未来への帰還
『夢はいつか、覚めるものだから』
遠く聞こえた声に、涙が止まらなかった。目が覚めたら、自分は“きみ”の事を忘れてしまう。忘れたくなかった。けれど、自らの強い意思に反して、意識は靄が掛かったように、ぼんやりと遠ざかる。
『僕と、この世界で生きてくれてありがとう』
さよならは言われない。だけど、それが緩やかな拒絶であり、別れの言葉であるのが分かる。
『君は、この世界での勤めを果たしたから』
緩やかに、現実が告げられる。
『おやすみ。目が覚めたら……』
“忘れたくない”
その強い意思だけを残して、自分は目覚めた。見慣れた天井を見つめて、喪失感を抱く。忘れたくない何かがあった。忘れたくない誰かがいた。それだけを覚えていた。けれど、その存在は、自分の中に残っていなかった。
ボロボロと、双眸から涙が溢れてくる。自分は何かを失ってしまった。それは事実なのに、それが何であったのかがわからない。
声のでない涙が枯れた頃、不思議と喪失感は消えていた。自分の中に残った“忘れたくない”という感情を、涙で出しきったかのように。
「ありがとう」
自然に出た言葉に首を傾げる。
不思議と頑張れそうな予感がした。
長い夢を、見ていた。
また、今日が始まる。
end