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異世界魔法の描き方  作者: ろじぃ
10/20

9:力の代償

「――すぐに治してあげるからね、コハク」

 男はそう言うと、変形した左腕を振り上げ、床に叩きつけた。

 部屋が揺れ、振動と共に僕に向かって亀裂が入っていく。

 転がる様にして避けると、亀裂は僕の隣を抜けて止まり、そして火を吹きだした。

 燃える木造のリビング。けれど火は広がらず、すぐに消えていった。

「神様がくれた力なのに、拒む訳ないよね、コハク?」

 男の言葉に、コハクは首を振る。

「拒む、と言っているが?」

「君は黙っていろ!」

 ――ものすごい衝撃だった。

 男の一振りを伏せてかわせば、頭上を通り抜けただけで辺りの空気が振動し、轟音で何も聞こえなくなる。

 遅れてやってきた風圧に耐えられず、そのまま壁に叩きつけられた。

「うぐっ――!」

 目前に伸びてきた男の左腕からコハクを庇うと、引きはがされる様に掴まれ、そして投げ飛ばされた。

 痛みで声が出ない。骨を何本かやったらしい。

 何よりも痛手なのは、右手が動かない事。

 身を庇っただけでもこの始末。使えなくなってしまった右手で何が描ける?

 激痛で歪む視界の先に、倒れているコハクに手を伸ばす男の姿が見えた。

「もう保ちそうにないね。ここで薬を使おうか」

 ポケットから取り出したのは、何かの薬品の入った小瓶だった。

 このままでは、またコハクに薬を使われてしまう。

 何か手は。せめて、明確に描ける物があれば――どうやってあの男に描くというのだろう。

 近くに転がっていた木片を拾い、男に向ける。

 何を、どうやって、描く。考えている暇なんて、もうない。

 ワイシャツの上から右腕に文字を描く。血で滲んで見える文字は「Cure」。治療ではなく、無理やり『治す』。

 体内のマナを消費しながら急速に治っていく右手は、痛みこそあれ動きはする。

 次は男の身体にどう描くか。右手は動くが身体はもう動きそうにない。魔力の消耗が思ったより激しかった。

 ふらふらになりながら男を見ると、突然視界が真っ赤に染まり、男の左腕に魔法陣らしき物が見えた。

 無意識のうちに右手を伸ばし、男に描かれていた魔法陣をなぞっていた。焼ける様に痛む左目を一切気にせずに。

 叫び声が聞こえた。男の苦痛に歪む悲鳴だ。

 男の左腕が砕け散り、力なく倒れていく男の姿が見えた。

 痛みに耐えかねて左目を押さえ、右目だけでその行く末を眺めていた。

「テツ、ヤ……?」

 動かなくなった男から離れる様に、ふらふらとコハクが歩いてくる。

 やがて僕に辿り着くと、崩れる様にその場に座り、小瓶を渡してきた。

「これ、先生に……」

 手渡された物は、男がコハクに使おうとしていた薬品の入った瓶だ。

 どうしてこんなものを先生に渡す必要が……?

「――先生」

 そう呼ぶも、返事は返ってこない。それもそのはず、結界が張られていてもおかしくはない。

 木片で床に文字を刻む。

「Destruction」。コハクの闇ごと破壊する、そんな気持ちで。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

次回はまた1週間前後と考えています。

では、また次回まで。

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