プロローグ
氷室怜司という男を一言で表すならば――変態である。
体格は平均的。整った顔立ちに、知性を感じさせるようなノーフレームの眼鏡を掛けている。黙ってさえいれば、彼の下に女性の一人や二人は寄って来るであろう。それは彼自身も理解しており、彼を生んだ母親も思っているだろうし、彼を創造した神様だって『クソ、イケメンに作っちゃった。早く死ねや』と毒を吐くかもしれない。
しかし彼は女性を魅了する魔貌とは対照的に、その内面に問題があった。
「……暇だな。……エロ本でも読むか」
腰かけていた椅子から勢いよく立ち上がり、彼は部屋の隅の置かれていた本棚に一直線で移動する。
そこには大量のエロ本やエロDVDが陳列していた。しかもその棚というのが、10畳程度の広さの部屋、その壁を覆い尽くす程の巨大さを誇っており、パッと見てレンタルビデオショップの18禁コーナーのような様相を呈していた。
「……」
辿り着いた先でピタッと立ち止まり、怜司は真剣な表情で悩み始めた。
幼馴染。ツンデレ。女子高生。人妻。NTR。ロリ。金髪。巨乳。お嬢様。貧乳。
カテゴライズ分けされた棚は、彼独自の基準に従って整理整頓されていた。
そしてどれを選択するのか。怜司は今日の気分とコンディションを考慮に入れながら、最適と思われるエロ本を選ぶために逡巡する。
「……ツンデレ幼馴染……爽やかにいくか」
彼は馬鹿馬鹿しいほど真面目に考えた挙句、『ツンデレな幼馴染が実は俺の事が大好きで紆余曲折の末地球を救うもののモテモテな俺の日常がハーレム展開なのは勘弁してほしい(笑)』を手に取った。
この本を購入した時、怜司は『ツンデレな時点で、すでに主人公の事は好きなのではないか』という疑問を抱いたが、絵柄が好みであったので深く考えないことにした。
ペラペラとページを捲り、素晴らしきエロ漫画の世界へと没頭する。
彼は二次元と三次元を分け隔てなく愛する人間であったため、コレクションしているエロ関連の書籍群は玉石混合の魔窟と化していた。
中でも今読んでいるエロ漫画は、彼のお気に入りトップ5に食い込むほどのものである。
内容は『主人公が幼馴染の女の子に好かれながらも、悪と戦って地球を救い、その途中で出会った他の女の子とも仲良くなってハーレムを築く』というもの。なんとも中学生の願望を詰め込み過ぎてパンク寸前な内容であったが、それは同時に男の夢を内包していた。
そして怜司がこの作品で最も評価しているのは、主人公の飽くなき性欲と真っ直ぐさだった。
主人公は変態的な性欲を持ち合わせ、行動原理の全てがエロで支配されている至高の変態だ。彼は行く先々で出会うヒロイン達相手に、読者をイラつかせるほどにエッチなやり取りを行う。そしてなんと『この世の女体を守る』という理由で悪と戦う。そしてその不純な理由で悪漢たちをなぎ倒し、結果として己のハーレムを完成させる。
だが物語の最後に、主人公は幼馴染のツンデレ少女と幸せになる道を選ぶ。エロの限りを尽くした主人公は、長い冒険の中で性欲ではなく愛という感情を知り、自分が本当に求めていた物を得るのだ。
色々とツッコみたい話ではあるが、怜司はこの結末が気に入っていた。
「……ふむ」
これまで幾度となく読み返したはずの本を閉じ、一呼吸して怜司は初心に戻る。やはりツンデレはヒロインの持つ属性の中でも最強の部類である、と。
怜司はこのツンデレというヒロイン属性を非常に高く評価していた。
その理由はギャップである。
普段はツンツンしているヒロインが、主人公と二人きりになったり弱ったりすることで、それまでにはなかった魅力的な一面を見せる。常とは違うヒロインのキャラクターに、主人公だけでなく読者でさえも唸ってしまう……それがツンデレだ。光あるところに影があるように、スカートの下にはパンツがあるように、ツンあるところにデレはある。いやスカートの下にパンツが無いのも良いかもしれない、と怜司は冷静に考えた。
そしてさらに幼馴染というのも強力な要素だ。
主人公とヒロインの共有した時間。他のヒロインの追従を許さない絆。
人間は過去を積み重ね、その結果で現在を生み出し、そして無限の可能性を秘めた未来へと進む。いわば幼馴染とは人生なのだ。
何度も使い込まれたこの設定。しかし未だに一大勢力を誇っている。某国民的コミックのドリル型ヒロインも、この幼馴染属性に特化している。クーデレなんて目じゃない。
故に幼馴染はヒロインにて最強。
これは言い過ぎではないと怜司は確信している。
「……」
彼は本を元の位置に戻し、壁に掛けた時計を何気なく確認した。
時刻は午前十二時前といったところ。
「……もう時間だな。そろそろ行くか」
そう言って怜司は、ドア近くに用意していた巨大なリュックを背負う。彼は部屋の電気を消して、残された大量のエロ本達を後にした。
****
『さあ!! 盛り上がって参りました!! 間もなく、学園屈指の勢力――方舟を率いるリーダー、立花麗華・狭間誠人コンビの登場です!!』
サッカーの試合が行える程に巨大なスタジアムがそこには存在していた。中心部には何かの対戦を行うためだろうか、白線が引かれた橙色のフィールドが用意されている。そしてその周囲をぐるりと広大な規模を誇る観客席が取り囲んでいた。観客席から上を見上げると、雨天でも使用できるように設置された開閉式のドームが確認できる。
現在客席は人でごった返しており、先ほどの実況の声がけたたましく響き渡っている。よく見ると観客のほとんどは制服を着た少年少女だった。それも十代後半、いわゆる高校生ぐらいであろうか。
彼らは実況の声に呼応するかのようにざわめき始めた。先ほどのアナウンスによって、お目当ての人物が現れると分かっているからである。
学生達はスタジアム中央に現れるであろう存在を、今か今かと待ち構える。
するとフィールドが輝き始め、地面に引かれた白線に沿って、光の壁のようなものが現れ始めた。光の壁は地面から真っ直ぐ上空へと伸び、一定の高さでフィールドに蓋をするかのように収束した。遠くから見ると、その壁はまるでフィールドの内と外を断絶させる結界のように見える。
『ホロセウムの形成が終了しました!! それでは両陣営共にスタンバイして下さい!!』
実況がマイク越しに大声でそう告げる。
その瞬間、轟音とともに稲妻のようなものが『ホロセウム』と呼ばれていたフィールド内に走った。観客席の学生たちは、その強い光に思わず目を覆ってしまう。
音が鳴り止み、両目をゆっくりと見開いた彼らは、恐る恐るホロセウムの方を眺める。
そこには先ほどまで居なかった、男女の二人組が姿を現していた。
一人は紅く美しい髪、雪のように白い肌、男の理想を描いたような起伏に富んだ肢体、そして奇跡的な美貌を誇る少女。
一人は精悍な顔つきに、岩のように鍛え上げられた肉体を持った少年。
両名とも観客席の学生たちと同じ制服を身に付けており、共に所属を同じくする学生であることが分かる。
『立花麗華選手、狭間誠人選手の転送が完了しました!!』
実況の解説が流れ、スタジアム内で歓声が沸きあがった。
「キャー、麗華様―!! 頑張ってください!!」
「うおー!! 相変わらず、すげえ美人だ!! こっち向いてくねえかな!?」
ギャラリー達は現れた少女に対し、各々感想と声援を送った。
その声が届いたのか、麗華と呼ばれていた少女は観客席の方を向き、彼らに対して笑顔で手を振った。
「あああああああああああ!! 麗華様が私の応援に答えてくれたわ!! 嬉し過ぎて、もう死んでいいわ!! 誰か、私を殺して!!」
「わかった任せろ。……でも、今のは俺に返事してくれたんじゃね!? やべーよ!! 俺、今日から日記付け始めるわ!!」
「はあ!? ふざけんな!! 今のは私に返してくれたのよ!? いい加減な事を言うと殺すわよ!?」
「え!? いやお前今、殺してって言ってたじゃん!? 大人しく死ねよ!?」
観客席で乱闘が起き始めたのを余所に、麗華は前方へと視線を戻した。
「……ファンサービスをするのも良いですけど、目の前の戦いに集中して下さい」
麗華の傍、狭間誠人と呼ばれていた男子生徒は、その頑強な体躯とは対照的に丁寧な口調で麗華に話しかけた。
「ごめん、ごめん。でもこうゆうのは大事でしょ。……この学園では」
麗華は誠人の方を振り向き、苦笑しながら謝った。
「そうですけど……まあ、僕には無理ですし」
誠人は言葉では納得しながらも、その態度には不満が露わになっていた。その原因は麗華本人ではなく、観客の声援のほとんどが彼女に向けられているからであることは明白だった。
「もう、拗ねないで。あなたは実力を示せばいいのよ」
麗華がまあまあと宥めながら、フォローの言葉を述べる。
すると先の稲妻がホロセウム内に再び発生し、彼らの対戦相手らしき二人組が現れた。
「けど今回は……私だけで終わっちゃうかな」
柔和な笑顔を真剣なものへと変え、麗華は自らの敵を鋭い眼光で見据える。
彼女の視界に映った二人組は、男子と女子が一名ずつだった。
『両陣営共に転送が完了しました!! 三十秒後に決闘を開始します!!』
準備が完了したことを確認し、スタジアム壁面の巨大なディスプレイに、試合開始までのカウントダウンが表示され始めた。
麗華たちの前に立ちはだかった二人は身構え、開始のゴングに備える。
「一撃で決着を付けるわ。誠人、あなたはじっとしててね」
「……はあ……分かりました」
口元を吊り上げた麗華に対し、誠人はため息をつきながら応答する。こうなっては自分には麗華は止められない。彼は今までの付き合いから、それを嫌というほど理解していた。
カウントダウンの数字が一桁になり、戦いの始まりが近づく。
5、4、3,2,1――0。
『決闘開始!!』
審判がそう告げると、麗華たちの対戦相手は即座に行動に移った。
「全力でいくぞ!! 出し惜しみはなしだ!!」
相方の男子生徒が吠え、腰に装着していたタッチパネル端末のような物が光り始めた。その発色と同時に、彼の右手を中心に白色の気体が渦を巻き始める。やがてそのうねりは長細い形状を作り始め、徐々にライフルのようなものへとその姿を変えていった。
「……『散弾銃』かしら?」
その様子に驚くことなく、麗華と誠人はじっと相手の動きを観察する。
男子生徒は現れた散弾銃らしき武器を即座に構え、その銃口を麗華へと向ける。
「いくぜええええええ!! 食らいやがれ!!」
気合の籠った発声と共に、散弾銃の銃口から火花が走る。耳を塞ぎたくなるほどの轟音が鳴り響き、炸裂した弾丸群が麗華の体を襲う。
だが、それは立花麗華という人間にとって、脅威にすらなっていなかった。
無数に散開した弾丸は、彼女の体に接近すればするほどに、少しずつその弾速が遅くなった。それはまるでビデオの再生速度が徐々にスローになるかのように、飛来する鉛は徐々にエネルギーを失っていく。
そして遂には麗華の目と鼻の先の虚空で、その運動を完全に停止してしまった。
「……なッ!? 何だ!?」
目の前の光景が信じられないのか、男子生徒の顔は驚きに包まれる。
その姿を見て滑稽だと感じたのか、麗華は彼に笑顔で対応した。
「そんなものに頼っているようじゃ駄目ね。私を撃ち落したいなら、借り物ではなく自分自身の力を使わないと。……本物じゃないと、私には届かない」
まるで子供を諭すような物言い。舐められたと反発するかと思いきや、銃を撃ち放った当の男子は、麗華の優しくも艶っぽい言葉に赤面していた。
「何やってるのよ!? 今は決闘中なのよ!? しっかりしなさい!!」
相棒の情けない姿に、すぐ横で控えていた女子生徒は喝を入れる。
「……あ、うん」
正気に戻った彼は、再びその顔つきを真面目なものに戻した。そして効果がないと理解したのか、端末を操作して作り出した武器を霧散させる。
「さ、本気で来なさい。出し惜しみすれば、後悔することになるわよ?」
麗華はそう言って空中に縫いとめていた鉛玉を、手をふるうだけで払い除けた。彼女の周囲には、何かしら視認できない力が働いているようである。
その様子を注意深く観察していた女生徒は、相方の男子生徒の方へと身を寄せた。
「……良い? 私が合図したら、一斉に攻撃にかかるわよ。……どんな能力かは分からないけど、無敵ではないはず。物量にモノを言わせるわ」
「……了解」
女子生徒の言葉に相槌を打つ。彼は正直なところ不安で仕方なかったが、他に手の打ちようが無いことも理解していた。
――なぜなら自分たちの目の前に居る少女は、この学園で最強を誇る存在なのだから。
相手の強さを再確認し、彼は玉砕覚悟の攻撃に出ることを決意した。
「……良いわね? ……3、2、1……今よ!!」
女子生徒が宣言した途端、彼女の周りに幾本もの矢が出現した。矢は眩い光を放っており、その全てが麗華へと向けられていた。
「うおおおおおおおおおお!!」
一方相方の男子生徒は、両の掌から赤々と輝く炎を現出させていた。彼はホロセウム内を獣の如く疾走し、一気に麗華との距離を縮めようとする。
「はああああああああああ!!」
大量の矢を瞬く間に作り出した女生徒は、彼の決死の突撃を支援するように麗華へと矢群を打ち放った。大気を切り裂く矢尻は、掠めるだけでも致命傷を負わせる程の運動量を誇り、連続して発射されることで獲物の撃墜を完全なものにする。
躱す余地など無い。矢を止めて防ごうとも、炎に身を包む狩人が止めを刺す。
麗華はその敵の姿をただじっと見続けている。
「……中々だけれど、残念ね」
焦る様子もなく、無表情のまま、麗華は右手を大きく振り払う。
瞬間、男子生徒の全身に悪寒が走った。
「――あ」
その声を誰かが聞くことは無く、辺り一面に爆音が轟いた。
****
ホロセウム内に嵐を想起させるほどの衝撃が駆け抜け、数秒が経過した。
観客席に居た学生たちは、一体何が起こったのか理解が及ば無なかった。
彼らが最後に見たのは、立花麗華が右手を振り抜いたこと。ただそれだけしか分からない。
ホロセウムの中心部は煙が立ち込めており、中の様子を外からでは確認できなかった。観客たちは言葉を発することも叶わず、黙って凝視し続ける。
すると少しずつ霧が晴れるように内部の様子が露わになっていった。
ホロセウム内は至る所に、隕石が飛来したかのようにクレーターが散見しており、巻き起こった破壊の凄まじさを学生たちは視認できた。
目を凝らしてよく見ると、その中に倒れた男子と女子が一名ずつ。
そして全くの無傷で立つ立花麗華の姿がそこにはあった。
『……両名とも戦闘不能。……立花麗華・狭間誠人コンビの勝利です!!』
やや遅れながら、実況が決闘の終了を告げる。
そして観客席から再び歓声が沸き上がった。
「すげえええええ!? 一体何をやったんだ!? 全然分かんなかった!! 一瞬だぜ!? たった一撃で決まっちまったよ!!」
「れ、麗華様……私、あなたがカッコ良すぎて……もう、生きるのが辛いです」
「…………なら死んでくれない? お前のせいで俺は生傷だらけなんだが」
学生たちは目の前で起きた出来事に興奮しっぱなしだった。男女問わず、誰もが麗華への賞賛の言葉を送る。
立花麗華という人間は、スタジアムに存在する人々の注目の的だった。
だがそんな喧噪のなかで、氷室怜司だけは冷静だった。
「……」
彼は観客席の後方、スタジアムの端っこからホロセウムの様子を眺めていた。長椅子に腰かけた状態で、右手には双眼鏡を、左手にはビデオカメラを装備している。
『では大勝利を収めました、立花麗華選手にインタビューをしたいと思います!!』
実況をしていた女生徒が、勝者である麗華の下へと駆け寄っていく。
怜司はビデオカメラから伸びたケーブルを双眼鏡の端子接続部に繋げた。どうやら双眼鏡からの映像をビデオに録画したいようだ。
女生徒が駆け寄るのより先に、怜司は麗華の姿を双眼鏡越しに確認した。
『それではインタビューを始めます!! ……立花選手、見事な戦いでした。まさに圧巻と言えると思います!!』
『ありがとうございます。 ……何だか、恥ずかしいな』
マイクを向けられた麗華は若干気恥ずかしそうに声を細める。頬を染めて応対する彼女の様子に、眺めている観客はうっとりしていたが、怜司は何となく胡散臭いと思っていた。
というか怜司は発言内容などほとんど気に留めていない。彼は双眼鏡の拡大機能と手振れ補正などを駆使して、麗華の胸部を捉えることに力を注いでいた。
「ふーむ……やはり、かなりデカいな」
確実にEカップ以上のものを持っている、と怜司は目測を弾き出す。彼はこの場においても下心全開だった。
慣れた様子で対応する麗華を、怜司はこれでもかと言わんばかりに観察する。すると実況役の女生徒が、スタッフから何やら紙切れのようなものを受け取った。
『えー、ここで一般生徒から立花さんに質問が届いているので、この場でお答えして頂ければと思います。……立花さん、よろしいですか?』
『はい、かまいませんよ。……エッチなものはNGですけどね』
笑顔を振りまきつつ、両手でバッテンを作って小悪魔気味に麗華は答える。
『ありがとうございます!! それでは質問です。麗華さんには現在彼氏はいますか?』
『うわー、誰ですかこんな質問したのは。……えーと、特別親しくしている異性の方はいません。……これでいいかな?』
麗華が苦笑しながら回答する。彼女の発言と同時に、会場中から生徒達の雄叫びがとどろいた。
「よっしゃキター!!」
「これで勝つるー!!」
「やっぱり女の子の方が良いのよ!! 麗華様、私はいつでもOKです!!」
「……あの、ちょいちょい百合百合するの止めてくれる?」
至るところでガヤガヤと騒がしい声が上がるが、怜司は全くの無関心だった。何がそんなに嬉しいのか。どうせこの場にいる人間のほとんどは、立花麗華という人間と接点を持つ事すら出来ないだろう。つまり想いを馳せるだけ無駄というもの。アダルトビデオやエロ本をいくら愛しても、画面の向こうや写真の中にいる女性に惚れ込んだとしても、その気持ちの向かう先など存在しない。
怜司はそういう考えの下、目先のエロに心血を注ぐ。
『わかりました!! 観客席からは歓喜の声が聞こえてきています。それでは次の質問です。……立花さんの理想の男性のタイプどういった方でしょうか?』
再び男子達が食い気味の反応を示す。
『え、あ、理想のタイプですか? ……そう、ですね……』
麗華は考えていなかったのか、キョロキョロと目線を泳がせながら悩む。しばらく考え込んだ後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……他人を思いやって、ひたむきに頑張る人……でしょうか。誰かのために真剣になれる人って、素敵だと思います」
怜司は彼女のその言動にピクリと反応を示した。
誰かを思いやって、ひたむきに努力する。
「……そんな人間居るのか?」
怜司はそう呟きながらも、右手を顎に当てて、彼女の言った事の意味を深く考える。
人間は一人で生まれてきて、一人で死ぬ。
怜司はそういう考えを常日頃から持っており、自分の言動の原因と結果は、全て自分のために有るべきだと考えていた。
故に氷室怜司は、自己の欲求に素直に、正直に、真っ直ぐに生きているのだ。
怜司がそんな事を考えている間に、いつの間にか麗華へのインタビューは終わりに差し掛かっていた。
『――ありがとうございました。それではこれで、インタビューを終わりにしたいと思います。立花麗華さん、狭間誠人さん、素晴らしい決闘をどうもありがとうございました』
その言葉と共に、会場中から彼女たちに拍手が送られる。
「……」
怜司は賛美の嵐を受けている立花麗華という人間を、スタジアムの端からひっそりと、ただただじっと見続ける。
彼の視界に映る少女は、この世界の中心にして頂点に君臨していた。
対して怜司の周りには、ただの一人も彼に目を向ける者はいない。圧倒的なまでの弱者。有象無象の群れの一人でしか彼はなかった。
両者の差は誰が見ても一目瞭然。
これが、今現在における彼の認識した世界。
――だが氷室怜司にとって、それは些細な問題だった。
喧騒が支配する空間で、無言のまま、怜司はゆっくりと目を閉じた。
人間の価値は他人などに決められない。己の知る自分こそが、真の自分だ。怜司は世の中の人間の多くが、それを理解していないと思っていた。
たった一人きりでも戦う者こそが、本物なのだと。
一人の人間にも変革は起こせる――その意志の強さがあれば。