11:迫り来る異変
コハクの一件以来、大きな出来事はこれといって起こらなかった。
週に一度のコハクへの薬の投与にも慣れ、その度に彼女を部屋に招きいれていた。
いや、正確には彼女から僕の部屋に訪れていたのだが。
その一日は、どこかスズの機嫌が悪かった気もしていたが、そのうち彼女も気にしなくなっていった。
授業が一区切りつき、昼食時になるとなぜかいつもミーテが学校までやってきていた。
「ご主人様の監視を頼まれた」
そうミーテは言っているが、僕の何に対する監視なのかは未だに不明のままだ。
先生はこれから僕が変な事をするとでも思っているのだろうか。
それとも、何かを警戒しているのだろうか……。
「――テツヤさん、食べないんですか?」
スズが作ってくれたサンドイッチを手に、いつの間にかそんな考え事をしていた。
「あぁ、いや。なんかぼーっとしていてね」
「テツヤ、最近いつもそう」
「何かあるなら言ってくださいね? って、これはいつも言ってますよね」
「ありがとう。その時は頼りにさせてもらうよ」
そんな僕らを尻目に、もくもくと食事を続けているミーテを見やる。
本当に、何が目的なのだろうか……。
「うん? どうしたの、ご主人様?」
「……学校でその呼び方はやめてくれないかな」
「それだけは無理だね」
きっぱり言われ、話が終わったらすぐ食事に戻る。
何も考えていないかの様に、ひたすらサンドイッチを食べ続けていた。
「それじゃ、ボクはもう戻るね」
「あぁ、気をつけて帰るんだよ」
そう返事をすると、ミーテが僕に顔を寄せてきた。
「――ご主人様も気をつけてね」
それだけを告げ、彼女は学校を後にしたのだった。
「気をつける必要がなければ良いんだけどなぁ」
ミーテの忠告はすなわち、先生からの忠告だ。
つまりは――
「何か起こる、か」
先に校舎に戻っていったスズ達の後を追い、僕も校舎に戻った。
その翌日、事件が起こった。
同じクラスにいた生徒が自殺をしたらしい。
場所はこの学校。投身自殺だったと噂で聞いた。
同じくして、他のクラスにいた生徒が失踪した、という話も。
ゴタゴタの続く学校ではまともな授業もなく、早々に帰宅を命じられた。
そんな中、僕達は校舎の周りを調べていた。
「……怖いですね。変な事件じゃなければ良いんですけど……」
「望みは薄そうだね。ミーテ、何か感じるかい?」
いつもより早く学校に来ていた彼女に問いかけると、首を振られる。
「よくわからない。死の臭いはするけど、一人分のモノだけだよ」
「詳しく言うと?」
「飛び降りた人の死の臭い。かなり臭ってるけど、ご主人様は気付かない?」
残念ながら、僕はそこまで敏感ではない。
他に気にしているのは、スズくらいか。
「そこ、マナが淀んでいます……」
スズが指差す先には、抉れた土と、もみ消されただろう血痕だった。
教師達はここを調べたのだろうか。
警察たる組織にはまだ連絡をいれていない、とは聞いてはいるが。
学校も体裁を保つのに必死なのだろうか。それとも……。
「――そこで何をしている?」
声に振り返れば、クラスの教師がそこにいた。
「あー、ちょっとした好奇心でつい……その、帰ります」
「まぁ、待ちなさい」
立ち去ろうとしたところを止め、僕の肩に手を置いた。
その瞬間に、コハクが相手を蹴り飛ばした。
「――これ、人じゃない」
蹴りの衝撃からか歪んだ身体を起こし、虚ろな目で僕達を見やる、人ではない何か。
それは不気味に笑うと、コハクに向かって駆け出した。
「コハク!」
胸ポケットから絵筆を取り出し、相手に向かって線を描く。
描いた先にあった右手が吹き飛び――それでも走り続ける。
構えるコハクの隣にミーテが立ち、何かを呟き始めた。
「我が鼓動は虚無へ、脈動は深淵へ――やがて汝の時すら崩す」
呪文。それと共に現れた黒い魔法陣は黒い手を伸ばし、相手を掴み、そして握り潰した。
バラバラになった肉片は砂に変わり、風に吹かれて消えていく。
これで確信した。
学校に……いや、僕達の日常に危機が迫っているのだと。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次回はまた1週間前後に投稿しようと考えております。
では、また次回まで。




