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イノセント・ラヴァーズ

1.イノセント・ラヴァーズ




 誰に恋しようと私の自由。邪魔する事は許さない。

 それが、愛しい貴方でも――




 陰鬱(いんうつ)とした森の奥。昼でも辺りは薄暗く、死体漁りの鳥が鳴く。

 得体の知れない何かが潜んでいそうな沼からは、時折気泡が上がり、じっとりと年間通して湿気に覆われている。

「ふんふんふーん」

 が、どうやらこの少女にはそんな雰囲気も意味がないようだ。

 洗濯された清潔な白いフード付きの外套(がいとう)が、レースの裾を可憐に揺らす。

 被ったフードからこぼれる髪は蜂蜜色の濃い金髪を緩く三つ編みにして、とっておきのピンクのリボンを結び、ショートブーツを履いた足は、浮き立つような足取りで森をひたすら奥へと進んでいる。

 それもそのはず。今、彼女は大好きな人の元へ足を運んでいるのだから。

 いつもより念入りにお手入れをした肌や、焼き鏝を当ててシワを取った衣服。

 全ては、ただ一人に可愛いと言って欲しいからに他ならない。

 不気味で近くに位置する村の者すら忌避(きひ)する森の路も、今の彼女にとってはまばゆく美しい緑柱(エメラルド)の都へ続く黄色いレンガの路だ。

 どんどん暗さを増す奥へと進み、少し開けた場所に出る。

 申し訳程度の低い柵と、両開きの腰までしかない木の門には蔦が絡み、その向こうに小さな畑と小さな玄関ポーチ。漆喰(しっくい)の壁と茅葺き屋根からは一つだけ煙突が飛び出している。

 小さな門へ手を掛ける前に、一度立ち止まってスカートの裾を直してみたり、フードを外し髪を整えてみたりして、最後はとびきりの笑顔を作った。やや幼い顔立ちだが、恐らく歳は十六くらいだろう。

 準備はOK。

 門を開けて玄関ポーチへ辿り着き、丸く大きな胡桃色(くるみいろ)の瞳を期待に輝かせながら、深呼吸して軽く扉をノックした。

「…………」

 応答が、ない。

「…………」

 さらにノックするも、やはり応答がない。

「…………」

 仕方がないので、さらにノックを繰り返し、数分。

「っいい加減にしろ!」

 扉を跳ね飛ばすような勢いで、中から住人が顔を出す。歳は大体二十歳くらいで仕立ての良い紺色のベストとズボン、飴色の革靴は艶々だ。

 青く艶めく黒髪と白い肌、蒼玉の鋭い瞳が今は若干苛立たし気な色で燃えている。

 頭一つ分は高いその顔を見上げ、少女はにっこりと笑顔で言った。

「はぁい、ダーリン。今日も来ちゃった」

「ダーリンじゃない! 何度言わせる気だこの村娘A!」

「うふふ。今日のパイはクランベリーにしてみたの」

「おい、人の話を聞け!」

「お邪魔しまーす」

 ガッ! と玄関の扉と少女の持ってきたバスケットがぶつかり合う。

「やだ、意地悪しないでダーリン」

「違うって何度言わせる気? そもそも何この悪質なセールスみたいなこじ開け方!」

 片や閉めようと力を入れて扉を押し、片や意地でも侵入をしようと言うようにバスケットを扉の間にねじ込む光景がここにある。

「うふふ。ダーリン、この扉立て付け悪いみたい」

「違うよ。閉めようとしてんのに君が悪徳セールスみたいにバスケットねじ込んでんの。わかったらそれ持ってとっとと帰ってくんないかな?」

 一向に退く気配が互いに感じられなかったのだが。

「っ!」

「え?」

 突如ずるりと少女の身体がくず折れた。そのままバスケットを支えにするように(うずくま)る。

「ちょ、何。どうしたっていうのさ」

 若干慌て青年は扉を開け、少女へと手を伸ばす。

「隙あり」

「なっ……!」

 リスかそれともハツカネズミか。兎にも角にもそんな素早さで少女はまんまと室内に侵入を果たした。

「パイと一緒にお茶も用意するわ。座って待っててね」

 苦しそうに蹲っていた様子など欠片も無く、少女は呆然とする青年を残して厨房へと消えた。




 世界の(ことわり)を考えた事はあるだろうか。

 それは時に運命や宿命と名前を変えて、幾度も目の前に現れる。

(けれど、絶対に)

「ねえ」

「なぁに? ダーリン」

(この娘の事ではない!)

「だから、違うって何度言わせる気?」

 木と漆喰で作られた家の中、周囲の不気味さとは裏腹に暖かな陽光が窓から射し込まれ明るい室内で、青年はテーブルを挟んで自分の向かいに座る少女を睨みつけていた。

 壁には様々な乾燥させた薬草と香草。鍵つき扉のついたチョコレート色の棚には多種多様な薬瓶。

 大きな暖炉には、大小大きさもまちまちな鍋が掛かっている。

「何度も言ってるよね? 僕は君のダーリンじゃないし、ここにも来るなって」

「そうだった?」

「そうだよ。だから、もう、来るな」

「嫌よ」

 にっこりと音がしそうな笑顔で、少女は青年に言う。

「だって、ダーリンはダーリンなんだもの」

「ダーリンじゃないし! いい加減にしないと本気で怒るよ! カエルにして、実験に使うよ?」

「あら、それは無理よダーリン」

「……言っておくけど、僕はこう見えても冷酷非道な悪い魔女だよ。あんまり舐めないでくれるかな」

「うふふ。ダーリンが世界で一番強いのは当然知ってるわ。だって私のダーリンだもの。でもね」

 どういう理屈! と青年が口を開く前に、少女はにんまりと笑って人差し指を自らの唇の前に立てる。秘密、と言うかのように。

「ダーリンは、優しいから無理よ」

 少女の言葉に、青年が抗議の声を上げ、

「ふざけないでよ。僕は」

 そして突如として野太い第三者の声が乱入した。

「そのお嬢ちゃんの言う通り。アンタには無理よ」

「白雪の魔女!」

「あ。白雪さん」

「ハァイ。お二人さん。お久しぶり」

 カツッ! とショッキングピンクのハイヒールを鳴らし、しっかり鍛え上げられた抜群の筋肉に、黒いスリット入りロングスカートワンピース、手入れの行き届いた白銀の髪と紫の瞳、どうみてもバッチリメイクが決まった男性は、二人ににこやかに手を振って見せた。

「お元気かしら? 相変わらず不毛な会話ねぇ」

「何しに来た」

「いつもの化粧品受け取りに来たのよ。出来てるでしょ?」

(お前に必要無いだろう!)

 それこそ不毛な事を心中で叫び、青年は来襲した二人の災厄に頭を抱えた。

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