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創造小説

黄色い薔薇の夢みる少女

作者: marco8

 今日も息が白くなるくらいの寒い日だ。

 朝ということもあり、駐輪場にある自転車のサドルは結露している。

 はぁっと息を吐いて、かじかんだ指を温めてから自転車にまたがると、冷たさでついお尻が浮いてしまう。


 この寒い季節になるとどうしても思い出す。

 彼女のことを。

 彼女との出逢いも、今日の様に肌を刺すような寒い日だった――。


 三年前のことだ。

 今も続けているロードバイクなんでも急便のバイトを始めた年だったであろうか。

 ロードバイクなんでも急便?

 ああ、これは、都会でよくあるロードバイクの宅配便とは違うんだ。

 うちは超田舎でお年寄りがほとんどを占めている過疎化された町。お年寄りからの電話を受けて、日用品やら何やらを代わりに配達してあげるってわけ。

 ロードバイクなんでも急便は、この街に唯一あるスーパーを経営している店長が始めたもの。スーパーに無いものも、頼まれれば隣町まで出て代わりに買ってきてあげるのだ。最近お年寄りの車の事故が多いから、需要はそこそこある。

 ロードバイクという名なのに店長が自転車じゃなくて車を使っているということは、暗黙の了解だ。まぁ、従業員は俺しかいないから、俺がロードバイクの代名詞って言っても過言じゃないかも、なんてね。

 あの日もいつも通り、事務所で待機していたら電話がかかってきたんだ。今思えばそれが彼女との出逢いの始まりだったのだろう――。


 事務所の電話は信じられないかもしれないが年季の入った黒電話。店長はこの電話がひどく気に入っていて、何度故障しても修理に出しては使っている。俺もいつの間にか愛着を持っていた。

 電話の音は想像つくでしょ?

 そう、あのジリジリ音。その音が聞こえてきたので、スマホのゲームを一時やめて受話器を取った。


「お電話ありがとうございます。こちら、ロードバイクなんでも急便でございます」


 返事はない。

 間違い電話かいたずら電話だろうか。


「お電話ありがとうございます。ロードバイクなんでも急便ですが、ご用件は配達でよろしいでしょうか?」

『……あ、ああ、ごめんなさい。もしもし、お湯が沸いて止めに行ってまして』


 黒い受話器から聞こえてきたのは、とても細々とした老婆の声だった。

 まぁ大したことではない、お年寄りにはよくある話だ。逆にお湯を急いで止めに行ったせいで、転んでしまったりしてないかの方が心配だった。


「そうでしたか。ところで、何を配達すればよろしいでしょうか」

『はい。洗濯用の洗剤がなくなってしまってね。それとみかんを箱詰めでお願いできるかしら』

「ええ、もちろんです。洗濯用の洗剤とみかんですね。他には何かありますか?」


 洗剤とみかんなんてとてもお婆さんらしい。こういう話を聞くと何だかくすりと笑ってしまう。


『他には、えーっと、そうですねぇ……』


 お婆さんは一分くらい、えーっとえーっと、と何か考えている。これもよくあることだ。こちら側から催促せずに、聞いてあげることがお年寄りには大切。そうすることで信頼関係が生まれ、リピーターがつくのだ。顧客一番‼︎


『あと、薔薇の花を一束、お願いできますかね』

「薔薇の花、ですか」

『ええ』


 粋な婆さんだ。

 どこかに飾るのだろうか。

 それにしても、祭壇用の花以外を頼む人なんて珍しい。


『あの……無理な要件だったでしょうか。初めて利用するもので勝手が分からなくて……』

「いえ、とんでもないです。薔薇の花を一束ですね。かしこまりました。お名前とご住所を、お願い致します」


 お婆さんの家は地図で調べると、ここから飛ばして十五分くらいの所だとわかった。名前は三浦というらしい。


「ご希望の時間などございますか? 最短ならば、二時過ぎにはお伺いできるかと思いますが」

『ええ、時間はお任せします』

「かしこまりました。それでは後ほど」


 黒電話の受話器を置いた音が、事務所内に心地よく響いた。


 俺は早速仕事に取り掛かった。

 スーパーで洗濯用の洗剤と箱詰めのみかんを買う。花はこのスーパーにはないため、途中花屋で買って記載された住所へと向かった。

 スマホの地図で確認しながら自転車のペダルを回していく。

 地図を調べながら進むと、目的地は民家などない山の中腹をさしていた。周りには木々が生い茂っており、その山に沿ってくねくねとした道路が一本だけ通っている。

 立ちこぎをして踏ん張ってはいたがめちゃくちゃキツイ。ムキになって必至で登っていたが、心が折れて途中から自転車を手で押した。確かに、お年寄りではこの坂道はキツイだろう。車であっても、とても危険だ。

 目的地はすぐに分かった。

 なんせ、他に家は見当たらない。

 とても年季の入った家。でも、手入れが行き届いているせいか、汚くは感じない。この辺によくある民家とは違い、なんというか、洋風な作りみたいだ。木造の外観で、所々剥げてしまっているが、元々は白かったのだろう。屋根も今は薄いオレンジ色だけど赤かったに違いない。

 インターホンがないため、玄関を軽く叩いた。すると中から電話で聞いた主の声が聞こえてくる。


「いま開けますからね」


 玄関が開くと、そこには腰の曲がった老婆がいた。とてもシワシワでよぼよぼ。失礼な言い方だけど、その言葉がとても似合ってしまう。


「お荷物を届けに参りました。あの……どこにおけばよろしいでしょうか」

「悪いけど、二階まで運んでくれるかしら」

「ええ、もちろんです」


 老婆は階段を先に登っていく。

 大丈夫なのかと、とても心配したが、心配ご無用。足取りはしっかりしたもので、外見とはまるで似つかない軽快ぶり。元気なばぁさんがいるもんだなぁなんて感心してしまう。


「みかんはそこの棚の上に置いてちょうだい。洗剤は今使うからもらっちゃうわね」


 ばぁさんは俺から洗剤を受け取ると、スタスタと一階へと消えていった。すると、一階から顔を出し、


「そこのテーブルにあるおはぎでも食べてちょうだい。洗濯を回したらお茶を淹れてあげますからね」


 と、にこやかな笑みを見せてくれた。

 リビングのテーブルの上に数個置いてあるおはぎ。手作りなのだろうか、一つ一つ大きさや形が個性的であった。

 俺は、テーブルの上にあるおはぎを食べないでいた。なんというか、わかるだろ? 遠慮していたのもそうだし、食べるとしてもあのばぁさんが来るまで待とうと思った。まだ、料金も頂いてないし、俺が手に持っている薔薇の花だって渡していない。それが、礼儀さ。……いや、変な緊張のせいが強かったのだけども。


 洗濯機の回る音が聞こえてくる。

 しばらくしてもあのばぁさんは来なかったので、部屋の中を見ることで時間を潰した。まぁ、たいして興味をそそられるものはなかったのだけれど、ふと、あることに気がついた。

 リビングの奥にある部屋。俺の位置からかすかに斜めに中が見える。自分の見ている光景に驚いて、それが真実かどうか確かめるために、ついその部屋まで足を運んでしまった。

 赤、青、黄色、緑……色とりどりに咲き誇る花達。花瓶に挿された花だけではなく、鉢に植えてあるものも沢山ある。

 その部屋はなんと、花で一杯だった。

 その花の中心には真っ白なベッドが一つ。そこには少女が一人、眠っていた。

 彼女との出会いはこうして始まった――。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 日の光を浴びて、花達はまるで宝石のように輝きを放っていた。花独特の甘い香りがかすかに鼻をくすぐる。

 その中心には頭を包帯で巻いた少女が仰向けのまま、すやすやと眠っていた。年齢は幾つなのだろう。たぶん、俺よりも若いはずだ。

 色とりどりの花に囲まれた彼女はとてもとても美しく感じた。嘘ではない。眠りの森の美女、まさにそのものだった。

 顔を覗き込んでいると、彼女はゆっくりと瞼を開けた。やばい、起こしてしまっただろうか。


「や、やあ」

「…………」


 彼女は無言のままじっと見つめる。

 何を話せばいいのだろう。起こしてごめんねかな、それともいい天気ですねかな。

 そんなことを考えてあたふたしていると、彼女の視線は俺の腕に移った。――薔薇の花だ。


「あ、ああ、これ、きみのばぁさん、いや、三浦様に配達を頼まれてお持ちしたんです。いや、お持ちしたというか……」


 彼女は俺の動揺をお構いなくほっそりとした腕を前に伸ばす。

 その腕の要求に応えるように薔薇の花束を受け渡した。

 すると、彼女は満面の笑みで、


「ありがとう」


 と一言言ってくれた。

 その笑顔はどの花にも負けずに咲き誇り、どの花とも違う唯一無二の花だった。

 俺は見惚れてしまっていたんだ。だから、彼女と目線がずっとあっていることに気がついた時、無性に恥ずかしくなり目を背けた。


「あ、あはは……花が好きなんだね。こんなに沢山。とても色鮮やかだ。これはなんて言う花なのかな?」


 すると彼女は俺の目を見ながらこう言った。


「ありがとう」


 あの、素敵な笑顔で。

 何度も何度も言った。


「ありがとう、ありがとう……ありがとう」

「え?」

「ありがとう……」


 俺が途方に暮れていると、後ろからばぁさんが近寄ってきた。俺が何故驚いた顔をしているのか悟っている様子。


逢夢あいむ、良かったわねぇ。このお兄さんが薔薇の花を買ってきてくれたの。とっても嬉しいでしょう」

「ありがとう、ありがとう……」


 ばぁさんは手に持っていた花瓶をちょうど枕元の上の空いているスペースに置いて薔薇の花束を挿す。

 花瓶一つ一つに水差しで水をやりながら、俺に話してくれた。


「この子はね、実は……」


 名前は篠田逢夢しのだあいむ。この三浦というばぁさんの孫娘らしい。

 彼女は自動車事故に遭った。家族旅行の途中での不慮の事故だったらしい。両親は共に亡くなっている。彼女は一命を取り留めたが、脳に障害を負ってしまった。脳内は今も出血が止まっておらず、次に手術する時はリスクが高いためどうなるか分からない。よって一時的な退院をしているらしい。


「逢夢は花がとても大好きでね。()へ行く時には必ず買ってきてあげるの。――体力には自信があったつもりなのだけど、最近足腰に響いてしまってね。そしたら、知り合いにこんな素敵なサービスをやっていると教えてくれたから頼んでみようかと思いまして」


 ばぁさんはお茶を入れに行くからと一言言ってその場を離れた。


 一時的な退院なんてあるのだろうか。

 そう言えば、叔父さんが癌を患って手術した後に一度退院したっけ。その後すぐに……。

 彼女はこの一日一日がカウントダウンになっているのかもしれない。あのばぁさんはペラペラと他人の俺に笑顔で悲しい顔せずに話してくれたが、彼女に少しでも悲しい思いをさせないという計らいなのだろうか。

 花だってそうだ。

 素敵なことだけれど、こんなこと普通だったら出来ないもんな……。


「お茶が入りましたよ」


 ばぁさんは横の丸テーブルにお茶とおはぎを置いて、よいしょと言いながら腰を下ろす。

 美味しそうにお茶を一口啜ると、


「病院の先生が言っていたのだけれどね、逢夢は意識はあるみたいなのよ。薔薇の花を見たときとても笑顔になってたわ。とても喜んでいるに違いないわ」


 俺は彼女から目を離すことができなかった。

 可哀想っていう気持ち? いや。

 好奇心? いや。

 その二つが全くなかったわけではない。

 でも、ほんとの理由は、


「とても……とても笑顔が素敵ですね」


 幸せそうな顔がとても美しかったから。


「あっ、そうそう」


 ばぁさんは思い出したかのように、横の棚にあった絵本を取って俺に渡した。


「逢夢は昔からこの絵本が大好きでね。もし時間があるなら読んであげてくれませんか。とても喜ぶと思います」


 手のひらサイズの小さな絵本。

 題名は「夢を届けるサンタと赤鬼」。


 最初は読もうとは思わなかった。だって恥ずかしいじゃないか。

 でも、絵本の存在に気がついた彼女の目は宝石のように輝いて待ち望んでいるように見えた。だから、枕元へいって読んであげることにしたんだ。

 絵本を読んでいる最中、彼女は一言も喋らずに真剣な顔で聞き入っているようだった。俺の勘違いかもしれないが、話の展開によって彼女の表情も変わっているように思える。

 俺はいつの間にか、気持ちを込めて読んでいた。

 彼女の対応に応えるかのように。

 感情を込めて必至に伝えようとした。


 絵本を読み終えると彼女はいっそう笑顔になったようだった。

 そして、


「ありがとう」


 と、優しく一言言ってくれた。



 俺はすぐにそこから立ち上がり、お茶を手に取り外を眺める。外は日差しだけは暖かかった。


 俺は泣いていた。

 なんでだろう、理由は分からない。

 そんな自分がよく分からない。よく分からなかった。


「……あの、おばあさん?」

「はい、どうしましたかい?」


 俺の後ろからばぁさんの優しい声が返ってくる。


「あの、また、配達させて頂けますか」

「ええ、もちろん。これから毎日させて頂きますわ。その時には絵本を読んであげて下さい」

「ええ、喜んで――」



 それから毎日三浦のばぁさんから依頼が来た。

 花の種類はお任せされることになったため、なるべくカラフルな花を包んでもらうことにしていた。

 チューリップ、カサブランカ、スイートピー、カーネーション、マーガレット……。

 そして、それとは別に、薔薇の花を自分で買ってプレゼントした。今思えばちょっと恥ずかしいかな。でも、なんかしたいって思ったんだ。

 薔薇の花を選んだ理由は沢山の色があったのと、出逢ったときの花だったから。そんなに深い理由はなかった。


 依頼の度に絵本を読んであげた。

 彼女は絵本を読んでいるときは相変わらず、真剣な眼差しで聞き入っているようだった。

 その姿はとてもとても美しかった。


 確かあれは黄色い薔薇を買った日だったはずだ。

 いつも通り家に行く途中で、携帯に電話がかかってきた。

 店長だ。


『もしもし幸渡くん? 先ほど、三浦様から電話があってね。幸渡くんに伝言がある』


 とても嫌な予感がする。

 この先の事はなんとなく予想できた。

 でも、現実になって欲しくないと思うしかない。


『救急であの子が入院したそうだ。場所は○○病院。伝えてくれって』

「そうですか……」


 いつかはこうなることを予想はしていた。覚悟していたつもりだった。

 彼女と過ごした数日間。長いようで短かった数日間。それが、今、終わろうとしている気がする。


「店長……」

『ああ、行って来なさい。依頼人に品を届けるまでが君の仕事さ。後の仕事はやっとくから』

「はい、ありがとうございます」


 ○○病院は、隣町にある大きな病院だ。

 俺は自転車をこいだ。ひたすらペダルをこいだ。鼓動が熱い。おかげで気持ちをなんとか紛らわすことができている。

 間に合うだろうか。そんなイヤな気持ちが包み込む。

 朱色に染まった太陽はペダルをこげばこぐほど沈んでいく。なぜだかそれがとても怖くて、必死にペダルを回していった。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 病院に着いた時には日はすっかり沈んでしまっていた。

 受付で病室を聞いてすぐさま向かう。病棟は三階。エレベーターよりも階段の方が早いと踏んだ俺は、三段飛ばしで駆け上がる。

 木下、佐久間、山村……。

 病室の番号などすでに忘れてしまっていた。ナースの人が、走らないでくださいって声をかけるが耳には全く入っていない。

 ……篠田。

 俺はようやく見つけた、目的の名前を。

 その名前が差された病室は、ナースセンターのちょうど横。ナースセンターの中から出入りができるようになっている個室だった。

 中に入ろうとすると担当の医師だろうか、ちょうどすれ違った。頭を下げて挨拶されたが、そんなことお構い無しに中へと入る。

 彼女はそこにいた。

 沢山の管で繋がれた身体。見たこともない機械も取り付けられている。

 自分の体を抱くようにして座っていたばぁさんは、俺のことに気がついて泣きながらしがみつく。その力はとてもとても弱々しく感じた。


「幸渡くん、幸渡くん……」


 機械を通した心拍数の音とばぁさんの鼻の啜る音が部屋いっぱいを包み込む。

 ばぁさんはなんとか俺に伝えようとしている。


「いきなり……いきなり痙攣を起こして……」


 ばぁさんが言うには痙攣を起こした彼女を見てすぐに救急車を呼んだ。そして、今は応急処置を取ったところらしい。頭の中の出血は薬によって抑えてはいるが、その薬の副作用によって血流が悪くなっている。この後手術を行うが……


「手術しないのも手ですって言われてしまいました……。とても危険でリスクの方が高いって。サインするのが怖くって……」

「そうですか……」


 俺は他人だ。

 どうすることもできない。

 彼女の代わりになることもできない。

 痛みを分かち合うこともできない。

 そう、俺は他人なのだ。

 数日前に偶然知り合い、彼女のことをほとんど知らないのにも関わらず、まるで家族のように知り合いのように接していた。一体何をやっていたのだ? 感極まったのか分からないが、勝手に絵本を読み聞かせたり、勝手に花を贈ったり……。

 俺は一体何がしたかったんだ?

 ただただ俯くことしかできなかった。


 ばぁさんは俺の手を握って目の中を覗き込む。

 そして、無理やり笑って見せた。


「あの子……昨日、ありがとうって言ってました。ありがとう、ありがとう、幸渡、ありがとうって……」


 彼女が事故を負ってから、ありがとう以外の言葉は口にしていなかったらしい。もちろん数日間過ごした俺も、その言葉以外は聞いたこたは無かった。


「幸渡……ありがとうって」


 ばぁさんは俺の足元で崩れ去った。

 くそ。

 俺に一体なにができるっていうんだ。

 くそ、くそ、くそ。

 悔しい悔しい悔しい。

 俺もいつの間にか瞼に涙が溜まっていってた。

 一体俺に何が出来るんだ?


「……手術はやるとしたら何時の予定なんですか?」

「一時間後です。わたしがここにサインをしたらの場合ですが……。あの子はとても優しい子なんです。泊まりに来た時はいつもご飯を作るのを手伝ってくれたわ。誕生日の時だっていつも、手作りの……」


 俺はばぁさんを抱き抱えて椅子に座らせてあげる。

 少し落ち着くまで背中をさすってあげるた。


「ばぁさん、可能性がある限り、手術しましょう。俺も一緒にいるんで」

「ええ、そうよね……」


 俺に何が出来るんだ?

 一体何が出来るんだ?

 俺は、ふと、ばぁさんのバッグに目がいった。そこであるものを見つけた。


「これは……どうして?」

「ああ、これは、逢夢が悲しくならないようにって持ってきたの。彼女には、これしかないから……」


 いつも読み聞かせている絵本。

 それがバッグの中から顔を出していた。


「ちょっと待っててください」


 俺は思い出したかのように病室をでて、自転車へと向かう。あれが、あれがあるはずだ。


「あった」


 色とりどりのカラフルな花束。そして、一本の黄色い薔薇。それを掴んで病室へと戻る。

 ばぁさんは俺の腕に掴んだものを見て驚いていた。


「ちょうど向かうところだったんですよ。喜ぶかなと思って」

「幸渡くん……ありがとうね」

「それで……あの、絵本、読んであげたいんですけどいいでしょうか」

「ええ、もちろん。逢夢も喜ぶと思うわ」


 俺は横のテーブルに花束を置いて、彼女の顔の近くに座る。

 そして、絵本を開いた――




 サンタさんは今日も大忙しです。

 相棒のトナカイさんもクタクタな様子。


「トナカイさん、もう少しじゃ頑張るんだぞい」


 サンタさんが何をしてるかって?

 それは、子供たちに夢を配っているのです。

 いい夢が見れるように、ぐっすりと眠れるように。

 サンタさんの仕事はクリスマスだけじゃないのです。

 日々こうやってみんなに夢をとどけているんだよ。


 今日の仕事が終わり、サンタさんもトナカイさんもクタクタな様子。


「トナカイさん、お疲れ様。あいたたた、腰が痛いぞい。明日は大丈夫かな?」


 すると、友達の赤鬼さんが訪ねてきました。


「サンタよ、どうした。腰なんてさすってさ」

「あいたたた。どうやら腰を痛めてしまったらしい。明日も子供たちに夢を届けに行かないといけないのにどうしよう」

「仕方ない、俺様が明日は代わりにやってやろう。しっかりと治しておくんだな」


 翌日、トナカイさんのソリには赤鬼さんが乗っています。


「赤鬼さん、頼んだぞい。あいたたた」

「サンタよ、任しておけ。さぁ出発だ」


 空高く進んで行くトナカイさん。

 赤鬼さんはソリに詰んだ袋から、夢を掴んでは落としていきます。


「うーん、一つずつ配るのは面倒だな。そぉれ」


 赤鬼さんは、なんと、豆まきのように夢を投げていきます。

 両手でざくざく、両手でざくざく。


「大盤振る舞いだ。子供たちよ、今日はいい夢を見るんだぞ。サンタには内緒だからな」


 沢山の流星のように夢は街全体を覆いかぶします。

 きっとこの日はみんないい夢を見たことでしょう。




 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 自転車から降りて、スーパーの横の事務所に入る。

 今日もまたいつものバイトが始まろうとしていた。


 結局彼女は助からなかった。

 そう、助からなかったのだ。

 現実は非常に残酷である。

 そう、簡単に現実を変えるほどの奇跡はそうそう起こらないのだ。

 それでも、彼女の最後は優しく微笑んでいたように見えた。

 だから、それでよかったのだと思う。

 彼女は夢の世界へと旅たったのだ。今頃、沢山の花が咲き誇る原っぱで、絵本を読んでいるに違いない。

 あの花に負けない可愛らしい笑顔を浮かべながら。


 黒電話が勢いよくなり始める。

 さぁ、仕事の始まりだ。


「お電話ありがとうございます。こちら、ロードバイクなんでも急便でございます」


 今日も、とても寒い日だ。

黄色の薔薇の花言葉

可憐

あなたを愛します

何をしても可愛らしい

希望

あなたを忘れない

笑って別れましょう

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・これは自分が欠点だと思っているからなのですが、何というか会話が自然で良い感じだと思いました。自分の作品は、どこか作りものめいた会話を作っているように感じていたので。 ・周りを彩る美しい…
[良い点] 終わり方です。ありきたりなハッピーエンドではなかったので、かえって心に残りそうな結末だと感じました。 [一言] 感想が遅くなりましてすみません。 これからも宜しくお願いします。
[良い点] 名前の付け方がいいなぁと思いました。 [一言] こんにちは、読ませていただきました。 素敵なお話ですね。 最後はとても現実的でしたが、彼女が幸渡の心の中で生きている、誰かの中に残ったという…
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