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⑦戦闘準備

 彩月・涼子コンビとの決闘することになった二人は、部室に戻って作戦会議を開くことにした。


「つーか、先輩。無能力者ってマジなの?」


 龍弥はデスクに腰掛ける怜司へと疑問を投げかける。無能力者というのは秀英学園では圧倒的に非力。何も用意がなければ、絶対に勝ち目のない弱者である。


 龍弥の疑問に対し、怜司は笑みを浮かべる。


「ああ、マジだぞ。俺は形骸ゴーストへの適性はなかった」


 形骸。それこそが、摩訶不思議な現象を能力者が引き起こすことが出来る、キーアイテムなのである。普段は無色透明の物質であるが、人間の思念情報に反応してあらゆる物象へと変化する、それが形骸である。この物質を操る力を形骸(ゴースト)能力と言い、それが可能な人間を形骸(ゴースト)能力者と呼称している。


 この学園に居る生徒達は、学園による能力開発の施術を受けることで、この形骸を扱うことが出来るようになるのである。


 当然だが、適正……つまりは先天的な才能が必要になるのだが。


「良いのかよ? 俺はともかく、アンタは手も足も出ない……ボコボコにされちまうぞ?」


 力を持つものと持たざる者。両者の差は歴然である。龍弥は別に怜司が強いなどとは思っていない。それは以前学生証を見たことからある程度理解していたが、流石に無能力者だとは想像していなかった。


 だが相変わらず、怜司は自信満々である。


「問われるのは能力だけじゃないさ。それに武器もちゃんと用意している」


 怜司は手のひらサイズの黒いタブレットを取り出す。


 これはPDAという名称の電子機器であり、生徒一人一人に配布されている情報端末である。学内のネットワークにアクセスすることや、講義の予約や学内の情報を確認できる。簡単に言えば、携帯やスマートフォンのような物であるが、最大の用途は別にあった。


 彼は自分の学生証をその端末の挿入口に刺し、何かしらの操作を始める。


 するとまばゆい光の中から、一丁の拳銃が姿を現した。


「……形骸器械ガジェットか。まあ、それしか手が無いよな」


 形骸器械とは形骸を材料にして作られた道具や機器のことである。秀英学園での決闘において使用し、無能力者であっても能力者に対して有効的な攻撃や防御が可能になるツールとして重宝されている。PDAは外部出力形式による、形骸器械の実体化機能を担っているのである。


「ふーん、拳銃ハンドガンねえ……、意外と基本に忠実ですね」


「まあな。能力が無い以上、能力者からは極力離れて戦わなければならない。それでも安全とは言えないが、ある程度は仕方がないだろう」


 怜司の持つ「拳銃ハンドガン」と呼ばれている形骸器械を見て、龍弥は一応の納得を示した。これぐらいの備えがなければ、話にならない。


「幸い、今回は形骸器械の使用制限は設けられなかった。俺は手持ちの形骸器械を使っていく……お前も使うか?」


「要らねえよ。これだって手に入れるのは大変だったんだろ?」


 怜司の申し出に龍弥は首を横に振って拒否した。


「先輩が用意した物なら、自分で使えよ。そもそも、俺は形骸器械なんてほとんど使ってなかったからな」


「そうか、ではそうさせてもらおう」


 気にする素振りもなく怜司は話を続ける。


「それと今回の作戦だが……」


「俺一人で十分ですよ。アンタは手を出さなくて良い。……むしろ、邪魔だ」


 怜司が口を開く前に、龍弥はやや強引な口調でその先を制した。


 一瞬、二人の間に沈黙が流れ、龍弥は渋い表情になった。


「……あー、何つーか……二人で無理にやる必要はないでしょ? まだこれは初戦なんだし、各々が好き勝手やるってことで……」


 正直な所、今のは言い方が悪かった。いくら怜司が無能力者であろうが、彼は一応自分のパートナーなのである。


 バツが悪い龍弥は、おずおずと怜司の方を窺う。


「それもそうか。なら、お前の言うとおりにしよう」


 あっけらかんとした様子の怜司。


 龍弥はその態度にホッとするが、内心拍子抜けしたような気分になった。


「……良いのかよ。……何て言うか、文句はないのかよ?」


「む? お前が言い出したんだぞ?」


「いや、それは……そうなんだけど……」


 何となく納得がいかない龍弥であるが、目の前の怜司は淡々としていた。


「お前と俺の関係は対等だ。パートナーの意見は尊重するし、実際お互いに武装や力について、理解不足は否めない。まあ、こういうのもアリだろう」


 そう言いながら怜司はPDAをタッチして、「拳銃」の実体化を解除した。


「……そうすか」


 怜司が龍弥の方針に理解を示した以上、彼自身に不満はない。しかし龍弥は、この男の考えていることが良く分からなかった。度肝を抜く挙動が多いが、それ以上にこの龍弥への信頼は一体どういう事なのだろうか。これが変人というものなのか、と龍弥は首を傾げる。


「では俺達は『各々好き勝手に戦って、互いの行動に口は挟まない』という方針で行こう。……だが流石に俺も、何もしない、というのはナシだぞ? でなければ、二対二の意味がないし、そもそもヒマなのは我慢ならない」


「はあ、まあ……それなら良いんじゃないですか?」


 モヤモヤとした思考を取り払い、龍弥は歯切れ悪く返事をする。


 怜司はそれに軽く頷き、そして次の議題へと移った。


「それと、お前は相手二人の能力は知っているか?」


 作戦が決まったところで、今度は対戦相手の情報を確認する。


「彩月の方は、まあ少しは知ってますけど。もう一人は全く分からないですね」


 彩月の決闘の模様を何度か見た事があった龍弥は、彼女の能力を思い出す。


「アイツの能力は〈変質メタモルフォーゼ〉って言って、形骸を変化させて自分の周りの環境を変えられます。例えば、火に強い物質を作って身体表面の耐熱性を高めたり、足の裏に吸着性の高い物質を集めて壁に張り付いたり、とかですかね。応用範囲は広いですけど、効果範囲が対表面から数センチ程度と狭いのが弱点です」


 彼女の能力はかなり汎用性が高いが、その効果範囲の狭さがネックだった。


 怜司は彩月の能力を聞いて、感嘆の吐息を漏らした。


「ほほう、面白そうな能力だな。俺ならローション的な物を作り出して、色々捗らせる」


「ただ聞いただけで、エロ方面への応用を即座に思い付くとは……ホントに変態ですね」


「変態じゃない、紳士だ」


「……はいはい」


 PDAに何かをメモする怜司であるが、龍弥は何が書かれているのか考えたくなかった。どうせ下らない思いつきを書き殴っているのであろう。この変態め。


「水瀬の方は分かった。あとはもう一人、坂本涼子の能力についてだが……」


「ん? 知ってるんですか?」


「ああ、佐々木君からな。彼と俺はペンフレンドだ」


 その言葉に、龍弥は絶望した。


「何という事だ。変態から逃げた矢先に更なる変態が……」


 佐々木君……彼は変態から逃げられない運命なのだろうか。


 顔を手で覆う龍弥など気にせず、怜司は涼子の情報をPDAに表示する。


「坂本涼子の能力は、〈束縛バインド〉というらしい。何でも、形骸で作り出した伸縮自在の鞭を使うそうだ」


 彩月の能力と違い、一定の特性を持つ武器を作り出す能力。それが涼子の場合は鞭であるらしい。おそらく強度や操作性に重きが置かれているだろう。


 だがそれ以前に、能力名が〈束縛〉というのが衝撃的だった。龍弥は恐る恐る怜司へと疑問を呈する。


「ということは、つまり……」


 その意図を理解したのか、怜司は目を細めた。


「佐々木君はきっと、すでに餌食になったのだろう」


「可哀想に……」


 きっと佐々木君はその鞭で散々いたぶられたに違いない。坂本涼子はメンヘラであり、独占欲が強いため、彼が被害を被ったのは間違いない。


 しかしメンヘラという性格が能力にまで表れるとは、と龍弥は絶句する。


 二人はしばらく佐々木君に黙とうを捧げるように沈黙する。


 そして怜司が再び口火を切った。


「それと、龍弥。お前は大丈夫なのか?」


「……? 俺の能力ですか? 余裕ですよ」


 自分の技量と能力に絶対の自信を持つ龍弥は、毅然とした態度で答えた。


 が、どうも言いたいことはそうではないのか、怜司は首を左右に振る。


「いや、それは心配していないが……。水瀬の事だ」


「……ああ」


 龍弥は怜司が何を言いたいのか理解し、そっぽを向いた。


「お前と彼女は幼馴染なのだろう? 倒す覚悟はあるのか?」


 水瀬彩月という幼馴染、近しい人間と戦うことが出来るのか。怜司の言いたいことはそこだった。


 龍弥はこれまで彩月との険悪な関係を続けてきたが、正面からぶつかり、決闘をしたことはなかった。


 だがそんなことは、戦いになれば関係ない。


「問題ないです。誰であろうと、叩き潰します。それにこれは公正な戦いだし、別に負けても死ぬわけじゃない。それぐらい、アイツも分かってますよ」


 秀英学園での決闘は安全に一定の配慮がなされている。大事に至ることはないし、これはルールに則った競争なのである。だから例え友人だろうと、気を遣う必要はない。


「ま、二人とも俺一人で倒しますよ」


 龍弥は明後日の方を向いて、自分に言い聞かせるようにそう呟く。


「……お前がそう言うのなら、俺からは何もないが……ヤバくなったら俺も助けに入る。と言っても、無能力者の手助けなんて必要ないかもしれんがな」


「……そうですね」


 龍弥は無表情でそう言い返した。


****


 学園の一角にある一室。


 そこに彩月と涼子は集まり、机を挟んで明日の決闘の事を話し合っていた。


「ねえ、彩月……ホントに良かったの? 彼と戦うの……」


 向かいに座る彩月を心配し、涼子は問いかける。


 その言葉に対し、彩月は作ったような笑顔を浮かべた。


「遅かれ早かれこうなっていたと思う。だから、私は大丈夫よ」


「……けど、アンタまだ、本当は……」


「涼子……それはもういいから……」


 彩月は表情を曇らせ、俯いてしまう。彼女は五十嵐龍弥との関係に問題があり、それが原因か分からないが、ここ最近は特に元気がない。彩月は涼子に詳しいことを話さないが、彼との関係で思い悩んでいることは、涼子にとって明らかだった。


 だから友人として、涼子は彼女の力になろうと必死だったが、実際にはどうにも出来ていない。それがどうしてももどかしかった。


「それと……ゴメンね。こんな事に巻き込んで。……涼子には、申し訳ないと思ってる。嫌なら、無理に協力しなくても良いから……」


 気遣う様な彩月の言葉に、涼子は腹が立った。


「何言ってんのよ!! アタシもあの変態には、一発決めてやりたいの!! だから、今更関係ないってのはナシよ!! それに『方舟ノア』に所属している以上、アタシたちは勝って当然。……あのメガネ野郎、ボコボコにするわ!!」


 彩月の不安を吹き飛ばす程に強烈な語気で、涼子は捲し立てる。とにかく彼女は彩月に元気なってほしかった。そのためならなんだってやる、というぐらいの構えだった。


 行き過ぎた行動が問題となり佐々木君とは上手く行っていないが、彼女は彼女なりに一生懸命なのである。


 顔を真っ赤にして言い切った涼子の姿に、彩月は目を丸くして驚く。


「……ありがと」


 彩月は安堵したような自然な笑みを浮かべる。


 それを見て、涼子はようやく落ち着きを取り戻した。


「あ……それと、麗華さんには今回の事、内緒にしといて」


 彩月は思い出したかのように、涼子へとあるお願いをする。


「え? 何で? 別にそれぐらい……」


「ダメ。……麗華さんには心配掛けたくないの」


 相も変わらず他人の事ばかり考えている様子の彩月であるが、まあそれぐらいは許そう。彼女のことは自分が支える、と涼子は固く決意する。


「……分かった。とにかく、二人でコテンパンにするわよ!!」


 涼子は親指を立てて、真っ直ぐに彩月を見つめる。


 苦笑する彩月だが、その表情は先ほどよりも元気な物になっていた。


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