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②弱肉強食の世界

 龍弥が怜司の侵略を許してから、数時間が経過していた。


「龍弥。お前はそっちから攻めてくれ」


「じゃあ、先輩は逆側から突入して下さいよ」


 現在二人は並んで座り、怜司が持参したテレビゲームに勤しんでいる。画面に映し出された映像から、二人で協力してミッションをクリアするシューティング系のゲームをやっているようである。


 龍弥は初めこれに興味を示すこともなく、むしろ拒絶する意思を見せていた。だが、怜司が楽しそうにプレイしているのを後ろから眺め、気づけばコントローラーを握った次第であった。


 彼を部屋に渋々入れてしまう辺りからも分かるが、五十嵐龍弥という人間はとてもちょろい。これは最早、明白だった。


「いや、俺は頭脳派だから。お前の後ろを付いていく」


「はあ? 何でだよ?」


 龍弥は怜司の指示に対し、不満を漏らした。


 協力ミッションである以上、二人の呼吸が合っていることがキモだ。片方が陽動、もう片方が敵を狙う。それぐらい出来なければ、クリアは出来ない。


 だが彼の言いたいことを理解した上で、怜司は実に真剣な表情で答えた。


「お前の使用している女だが、尻の形が良くてな」


 龍弥の動かしているキャラは、敏腕スパイ的な女性だった。それもボディラインが女優のように魅力的で、おまけに服装も短パンとぴっちりとした黒のシャツという……一言でいえばエロい恰好をしていた。


「……何でゲームのキャラに欲情してんだ。先輩の持ってる武器の方が強いし、ちゃんと狙って下さいよ」


「ちゃんと照準は操作している」


「なら前に出ろよ」


「それじゃ尻を狙えないだろ」


「いい加減尻から離れろ」


 前を走る女性キャラの臀部を、怜司は武器のスコープで拡大する。ゲームにおいても怜司はスケベ心全開であった。


 その行動に龍弥は呆れかえる。どういう思考回路をしているのであろうか。もしかしたら、自分は最悪な人物を家に上げているのではないか。味方のケツを追いかける点からも、危険人物であることは間違いない。


 そうこう考えている内に、彼らは敵の猛攻に遭い、ゲームオーバーになってしまった。


 二人は大きく溜息をつく。


「……もうお互いに、どんな人間なのか理解した頃だろう。そろそろ俺のお願いを聞いてくれても良いと思うが?」


 ゲームが一段落ついたところで、怜司はここへ来た目的を果たそうとした。


「……アンタとコンビを組めってやつですか?」


 コンビを組む。


 それは彼らの通う秀英学園という特殊な環境で、各々が生き残るために、生徒同士が強力関係を結ぶことを意味していた。こういう事は秀英学園では度々行われ、一対一だけでなく、もっと多人数に渡る場合もある。


「……しつこいですね。何で俺なんですか?」


 自分のような不良をパートナーに選ぶという事に、龍弥は不信感を露わにした。


 だが怜司の方は、全く持って真面目な口調で話を続ける。


「俺とお前が組めば、どんな奴にも負けない。この学園の頂点に立てる。理由はそれだけだ」


「いやさっき負けたじゃん!? あんたがケツを追いかけてたせいで!!」


「過去をほじくり返すな。俺達は未来に生きるんだ」


「……馬鹿げてんな」


 相手にするのが嫌になった龍弥は、その場から立ち去ろうとする。とにかく彼は一人になりたかった。それは氷室怜司とコンビを組むかどうかを思案するためではなく、秀英学園という異常な世界への厭世観から引き起こされたものだった。


「おい、どこに行く気だ?」


「トイレだよ」


 振り向かず、ぶっきらぼうに龍弥は怜司の問に答える。


「何をしに?」


「トイレでやることは一つだろ!! 他にはねえよ!!」


 龍弥はイラついたまま、トイレに引き籠る。


 彼の周囲からようやく雑音が消えた。


 そしてそのまま便座にまたがって、龍弥は目を瞑って考えた。これからの身の振り方。自分の将来について。


「……」


 だがいくら考えても、一向に光は見えて来ない。


(……もう、この学園でやっていく意味なんてない……。もうたくさんだ……)


 実の所龍弥は、秀英学園を退学するつもりだった。以前までの彼はこの学園内において、強い向上心と野心を持ち合わせて日々を過ごしていた。それが一か月前、その信念をへし折られるような出来事が起こったのである。


 それは自分が弱者だと思い知らされた、雪辱の記憶でもあった。


「……クソ!!」


 その時の事を思い出し、じっとしていることが出来なくなった龍弥は、立ち上がってトイレのドアを殴りつける。そしてそのまま、この部屋に居るもう一人の人間を叩き出そうと考えた。


「……もう帰ってくれ。……アンタと組むつもりもない」


 トイレから出た龍弥は、強い剣幕で怜司へ迫った。


 その彼の様子を見ながらも、怜司は至って冷静なままだった。


「やれやれ、頑固な奴だ。あまり強情だと、俺もやり方を変えなければならないな」


 その態度に、龍弥はさらに剣呑な雰囲気を醸し出した。


「……ふーん。もしかして、俺を無理やり従わせようって言うんですか? 悪いですけど、俺は殴り合いなら負けませんよ」


 正直なところ、今の鬱積した感情を怜司にぶつけるのは、八つ当たりであると龍弥は理解していた。だがどんな形であれ、他人の思惑に動かされるのが、彼は我慢出来なかったのである。


 殴って外に放り出せばそれで終わる。龍弥はそう思い、拳に力を籠めた。


「――お前の好きな女性のタイプは、年上のお姉さん属性だな」


 龍弥が動き出そうとした所で、怜司はそんな事を言ってのけた。


「……は?」


 一瞬、何を言ったのか分からなかった。


「ベッドの下、引出し下のデッドスペース……そこにお前の持つ、エロ本が隠されている」


 怜司に言葉に、龍弥は全身が凍りついた。


「な――に!?」


 そして今度は、体中が猛烈な羞恥心に染まっていくのを感じる。


「好きだなあ、お前も」


 ニヤニヤしながら、怜司はエロ本の束をヒラヒラと龍弥の前で見せた。それは間違いなく、龍弥が隠し持っていたエロ本の数々であった。そしてそこに写る女性たちは、怜司の言う通り年上のナイスバディばかりであった。


「うわああああああああ!? 何してんだアンタ!?」


 龍弥は信じられない程に素早い動きで、怜司の持つエロ本を奪い返した。さっきまでイラついていたはずの感情が、気づけば焦りと驚きと怒りに変わっていた。


「恥ずかしがることはない。年齢を考えれば、当たり前とも言える」


 腕を組み、うんうんと頷きながら怜司は言う。


 持っているエロ本を見られる。しかも隠し場所まで当てられた上に、好みのジャンルまでバレてしまう。これは最早、暴力では解決できない弱みを握られてしまった。


「この野郎!! 俺を脅す気か!?」


 龍弥はエロ本を背中に隠して、怜司の魂胆を探ろうとする。


「まさか。俺は男の性癖を決して馬鹿になどしないし、交渉材料にもしない。……むしろ、俺の秘蔵コレクションを追加しておいた。感謝しろ」


「そんな気遣い要らんわ!!」


 予想を遥かに上回る返答に、龍弥は驚愕した。


「そうか? あとティッシュも質の良い物に変えておいたぞ。快適な紳士ライフを送るのには、必要不可欠だからな。それと若いうちからジャンルを固めるのはよくないぞ。柔軟性があるうちに、もっとハードな物にも手を出しておいた方が良い」


「どんなアドバイス!? 俺を一体どうしたいんだ!?」


 目の前の人間……いや変態の行動が異常すぎて、龍弥は付いていけなかった。エロに対するこの熱意、一体どこから来るのだろうか。馬鹿なのだろうか? いや馬鹿だな。


 困惑する龍弥に対し、尚も怜司は毅然とした態度で捲し立てる。


「これからコンビを組むのだから、相棒の特徴を掴んでおくのは大事だと思うが?」


「いや、だからアンタとは組まないって言っただろ……」


「……冗談だろ? 男を家に上げておいて、何もなしか?」


「うん、その言い方は何かおかしい」


 そこまで言って、龍弥は大きな溜息をついた。振り上げようとした拳も、何だかどうでも良くなってしまった。というか、関わった時点で負けみたいなものなのだろう、氷室怜司という男相手には。


 龍弥はもう面倒だったので、そう結論を下すことにした。


「……もう遅いな。俺は自分の部屋に戻る。お前も、さっさと決心を固めろ。……ではな」


 身に付けていた腕時計を確認した怜司は、そう言ってスタスタと玄関へ向かう。


 靴を履いて部屋の外まで出た所で、彼は龍弥の方を振り返った、


「それと風邪をひかないように、就寝するときはキチンと服を着るんだぞ」


「まるで普段から全裸であるかのような物言い!! ちゃんと服は着てるわ!!」


 龍弥はしっかりとツッコんでおくことにした。それに満足したような笑みを浮かべて、怜司は去って行った。


「はあ……何なんだよあの人……」


 静かな空間に取り残された龍弥は、疲れを感じたのかベッドに腰掛ける。


「……ん?」


 フッと先ほどまで怜司が居た辺りに視線を向ける。そこには彼の学生証らしきものがあった。


「……あー、クソ」


 すぐにそれを手に取り、龍弥は彼の後を追おうと玄関に出た。


 彼の部屋は八階建ての寮の最上階にあり、非常に見晴らしが良かった。共用廊下から体を乗り出して辺りを見回すものの、日没から時間が経っており、怜司を追いかけるのは難しそうだった。


「……」


 何気なく、龍弥は怜司の学生証を眺めた。


『氷室怜司。三年。序列9211位』


 そこに書かれていたのは、名前と学年。そして、四ケタの数字で表された何かの順位だった。


「……雑魚中の雑魚じゃねえか」


 龍弥はそれを見て鼻で笑ったが、すぐに自分も似たような物だと思い直した。


 そして彼はそこから見える、秀英学園という広大な教育施設の一部を眺めた。


 見上げる程に巨大な建造物の数々。


 辺り一面を覆い尽くす、森林を思わせるようなキャンパスデザイン。


 夜であっても照明で明るく照らされた、幾重にも伸びた道路。


 アリーナやドームのような施設も持ち合わせ、一つの経済を作り出している。


 そして学園の周囲は、分厚い壁で覆われており、ここが世間とはかけ離れた別世界であることを如実に示していた。


「……」


 龍弥はその風景から目を逸らし、部屋へと戻った。



 ここでは学生同士が、己の価値を掛けて争い合う。


 体力、知力、権力、精神力……その全てが試される、まさに弱肉強食。


 ここに住まう学生の価値は数字で決まる。


 秀英学園――ここは序列によって全てが決まる、実力主義の世界なのだ。


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