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③荒んだ心

 龍弥の部屋に怜司が訪れた翌日。学生証を怜司が忘れていったために、龍弥は彼の下を訪れようとしていた。本来であれば忘れ物を届けに行くなど、彼にはあり得ない行動であったが、この学園において学生証を失くしてしまうのは死活問題だった。


 秀英学園では全寮制を採用しており、学生たちは各々で自活することを余儀なくされている。学園内には購買部や店などが至るところに用意されており、彼らはそこで必要なものを買い揃えるのであるが、学生証はそういった際に必要になる。


 学生証には半導体チップが組み込まれており、一円一ポイントの価値を持つ電子マネーが記録されている。彼らはこれをクレジットカードのように使用して、学園内での生活費を払っているのだ。


 各々には必要最低限のポイントが定期的に振りこまれるが、それ以外にもイベントや授業での活躍などによってもポイントを獲得することが出来る。そしてこのポイントは他人に譲渡することも可能であり、序列を競い合う秀英学園では学生同士の取引にも使用されていた。


 そういうわけで、現在怜司は衣食住すらまともにこなせないため、龍弥は渋々学生証を渡しに行こうとしているのだ。


「えーと、この辺だよな?」


 龍弥は二十階以上高さを誇る巨大な建物の前にまでやって来ていた。


 秀英学園にはいくつもの建物が存在しているが、この建造物は特に部活棟と呼ばれている。名前には部活の文字が入っているが、別にこの学園で部活動が行われているわけではない。ここでは生徒同士がグループや徒党を組んで建物の一室を間借りするなどしており、普通の高校の部活やサークルのような様相を呈していた。そのために部活棟などという名前が名づけられたのだ。


 龍弥は巨大な自動ドアを潜り抜け、中へと足を踏み入れる。一階は学生同士の交流を目的としたカフェや休憩スペースが設置されている。ゆえに彼の視界には多くの学生たちの姿が映った。


 龍弥は周囲を見渡して、怜司の姿を探す。龍弥は以前、怜司から『自分の部室を持っている』という話を聞いていた。普段は大抵の場合はそこに居るから、コンビを組みたくなったらいつでも来いと言われていたのだ。


「……居ねえな」


 辺りをうろつくものの、やはりお目当ての人物の姿を発見できなかった。怜司からこの建物に居ると聞いてはいたものの、話半分で対応していたので詳細な場所は分からなかった。


 であるために、龍弥は手当たり次第にこの中を探し回るしかない。


 キョロキョロ周りを見回していると、龍弥の近くの席から声が聞こえてきた。


「おい、アイツ見ろよ――」


「うわっ、五十嵐じゃねえか!! やべえ、カツアゲでもする気か!?」


「……挟間さんにコテンパンにやられたくせに、懲りてねえな」


「くそ、早く消えてくれよ」


 ヒソヒソ声で話す内容は、明らかに龍弥を危険視し、中傷するものだった。


「チ――」


 不快な気持ちになった龍弥は、彼らの方を睨み付ける。陰口していた学生たちは、彼のその視線に気づいてサッと目を逸らした。


 分かり切った反応。龍弥はこの学園の生徒達に、まるで腫れ物に触れるように扱われていた。彼に向けられる感情は、その全てが悪意ばかりなのである。


 ……氷室怜司という変人だけは違ったが。


「……ここはもういいか」


 当初の目的を思い出した龍弥は、一階のカフェを離れて二階へと向かった。


****


「あーもう!! どこなんだよ、あの変態野郎!!」


 龍弥はすでに十階以上、各フロアを練り歩いて怜司の姿を探していた。だが一向に彼の姿、彼が居るはずの部室が見当たらない。


 もう帰ろうか、と龍弥は半ば諦めようとしていた。


 そうしていると、彼の進行方向先の通路から一人の女生徒が現れた。


「――あ」


 龍弥とその少女の視線が重なり合う。彼女は端正な顔立ちに加え、肩にかかるほどの茶髪にヘアピンをつけ、着崩すことなく制服を身に着けていた。


 目を引くような美少女だったが、龍弥の姿を確認した途端、彼女の眉は吊り上った。


「……ふーん。龍弥、まだこの学園にいたんだ」


 ゴミを見るような目つきで、少女は龍弥へと話しかける。彼女は龍弥とすでに旧知の間柄であった。


 水瀬彩月みなせさつき。それが彼女の名前であった。龍弥と彼女は幼いころからの知人、いわゆる幼馴染という関係だった。


「こんなところで一体何やってるのよ? 誰か探してんの?」


 大して興味もないという素振りで、彩月は言葉を紡ぐ。その人を小馬鹿にしたような態度に、龍弥は苛立ちを覚えた。


「……お前には関係ないだろ」


 彼女の向ける敵意に呼応するかのように、龍弥は拒絶の意志を示す。


「相変わらず、態度だけは立派ね。どこからその自信は沸いてくるの?」


「……」


 彩月はその対応に慣れているのか、表情を変えることなく龍弥を煽る。


「授業には全然出てないし、決闘をやっているわけでもない。……やる気がないなら、さっさと学園から去ればいいじゃない」


「……何だと?」


 彩月の挑発的な言葉に、龍弥はその剣幕をより厳しいものに変える。彼らの間柄はすでに最悪と呼べるものになっている。幼いころは仲良く過ごしていた二人であったが、この学園に入学する頃には亀裂が入り始めていた。


 そして一か月前、彼らの関係は今のような状態にまで至ってしまった。


 彩月は負の感情を隠そうともせず、辛辣な言葉を吐き続ける。


「まああれだけの醜態を晒しておいて、未だに姿を見せられるんだから、そこはすごいと思うわ。アンタには、プライドなんて無いんでしょうね」


「――ッ」


 屈辱の過去を思い出し、龍弥は歯ぎしりする。


「正直、目障りなのよ。……何がしたいの、アンタ?」


 その様子を嘲笑するかのように、彩月は龍弥に蔑むような目線を送る。憤怒の感情に包まれた龍弥だったが、なんとか理性を保ち、彩月へと鋭い眼光を向ける。


「……俺が何をするのかなんて、お前にはどうでもいい事だろ。一々俺に話しかけんな。目障りなのはお互い様だ」


 吐き捨てるような言葉を残して、足早に彼女の横を通り過ぎていく。


 彼の言葉に、彩月はほんの少しだけ眉を動かす。が、すぐに冷徹な表情へと戻った。


「……そうね、そうかも。悪かったわね、時間を使わせて」


 彩月は龍弥を止めることも振り返ることもしない。そのまま、彼とは逆方向に去って行った。


 その声音に若干の憐憫を含んでいたことに、龍弥は気づかなかった。


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