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スマホから始まる恋物語

「ねえ」
 送った。こんな小さな機械から電波は飛んで行って、僕の入力したメッセージは彼女の元に届くのだ。
「なに?」
 返信が来た。彼女の返信は基本的に早い。僕もそれに負けじとすぐに送り返す。
「君のことが好きかもしれない」
 送った。ただそれだけ――。浮かび上がる既読の文字。だけれど、彼女から返信は来なかった。手が悴み、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえる。震える心臓の鼓動。大きな後悔が僕の胸の中に解き放たれ、僕の心を絞めつける。その時、僕の中にいた一つの何かは終焉を迎え、また一つの違う何かが始まろうとしていた。
 それでも、僕がこの小さな機械から送った言葉は、時を刻む毎に重みを増していき、積み重ねられ、立体的になっていった。

 電車が停まり、僕はポケットから乗車カードを探った。下車したのは名鉄名古屋駅。目的は只一つ。映画を観るということだけだ。
 人混み。そんなのは関係ない。僕は映画を観るためにここに来たのであって、そこに多義的な要素は無く、映画館という場所でポップコーンやらコーラを買うか買わないかは別として、スクリーンだけを求めて名古屋の街を歩くのだ。
 チケットは買ってある。当日券じゃない割に、そこまで良い席とは言えない。でも、それでいいのだ。僕はここに一人で観に来たわけだから、そこまで良い席を取ったとしても逆に気まずくなるだけだ。
 映画館のあるビルの階段を上がると、そこには映画館独特の、宇宙のように広大で、しかしどこか息苦しい空気があった。
 僕は歩きながら、自分の観る映画の時刻が書いてあるチケットの文字を読み、僕の左腕にある腕時計とその数値にどの程度の誤差があるかを確かめる。
 問題ない。早すぎてもないし遅すぎてもない。ジャストタイムで到着だ。もう席に着いていても問題なさそうだしジュース類は買う気も湧かなかったので少し早いかもしれないが席に着いておく。スクリーンからやや遠目の左端の席に。
 様々な映画の予告は僕の映画に対する期待値を高めさせた。くだらないアニメの予告だったり、少しエロチックな予告だったり、大きな爆発音と共に煙が立ち込み、外人が深刻そうな顔をして誰かとトランシーバーで連絡を取り合っているような予告が二、三回は流れた。
 そして映画本編が始まった。配給元の名前がスクリーン全体にデカデカと現れ、ある男が冬の格好(寝間着だろうか?)をして誰かと連絡を取り合っているようだった。
 スクリーンの男は、次のようなメッセージを入力した。
「君のことが好きかもしれない」
 どこかで、それは見たことがあったような気がした。それを思い出そうとした時、僕の脳裏に彼女の笑顔がフラッシュバックし、僕の心をかき乱した。

 塾の帰り、僕は彼女の家を訪ねた。そこに行かなくてはならないと思ったからだ。何故かはわからない。でも、そうしないと全てが嘘になってしまうような気がした。そこにある全ての真実を、僕は受け入れなくてはいけない。気持ちをなあなあにしていては、どこにも進んでいかない。
 震えた手で押したインターホンの音が嫌に響く。彼女の家の扉からガチャリという音がして、彼女が姿を現した。
「もーう、遅い! ずっと待ってたんだからね」
 彼女はそう言った。僕はその言葉に含まれているニュアンスを理解することが出来なかった。
「だから、ほら。入ってきてよ」
 彼女は僕を家へと招き入れた。僕が彼女の家の玄関に足を踏み入れる瞬間は、何故かゆっくりと時間が流れた。
 そして、彼女は言った。
「私は貴方が好き。好きかもしれないじゃなくて、好き」
「え?」
 僕はその時気づいてしまった。人を好きになるということ、人から愛されるということの重みは、決して投げ出すことの出来ない鋼鉄の重りのようであり、決して逃げ出すことの出来ない迷宮のようであることに。
 僕にはどうすることも出来なかった。だから僕は、彼女をそっと抱きしめたかった。だけれど僕にはそれが出来なかった。僕は本当に彼女のことが好きなのだろうか? 彼女は本当に僕のことが好きだという保証はあるのだろうか? このやるせない気持ちは風に飛ばされることはなく、僕の胸の空洞あたりに居座り続けていた。僕は、そこで涙を流すしかなかった。それが、どれだけ愚かなことかわかっていても。
 ぽつりぽつりと涙は落ちていく……。
 人と人とはわかりあえない。それでも愛すというのなら、それでも好きというのなら、どこに気持ちをぶつければいいのだろう。
 ――それでも、好きな人には本当の気持ちを打ち明けるべきじゃないのかな。
 床に落ちた涙はそう語っているようだった。

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