12:不幸な幸福
これからどうするか、なんて考えるまでもなかった。
失踪した生徒の行方をスズとコハクに任せ、僕とミーテは校舎内を調べる事にした。
生徒のいなくなった静かな校内を歩き、異変を探す。
「ご主人様、あそこに何かある」
僕には見えない何かを指差し、ミーテはそう言った。
「ごめん、何があるか僕には見えないんだ」
「あ、そっか。上手く魔法で隠されてるもんね」
ミーテの示した所へ近づき、彼女が壁に触れる。
すると、壁に赤い魔法陣が現れた。
「血で描かれた魔法陣か……」
「趣味悪いね。ご主人様、どうする?」
「どうするも何も」
絵筆を手に、魔力の循環が強い中心の円に新しい線を描いていく。
魔力を保ちきれなくなった魔法陣は能力を失い、色あせて、やがて消えていった。
さて、これで何か変わったのだろうか。
「ご主人様、何か聞こえない?」
「……すごく嫌な音が聞こえる」
ズルズル、と何かを引きずる不快な音が、だんだんと近づいてくる。
やがて音のする先、廊下の奥から見えたのは人の身体を引きずりながら歩く人の様な何か。
絵筆を向けると、隣でミーテも相手に向かって構えた。
「あの人、まだ生きてる。どうする?」
「助けて話を聞くさ。それくらいできるだろう?」
そう問うと、クスッと笑って「もちろん」と彼女は答えたのだった。
三階建ての校舎の至る所に描かれた魔法陣を消していくにつれて、校内はもちろんの事、僕自身にも変化が訪れていた。
「ご主人様、どうかしたの?」
ミーテに問われ、首を振る。
焼けるように視力を失った左目が痛むのだ。
消している魔法陣と関係があるのか、それとも魔力を使っているからかは今のところはわからない。
唯一わかる事は、何かが迫ってきているという圧迫感だった。
「これで最後みたいだね。……ご主人様?」
「あぁ、わかってる。あのさ、ミーテ」
「うん?」
「僕の左目、今どうなっているか、わかるか?」
そう問うと、ミーテはため息を吐いた。
「それくらい、自分でもわかるんじゃない? なんか調子悪いんでしょ?」
「……バレていたのか」
「ボクを見くびって欲しくないよ、ご主人様。でも――」
不安そうな顔をして、彼女は続けた。
「それからどうなるかはボクにもわからない。何かあったら、すぐに言ってよ?」
「わかった……頼りにしてるよ、ミーテ」
そう答えて、最後になるだろう魔法陣を無効化したのだった。
同時にドロドロと何かが溶けていく音が校舎に響き渡る。
「これで変な物は消えたかな」
「一安心ってところか」
「うん。屋上にいる人間はまともならね」
そうであってほしいと願いつつ、僕達は屋上へ向かった。
凄惨な光景が広がっていた。
倒れているのは学校の教師達。皆どこかしらの部位を失い、大量の血を流して転がっていた。
ただひとりを残して。
「邪魔が入ったと思ったら、君でしたか。テツヤ君」
「……お前、いったい何を」
見覚えのある、けれど直接見た覚えのない学校関係者。
「校長として、生徒の幸せを願うのは当たり前の行為でしょう。違いますか?」
「これで幸せになれる、か。何を考えているかさっぱりわからないな」
そう答えると、校長たる男が高笑いをした。
「学生の君にはわからない問題でしたかね。いいですか、教師というものはその身を削って生徒達を幸福にしなければならないのですよ」
つまり、と男は続ける。
「ここで生贄となればこの学校に通う生徒達を幸福にできる。そう、顕現した神の力によって!」
袖をめくり、見せてきたのは蛇の刺青。つまりは――
「邪心の間違いじゃないのか? 邪教徒さん」
「ほう、やはりこの蛇が何を意味するかご存知でしたか」
「詳しくは知らない。が、ひとつわかった事がある」
それは、と男の問いに、僕は絵筆を取り出して答えた。
「どこまでも頭の中が幸せな、イカれた集団だって事だ!」
空に円を描き、魔力を循環させるための線を描いていく。
見えなかった左目から、赤く染まった景色と、男に描かれた魔法陣が見えていた。
同時に、一気に僕へ駆けてきた男に対して、ミーテが対峙した。
「顕現せし黄泉の彼方、捕らえよ我が同胞――汝が認めぬ者を貫け!」
ミーテの眼前に現れた魔法陣から黒い槍が何本も射出される。
それは男の身体を突き抜け――いくつもの大穴を開けて消えていった。
それでもなお立ち続ける男に向かって、完成した魔法陣に魔力を流す。
「なぜ、神を信じない? 無限の力を信じない?」
「――ただ気に食わないだけだ」
魔力が満たされた魔法陣が男の身体に描かれた魔法陣と共鳴を始めた。
炎が燃え上がり、バチバチと音を立てて燃えた男はその場に倒れていった。
「うーん……しばらく学校はお休みになるのかな?」
「しばらく、というより、ずっとかもしてないな」
「果たして、喜んで良いのやら。ボクはご主人様と一緒にいられる時間が増えて嬉しいんだけどさ」
「人の不幸で幸せになれる訳ないだろ? ミーテもそれくらいは――」
「わ、わかったって。冗談通じないなぁ、ご主人様は」
さすがに冗談になっていないから注意したのだが。
それはそうと、スズとコハクの方はどうなったのだろうか。
今回は邪教徒が絡む事件だった。
何が目的なのかは不明だが、事実を知ってしまった以上は放っておけない。
「スズ達の所に向かおう。無事か気になる」
「大丈夫だと思うけど、ご主人様がそう言うなら」
惨劇が繰り広げられた学校を後にし、僕達はスズとコハクの元へ向かったのだった。
数少ない真相への手がかりを求めて。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次回はまた1週間前後で投稿しようと思っています。
では、また次回まで。




