたはずなのに」
警戒しながら中に入れば、惨状が広がっていた。
荒らされた本棚、破り捨てられた本。
そして、まだ新しい血痕がいろいろな所に飛び散っていた。
「随分遅かったな。どこかで道草でも食っていたのか?」
散らかったロビーの椅子で暢気にタバコを吸っている先生の姿があった。
「ここはもう片付けた。後は、『これ』から事情を聞くさ」
縛られ、身動きの取れなくなった血だらけの男が一人、先生の隣に倒れていた。
男でタバコの火を消すと、その場に魔法陣を描く。先生の書斎に行くための転移魔法だ。
先生のえげつない尋問に、耐えられなかった者はいない。おそらくその男もそうだろう。
「では、ここの掃除は任せた」
消えていく先生と男。
辺りは静寂に包まれ、やっと一息吐いた。
――それが、僕達の物語の始まりだった。
連投です、ろじぃです。
次回からは本格的に不定期更新です。
では、また次回まで。