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④変態と不良のコンビ

 怜司の居る部屋を探して、龍弥は一五階にまでやって来ていた。彼は途中で、部室棟を管理している職員に聞けば早いのではないか、ということにようやく気付いた。


 職員のお姉さんに話をすると、首を傾げながらパソコンで探して貰い、ようやく目的地を知ることが出来たのである。ついでに、そのお姉さんであるが、『こんな部屋あったかしら』と疑問の声を上げていた点については、気にしないことにした。


「ここ……なのか?」


 龍弥の目の前に存在する扉は、アナログチックな引き戸だった。フロアの隅に存在しており、人通りもほとんどない。というか、袋小路のところに位置しており、通路の奥には使われていなさそうな用具が埃を被ったまま放置されている。


 一言で言うと、人が出入りしている形跡がない……廃墟のような場所だった。


「あー、あの……失礼します……よ?」


 余所余所しく扉を開くと、部屋の奥に真剣な表情の怜司を発見することが出来た。彼は扉を向くようにデスクに腰かけ、食い入るように目の前のパソコンを見ていた。


「静かに。今、大事なところなんだ」


 来客に気付いた様子の怜司だが、目線をモニターから外そうとしない。ようやく彼を発見出来てホッとする龍弥だが、邪険に扱われるのは癪だった。何をそんなに集中しているのだろうか。


 龍弥は彼の背後に回り込み、ディスプレイを覗きこんだ。


 表示されていたのは、パネルのようなもので恥部を隠されていた女性の姿だった。


「……先輩、何やってんだよ?」


 何となく、こんな事だろうと思っていた龍弥はため息をつく。


「ブロック崩しだ」


「……そうですか」


 至極当たり前のように返答する怜司に、龍弥は軽く頭痛を覚えた。


 怜司は気にする素振りも見せず、テキパキとした操作でブロックを削っていく。


「フ――また一人、俺の力で陥落したか……」


 最後のブロックを破壊し、怜司は額の汗をぬぐった。はるばるここまで学生証を届けに来たことに、龍弥は激しい後悔を感じていた。何なのこの人? 目先のエロが俺より大事なの? もう好きにしてくれ。


 対して、一仕事終えた怜司は、龍弥へと向き直り笑顔を見せた。


「よく来たな。歓迎しよう、五十嵐龍弥。ようやく決心がついたようだな。俺とお前で、この学園に嵐を巻き起こすぞ。女子のスカートが吹き飛ぶくらい、大きなものをな」


「いや、今日ここに来たのは、そうじゃなくてですね……」


 というかそれ、どういう嵐だよ、というツッコみをするのも面倒だった龍弥は、手早く用を済まそうと学生証を取り出した。


 それを見て、怜司もハッとしたような表情を浮かべる。


「……む? おお、これは俺の学生証か。すまないな、手間をかけさせて。礼を言わせてもらう。ありがとう、龍弥」


 怜司は龍弥の目的を察したのか、素直にお礼の言葉を添える。


「……いや、まあ……暇だったんで」


 あまりにも自然と感謝の言葉を受けた龍弥は、何だか恥ずかしくなって視線を泳がせてしまう。そして何とか、次の言葉を探そうとした。


「……しかし、思ったより内装はまともですね」


 部屋の内装を眺めながら、龍弥はそう呟いた。部屋の広さは驚くほどの物ではない。一人暮らしの学生には十分と言える程度の広さ。壁には時計と絵画、隅には学園で使用するテキスト類が収められた棚。それ以外には来客用なのか、椅子が二つ用意してあるだけだった。


「ああ、期待していたのか。もっといやらしい物を想像したか?」


「別にそうじゃないけど……」


 だが拍子抜けしたのは本当だった。この変人のことだから、大層変態じみた世界を構築しているだろうと思っていたのだ。


 龍弥ががっかりしたような、安心したような心境でいると、怜司は壁に掛けていた絵画へと向かった。


「少し待っていろ」


 怜司は絵画をどけて、その奥にある何かを操作し始めた。


 ピッ、と何かの作動する音が鳴る。


「へ?」


 それと同時に、何かしらの機械仕掛けが動き始めたのか、部屋全体が振動し始めた。本棚が回転し、何もなかった殺風景な壁の一部が、両開きのドアのように開き始める。


「……な、なんじゃこりゃああああああ!?」


 龍弥の目の前には、大量のエロ本やAVらしきものが現れた。おまけに表裏が切り替わった本棚は、本屋も顔負けの細かいジャンル分けが施されている。そしてさっきまで壁だった扉の向こうには、山ほどのエロ、エロ、エロの山。


「隣の部屋を改造して、ボタン操作一つでこちらの部屋から行き来できるようにしている。普段コレクション類は、見えない様に隣の部屋へ格納しているのだ。ちなみに本棚は特に気に入ったものを配架しているぞ。すぐに見られるように」


 自慢げにそう語る怜司。


「ここまでするか普通!?」


 そして開いた口が塞がらない龍弥。


「隠しているエロ本が見つけられるのは、金玉を鷲掴みされているようなものだからな。大胆かつ完璧に存在を消す必要がある。いいか、これは命がけなんだ」


 メガネをクイッと煌めかせながら怜司は答える。


 何だそれは、馬鹿なのか。龍弥は氷室怜司という人間を甘く見ていたと、ようやく理解した。ついでに以前彼はエロ本を発見されていたので、怜司の発言を聞いて何となく股間に悪寒が走った。


 そして彼は部屋の中を歩み出し、更に説明を加える。


「この窓は防弾ガラスを使っていて、外部からは見えない様にマジックミラー化もしている。外壁には超鋼材料を採用することで、硬度や熱衝撃にも強くしているし、停電時のバックアップ電源として、大容量のマグネシウム蓄電池も装備している。開閉機構のスイッチには、一六桁のパスワード認証と指紋認証機能付き。どうだ?」


「どんだけ堅牢な要塞にしてんの!? 戦争でもする気か!?」


 自分の想像を超えた変態に、龍弥はただただ体を震わすしかない。


「おお、よく分かったな。コンセプトは『核戦争が起きてもエロ本が読める部屋』だ」


「戦争が起きてもエロが優先!? 他にもっと大事なものがあるだろ!?」


 龍弥の悲痛な叫びに、怜司はうーんと頭を傾げる。


「え? ああ、トイレか!! それは失念していた。さすがはウンコマン、そこに気付くとは……やはり天才か」


「勝手に命名すんな!! 大体、ウンコマンはアンタだろ!?」


 完全なる冤罪事案に、龍弥は食って掛かる。


 その様子に怜司はククっと笑みを浮かべ、少し真面目な声音で話し始める。


「それで、俺と組む気になったか?」


「無視か!? ……それは、前に断っただろ……」


 素っ気ない返事をする龍弥。


 その言葉に驚く仕草も見せず、怜司はデスクへと再び腰かける。そして真剣な表情で龍弥を見やった。


「お前には冗談に聞こえるかもしれないがな、俺は本気だぞ?」


「……別に俺以外でもいいだろ」


 ここに来るまでの出来事を思い出して、龍弥は嫌悪感を抱いた。周りから見れば、彼は厄介者に過ぎない。早く消えて欲しい存在なのだ。龍弥は自分でもそう思っており、それが自分の価値だと疑わない。


 だが怜司はそんなこと知った事ではない、という態度である。


「駄目だな。俺はお前以外の奴と組む気はない。俺がこの学園で唯一、コンビを組もうと思ったのは……龍弥、お前だけだ」


 真っ直ぐに龍弥を指して、怜司はそう宣言した。その目には真摯な気持ちが見て取れ、言葉にもはっきりとした意志が込められている。


「…………何でそこまで?」


 どうしてそんな風に思うのか。龍弥には理解できない。


 困惑している彼を見て、怜司は一度その表情を崩して笑顔を見せた。


「俺にも夢や願いがあってな。お前とコンビを組めば、それが叶えられそうなんだ。気になるなら俺とコンビを組め。そうすれば教えてやる」


「……」


 訝しむような顔つきのまま、龍弥はじっと怜司を見つめる。


「まあ、俺はこの学園では貧弱な存在だ。学生証を見ただろう? 俺は他のやつからすれば、取るに足らない存在。言うなれば、トイレに流すウンコみたいなものだ」


「例えが汚すぎだろ。……でも否定できない、色んな意味で」


 目を瞑って嘆息しながら龍弥はツッコむ。


「この部屋を訪れたのもお前が初めてだ。俺は友人も恋人も誰もいない。俺はずっとこの部屋で一人だった……お前が来るまではな」


「……」


 怜司の物憂げな表情を見て、龍弥は何とも言えない気持ちになった。人気のない部室、たった一人の部屋、そして埃を被った二つの椅子。毎日毎日、迷惑なほどに龍弥の下を訪れていた怜司の日常。


 彼は一体、どういう気持ちで、今までの時間を過ごしたのだろうか。


 龍弥の学園での日々は、ずっと一人ぼっちだった。今や彼は二年生。まだ一年と少しだけ。それに少し前までは、彩月とも微々たるものだったが交流があった。


 だが怜司は三年生である。自分よりも一年間も長く、この部屋で、誰かが訪れるのを待っていたのだろうか。


「――ッ」


 なぜだろうか。龍弥の拳には力が入っていた。自分には、誰かに必要とされる資格なんてないだろう。他人を拒絶してきたはずだった。


 でも、今その手を跳ね除けるのは――


 唇をキュッと結んで、震える声で、呟くように龍弥は話す。


「……この前のゲーム。あれは、まあ……面白かったですよ。……だから……それを時々やりに来るぐらいなら……別に、いいですよ……」


 俯いたまま、龍弥は必死の思いで、その言葉を絞り出した。


「そうか!!」


 怜司の顔がパッと晴れやかなものへと変わる。


 龍弥は顔を上げ、呆けたように怜司の姿を捉える。どこかホッとした。どこか安心した。まるで憑き物が落ちたかの様な気分だった。


「では、まあ一応、仮のコンビという事にしておくか。試用期間があれば、お前も気が楽だろう」


 いつものように自信満々な口調の怜司に、龍弥は笑みを零す。


「はあ、まあ……それで手を打ちましょうか」


 そっぽを向きながら龍弥は答えた。


 すると怜司は立ち上がって、龍弥の前に右手を差し出した。


「よろしく頼む。龍弥」


 彼の目はただひたすらに真っ直ぐに、龍弥を見ていた。


「……よろしく、お願いします……」


 おずおずと龍弥もその手を握り返す。


「では早速、お前もこの部屋を利用できるようにしなくてはな。お前が来るようにと、いくつか新しいエロ本やAVを用意しておいたんだ」


 意気揚々としたテンションで、怜司はデスクの上のパソコンを操作し始める。


「いやそれは要らねえよ!!」


「そうか? じゃあ、この前のゲームをとりあえずやるか」


「……いいですよ。どうせ暇ですし」


 その言葉を合図に、怜司は奥から以前一緒にやったゲームを持ってきた。


「実はあれから俺も何度か一人でプレイしていたんだ。それでお前が気に入っていた、あのエロい女キャラ。あいつの特別コスを取っておいたぞ。なんと尻丸出しのエロエロコスチュームだ」


「だからそういうのは要らねえよ!! 俺を何だと思ってんだ!?」


 一緒にゲーム機の準備を進める。


 良く分からないがワクワクした。ゲームをやるのが、ではない。


 何だか大事な事を思い出した気になる。それは何だったのか。


 きっとこれから大変だろうな、と龍弥は思った。


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