表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/17

⑤三大変態ERO

 ポカポカとした陽気が降り注ぐ、そんな爽快な昼下がり。


 秀英学園の中心。学生たちの集う中央食堂に、龍弥はやって来ていた。


 中央食堂は一度に三千人以上を収容できる、広大な敷地面積を持つ建物であった。二十四時間営業の食堂内はフードコートになっており、ヨーロッパ、アメリカ、日本食、さらにはファーストフードチェーン店など、ありとあらゆる料理が用意されている。


「まだかよ、あの変態……」


 その入り口付近で、彼はある人物を待っていた。


「ごっめーん!! 待った~」


 すると甲高いが野太い声とともに、メガネ男子が手を振ってやって来た。


「キモい!! そしてかなり待ったんですけど。……三十分遅刻だ」


 龍弥はそのメガネ――怜司に、不満の声を漏らす。


「そこは『全然、今来たとこ~』だろ。常識的に考えて。時間に生真面目な不良なんて、流行らないぞ」


「アンタが食堂で飯を食おうって言ったんだろ!? まずは謝罪しろ!!」


 龍弥と怜司はコンビを結成した記念に、中央食堂で食事を摂るという約束をしていた。不良なのに無駄に几帳面な龍弥は、約束した時刻の十分前には到着していた。


 そして一見真面目そうな怜司は、申し訳なさそうな態度すらしない。


「よし、入るぞ」


「都合が悪くなると無視か!!」


 マイペースに怜司は食堂の入り口を指さす。


 その仕草に龍弥はやはり不満しかないが、怜司に真っ当な対応を期待するのが間違いだと気づき、すぐに諦めた。


「つーか、あんまり気が乗らないんですけど……」


 建物へと足を踏み入れる怜司の横を、龍弥は苦い顔をして歩く。


「む? なぜだ?」


 怜司はその言葉の意味を計り兼ねた。


「いや、それは……」


 食券機の前にまでやって来て、二人は大勢の学生たちの固まりを捉える。

彼らの何人かは、龍弥の姿を見て渋い顔を浮かべた。


「……こういうことだよ」


 彼は学園では良く知られた不良なのである。出回っている噂では、目を合わせると殴られる、横を通るだけで蹴られる、などと好き勝手な誹謗中傷を受けていた。


 だから龍弥は人の多い所など嫌だったのだが、対して怜司はあっけらかんとした表情になった。


「何だ。それなら問題ない」


「え……?」


 学生たちの目など気にも留めず、怜司は食券機の列へ近づいていく。


「……ん? うわあああ、ひ、氷室先輩だあああああ!?」


 一人の学生が怜司の姿を見て、大声を上げる。


「ええ!? マジか!? 何でここに!?」


「いやあああああああ!?」


 するとその声に呼応するように、各地で驚きと悲鳴が沸きあがった。


「……は? 何これ?」


 突然の事態に理解が出来ない龍弥。良く分からいが、学生たちは怜司の姿を見ただけで、その場から泣き叫びながら逃げていく。


 龍弥をほったらかしにして、一帯は阿鼻叫喚の嵐となった。


「はあ? 誰? 氷室って? そんなに有名なのか?」


「お前知らないのかよ!? 秀英学園を影から操る存在……ERO、ドエーロ、エロルド・オイルという三大変態。その中の一人、ERO……それが氷室先輩だって言われているんだぞ!? ……三人の英知が集結すると、この学園に居る女子全員のスリーサイズが分かるって話だ」


「そんなヤバい人なのか!?」


 少し離れた所から、学生たちの話声が聞こえてきた。


 龍弥はそれを聞いて思考が停止する。三大変態? ERO? 何言ってんの? こいつら馬鹿なのか。


 半信半疑というか、困惑するしかない龍弥は、ゆっくりと怜司の方を見やる。


 その視線に気づいた怜司は、キリッとした顔つきになった。


「私がEROです」


「カッコつけんな!!」


 ようやく現実に返って来ることができた龍弥は、渾身の力でツッコんだ。 


「あんた馬鹿なの!? つーか、三大変態って……なんでそんな、不名誉な称号を付けられてんだよ!? 文句はないのか!?」


 口から火が出そうな勢いで、彼は怜司を捲し立てる。


「ええー、でもEROって、かなりカッコいいと思って付けたんだが」


「自分で命名したのかよ!? ならWINWINじゃねえか!?」


 そうだった。氷室怜司は度肝を抜くような変態だった。なら三大変態でも問題はない。……あれ? これでいいのか?


 龍弥の感性は少しずつ狂い始めていた。


「とにかく露払いは出来た。さっさと食事にしよう。今日は俺の奢りだ」


「奢ってもらえるのは有り難いんだけど、何だろう……この複雑な気持ち」


 龍弥はこの異常さに慣れつつあった自分に、若干の焦りと危機感を抱く。強い気持ちを持とう。自分はまともな不良なのだ。不良らしく、この変態の金で飯にありつこう。


 龍弥がそんな不可解な覚悟を決める中、怜司はさっさと食券を提出して、自分たちの席をどこにしようか思案していた。


「あそこの席がいいな、外の様子を見渡すことが出来る。もしかしたら、女子のパンツが見れるやもしれん」


 彼が指を指したのは、窓際の席だった。


「食事に集中しろ。……大体、あっちは席が埋まってるよ」


「ふむ……」


 すると何を思ったのか。怜司は窓際の二人席、そこで談笑する男女に話しかける。


「そこのお前達。この席を譲ってくれないか?」


 突然の怜司のお願いに、カップルは顔をしかめる。


「はあ!? 何だテメエ? 悪いが他を当たれや!!」


「マー君、もっと優しくしてあげて。かわいそう~」


 男子は怜司へと敵意をむき出しにし、女子は馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「……何やってんだよ」


 龍弥は怜司の奇行に頭を抱え、その場を飛び出そうとする。


 だが怜司は焦る素振りも見せず、非常に緩慢な動きで、男子生徒の耳元に口を近づける。


 そして何かボソボソと呟く。


 怜司の耳打ちに、男子生徒は顔を真っ青にした。


「……ア、アハハ……し、仕方ないな~!! そんなに頼まれたら、譲らざるを得ないな~!!」


 さっきまで悪態をついていた男子生徒は、訓練された兵士のようにその場を立ち上がって、怜司へと席を促す。


「え? ちょ、ちょっと、マー君!? 何で!?」


「うるさい!! とにかく、俺は猛烈に、この御方に、席が譲りたいんだ!!」


 龍弥は彼の豹変ぶりに驚きを隠せない。何言ってんだコイツは? さっきまでテメエ呼ばわりだったのに、御方って。


 一方の怜司は満足そうに、男子生徒へと語りかける。


「いや~、済まない。無理を言ってしまって。代わりに、君にはこれをあげよう」


 怜司は彼へと一枚の紙か写真のようなものを手渡す。


 それを見て、男子生徒の顔が凍りつく。


「……し、失礼します!!」


 そして女を連れて、一目散に駆け出して行ってしまった。


「……何だ今の? 先輩、一体何をしたんだ?」


 彼の常軌を逸した行動の理由を、龍弥は尋ねた。


「ああ、今の男はな、何人もの女と同時に交際している浮気野郎だ。一緒に居た女は、何番目だったか……忘れた。ちなみに渡したのは、他の女との密会を写真に収めたモノだ」


「うわ、そうなのか!! ……というか、何でそんなこと知ってんだ!?」


 他人の事情に首を突っ込んでいる怜司に、龍弥は驚きと変態チックなものを感じる。


「知的好奇心という奴だ」


「情熱の注ぎ方……間違いすぎだろ……」


 さすがに自業自得のような気がするが、この変態に目を付けられてしまった事にだけは、彼に同情を禁じ得ない龍弥である。というかそう考えると、自分は相当に不幸だな、と悲しい気持ちになった。


「さてと、ランチが運ばれてくるまで、今後のことを話し合おうか」


 二人は席に着き、外の風景を眺めながら話を始めた。


「分かっていると思うが、俺とお前はこれから、コンビで決闘デュエルに参加することになる」


 決闘――それは、秀英学園の持つ特殊な取り決めの一つであり、学園での学生ランキングを決定する対戦のことであった。


 内容は単純明快。何事かの種目で学生同士の対戦を行い、勝利すればランクは上昇し、負ければランクは落ちてしまう。ただそれだけである。


「それはまあ、分かりますけど。先輩……アンタ、正直強いんですか?」


「いや、貧弱だ。お前とは比べ物にならないくらいにな」


 首を振ってそう答える怜司の姿を見て、龍弥は以前見た彼の学生証を思い出す。


 9921位。それは学生数一万人を超すこの学園において、大した順位ではない。むしろ三年生であることを考えれば、圧倒的に物足りないぐらいである。


「だから基本的に格闘戦の際は、お前に頑張ってもらう必要がある。そして俺は後衛……お前に指示を送る指揮官として行動するつもりだ」


「……まあ、それしかないでしょうね」


 こうなることは、さすがの龍弥にも分かっていた。怜司が弱いのなら、自分が体を張ることになるだろう、と。


 それに龍弥の強さは、こと格闘戦においては無類の強さを誇るのだから。


 怜司は龍弥の言葉に頷きながらも話を続ける。


「とは言え、秀英学園の決闘というヤツは格闘戦だけではない。知性、精神力、人脈、権力、財力、ありとあらゆる力が必要になる」


 怜司のいう事は尤もだった。


 学生同士で行われる決闘であるが、その種目は参加者だけで自由に決めて良いというルールが存在する。運営に決闘を行う旨を伝え、勝ち負けを判断する審判を準備さえすれば、あとは当人たちに任せる。参加者で将棋やチェスを行っても良いし、じゃんけんで勝敗を決しても良いのである。


 そうなれば腕力など意味は成さない。他の力が重要になってくる。


「お前は単純な戦闘力だけなら大したものだ。しかし、他の力に関しては、正直な所、自分でも首を傾げてしまうぐらいだろう? だから、それは俺がカバーする」


 龍弥はその発言に文句が言いたかったが、その通りなので黙っていることにした。


「……まあ、言いたいことは分かりましたし、それでいいですよ」


 ひとまず最低限の確認を済ませ、龍弥と怜司は次の段階へと進む。


 怜司は目を瞑って言葉を紡ぐ。


「それでは最後だ。互いに自分の秘密を教え合うことにするか」


「……そうですね」


 龍弥もその申し出に、真剣な表情のまま頷く。


 彼らの告白する秘密。それはこの学園で戦う、最大の武器にして、おいそれと他人には打ち明けられないほどの事柄。


 まさしく諸刃の剣と言えるものだった。


 怜司は龍弥の返答に頷き返し、胸ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。


「……え? 何これ?」


 予想した物と違う。というか、物が出て来たことに龍弥は困惑する。


 不可解な気分のままだったが、怜司の方を見ると、その顔は真剣そのもの。


 嫌な予感がする。だと言うのに、龍弥はその紙を広げてしまった。


 それはアンケートらしきものだった。



『男性版変態アンケート!!


 あなたの好きな女性のタイプをお答えください。

 (例:高慢でプライドが高く、エロい体つきの女)


 それはなぜですか?

 (例:プライドを粉々に破壊して、アへ顔ダブルピース状態にしたいから)


 あなたの理想とするプロポーズの言葉をお答えください。

 (例:毎日、裸エプロンで味噌汁を作ってください)


 あなたの性癖を表す思い出をお書きください。

 (例:人の家の前で、ウンコを全力で漏らそうとしたこと)


 あなたはどのような時に興奮しますか?

 (例:オムツパンツを履いて、何食わぬ顔で生活する時)


 あなたは変態ですか?

 (例:いいえ、紳士です)                      』



「何じゃこりゃあああああ!?」


 やっぱり嫌な物だった。何で開いたんだろうか。激しい後悔に駆られる龍弥だが、怜司へとツッコまざるを得ない。


 彼の方を睨み付けると、そこには満面の笑みを浮かべる怜司の姿があった。


「さあ早く書いてくれ。それを記入した時、俺達はまた一歩前へ進める」


 親指を立ててウインクする変態。


「どこへだよ!? 何だこのアンケート!? 途中からどんどんヤバくなって、それを隠す気もないじゃねえか!? つーかこの解答例、アンタのだろ!?」


「親切設計だろう?」


「心折設計だろうが!! 辛うじてまともに見える質問すら、変態的に見えるわ!! もしや、アンタ今もオムツパンツ履いてんのか!? これじゃ本当に、三大変態EROじゃんか!! 何が紳士だ,、この野郎!!」


 色々と問題があるが、まずタイトルが『男性版変態アンケート』と有ったのが一番ヤバかった。女性版がある、という事実。それが信じられなかった。そもそもこのアンケート、変態を対象にしている。つまり怜司から見て……そういうことなのか?


 真面目なテンションで臨んだことへの、怒りと恥辱に染まる龍弥。


「お、今お前……さては興奮しているな?」


 眼鏡をクイッと動かしながら、怜司は尋ねる。


「そうだけど、これはそうじゃねえよ!! テメエと同じにすんな!!」


 広かったはずの食堂に、龍弥の声が虚しく響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ