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冬の月の精霊と機織りの娘

作者: 林来栖

 草原の中の小さな村に、少女エリュシカは一人で住んでいた。

 行商人だった父親は、エリュシカが一歳になる前に旅先で行方不明になり、幼い娘を抱えた若い母は、得意の機織りで娘と二人の生活を支えて来た。


 その母も、エリュシカが十四歳になった時、村に流行った病で亡くなった。


 母を亡くし、一人になったエリュシカは、暮らしていくために母が遺した機織り機で、母に習った織物を始めた。

 村でも一番と評判だった母の機織りの腕を継いだエリュシカは、特に風景のタペストリーが得意で、十七歳になった頃には、地方の豪商や貴族から名指しで注文を受けるほどになっていた。


 エリュシカは機織りが大好きだった。

 草原にたくさんの草花が色とりどりに咲く春、芝やクローバーが青々と生い茂る夏、一面の草々が茜や朱に染まる秋、枯れ草に霜が降り、白く輝く六花が草原を飾る冬、そんな風景を、エリュシカは一日も機織り機を止めることなく織り続けていた。

 ぱたん、ぱたん、という織り機の音を聞きながら機織りをしている時だけ、独りの寂しさを忘れていられた。


 冬の満月が草原に白く大きな姿を輝かせたその夜。


 エリュシカは、誰かがほとほとと小さな家の戸を叩く音に機織りの手を止めた。


「こんな夜更けに誰かしら?」


 エリュシカは、扉の隙間からそっと外を覗いてみた。

 そこには、大きな荷を引き摺るように抱えた、年老いた行商人がいた。


「何でしょうか? お仕事のお話なら、明日のお昼間に……」


「……すみません、こんな夜更けに。どうか助けて下さい。どうにもお腹が痛くて……」


 エリュシカは、暫し躊躇った。

 村には宿屋はない。

 織物を買い付けに来る商人は、隣の町の宿屋へ逗留し、昼間だけエリュシカの住む村へ来る。

 こんな夜更けに、伴も無しで村に来る商人は、皆無と言っていい。

 人に化ける魔物という可能性は低い。村は、隣町程ではないが、巡らせた垣に結界師が強力な呪文を仕掛けている。

 ならば盗賊かもしれないが、こんなあばら家の、貧しい娘を襲っても、盗賊に何の益もない。

 扉の隙間から窺う顔は、月影ではっきりとは見えないが、戸口を掴む手も声も、年寄りのものに違いない。更に、手はかたかたと震えていた。

 苦しそうに肩で息をしている姿に、エリュシカは、本当にこの人は苦しんでいるのだ、と思った。


「大丈夫ですか?」戸を開ける。


 すると。

苦しそうにしていた老人は、ずるずるとその場に倒れてしまった。

 エリュシカは、慌てて老人を細い肩でどうにか支え、家の中へと入れた。


 ******


「お陰で助かりました」


 母が使っていた寝台に寝かせた行商の老人は、三日後には上半身を起こせるほどに回復した。

 腹痛の原因は、村人が「毒だから」と絶対飲まない浅沼の水を、歩き通しだった老商人は知らずに飲んでしまったためだった。

 そのことを訊いたエリュシカは、すぐに村の薬師の所へ行き、浅沼の水の毒消し薬をもらって来た。

 毒消しは高価だったが、幸い、つい最近売れた織物の値と等価だった。


 エリュシカは、漸く粥を食べられるようになった老商人に食事を運び、笑顔で頷いた。


「よかったです。あの浅沼の毒水は、今までにも旅の方や小さな子供が飲んでしまい、死んだ人もいましたから」


「初めて来た場所だったので知らなかった。そんなに恐ろしい沼だったのですね」


 老商人は、真っ白な長い髭を生やした温和な顔を少し曇らせた。


「では、わしはとても運が良かったんですな。あなたのような優しい娘さんに助けを求める事が出来て。お陰で、もう明日には動けるようになります」


 ありがとう、と再度礼を言われ、エリュシカはいいえ、と微笑んだ。


「お礼と言ってはなんですが、娘さんの織物を、ぜひ買わせてくだされ。私は王都で商いをしています。きっといい値段で売って差し上げますよ」


 エリュシカはびっくりして首を振った。

 この村に織物を買い付けに来る商人のほとんどは、西の州都で商売をしている。

 自分の織物は、州都でも中々の評判ではあるが、王都でまで売れる程のものとは、エリュシカには思えない。


「私の織物など……。王都の方々には、とても田舎臭いものにしか見えないでしょう」


「いやいや」と、老商人は言った。


「その窓際のタペストリー。あれもあなたが織られたのでしょう?」


 母の部屋の窓の近くには、エリュシカが初めて織ったタペストリーが掛けられている。

 母が生前、記念だから、と掛けていたものだ。

 老商人はにこにこと笑いながら、


「素晴らしい出来栄えです。これまで、何千何万という織物を見て来た私が言うのですから、どうぞ、信用なさって下さい」


 注文品でない完成品の織物がいくつあるかを聞かれ、エリュシカは五枚ある、と答えた。


「でしたら、一枚に付き金貨一枚、五枚の金貨で全部頂きましょう」


 エリュシカは飛んでもない、と手を振った。

 村の織物の相場は、タペストリー一枚で銀貨五枚。エリュシカの注文品でも銀貨八枚が最高だ。

 銀貨二十枚に相当する金貨一枚で売るなど、考えたこともなかった。

 そんな高値で商人が買ってくれても、王都で見向きもされなかったら、却って迷惑を掛けてしまう。


 しかし、老商人は「大丈夫ですよ」と、事もなげに言った。


「絶対に、これ以上の高値で売れますよ。もし三倍以上の値で売れたら、金貨をもう一枚ずつ、送らせてもらいましょう」


 翌日。

 老商人はエリュシカのタペストリー五枚を全て旅の袋に丁寧に入れて、エリュシカの家を後にした。


 去り際に、老商人は、「多分、金貨五枚の追加の他に、もっと大きな幸運が娘さんに舞い込みますよ」と、微笑んだ。


 手を振って村を去っていく老商人を見送りながら、エリュシカは、老商人の言葉を、多分本当にはならないだろうが、もしそうなればいいと思っていた。


******


 老商人がエリュシカの織物を持って行ってから、一ヶ月ほどした頃。

 村に二人の王都の騎士がやって来た。

 高価なタスク銀の甲冑を着け、鹿毛の立派な馬に乗った本物の騎士など見たこともない村人達は、皆大騒ぎして村の門近くに出て来た。

 門の前で、前の騎士が馬を下りた。

 慌てて駆け付けた村長に、騎士は言った。


「この村に、エリュシカという機織りの娘はおるか?」


 村長は、村人と一緒に門に来ていたエリュシカを探し出し、騎士の前へと引っ張り出した。

 騎士は、(アーメット)を外した。

 銀髪に青い瞳の、端正な面立ちの若者である。

エリュシカは騎士の姿にときめいた。が、すぐに、何を訊かれるのかという不安が心を占め、身を縮こませた。

若い騎士は、怯えたエリュシカに、優しい声で言った。


「そなたが、この村一の機織りの名手、エリュシカか?」


「は、はい……」一番かどうかは分かりませんが、と、エリュシカは小さな声で付け足した。


 エリュシカの呟きを聞き取ったらしい騎士は、軽く苦笑した。


「私は、国王直属の近衛隊の騎士、テリング・ラインロット。そして、こちらは同輩のアレクサンダー・スタンディル。国王陛下直々のお達しで、そなたを王都へ招聘する役を仰せ使った」


 エリュシカも驚いたが、村長始め、村人全員がどよめいた。


「いっ、一体、エリュシカが、どんなお咎めで……?」


 両親を亡くしてから、親も同然にエリュシカの面倒をみてくれていた村長が、うろたえる。


 テリングは、「咎めでは無い」と笑った。


「一月ほど前、さる高位貴族の方が一枚のタペストリーを知り合いの商人から買われた。あまりの出来栄えに、これをぜひ陛下に、と、王宮にお持ちになったのだ。

 陛下はタペストリーをいたくお気に召され、織った者を探すよう、我らにお命じになった。で、売った商人に会い、この村のエリュシカという娘の手であると聞いたのだ」


 さらに、テリングは、国王がつい先頃迎えられた王妃のために、王妃の故郷の風景を織ったタペストリーを作れる者を探されていることを語った。

 若い国王が、遠い山国の公国から王妃を迎えたことは、国中の者が知っている。


「王都にも名の知れた織り手は幾人も居る。が、そのどれも、陛下のご希望には沿わなかった。

 だが、エリュシカのタペストリーをご覧になり、陛下もお妃様も、一目でこの織り手に、と仰せられたのだ」


 国王から王妃への贈り物のタペストリーを、まさか自分が織ることになろうとは。

 エリュシカは、あまりに唐突な名誉に、頭の中が、瞬間真っ白になってしまった。

 しかし、大好きな機織りのことであるためか、それまでどきまぎしていたエリュシカの心は、不思議とすぐに落ち着いた。


「陛下のお褒めのお言葉、こんな田舎娘には大変な名誉でございます。で……、ですが、私は王都へは行かれません」


「なんでだねっ?! 王都で腕を磨ける、最高のチャンスなのに」


 せっかくの招聘を断るエリュシカに、村長も、他の村人も皆仰天する。

 口々に、なんで騎士様のお話を断るの、だとか、そんなことを言ったらお咎めがある、などと言う。

 エリュシカは責める人々に勇気を振り絞って答えた。


「母さんの機織り機を、王都にまで持っていけません。私は、母さんの機織り機でないと、上手く織れません」


「王都の工房の織り機では無理か?」


「はい。織り機はひとつひとつ、織っている者が自分で使い易いよう調整します。私はずっと、母さんの遺した織り機で織って来ました。

 もし、王都の機織りのどなたかの織り機をお借りするのであれば、しばらくは自分の手に合うよう、調整をしなければなりません」


「なるほど、騎士に馬との相性が大事なように、機織りには織り機との相性が大切なのだな」テリングが、大きく頷いた。


「すまぬ。我らも細かい事柄にまで気が付かなかった。織り手だけを連れてくればよいと、勝手に思い込んでいた」


「ならばどうする?」と、アレクサンダーがテリングを見る。


「機織り機ごとエリュシカを王都へ連れて行くしかあるまい。が……、それは、

かなり困難だな」


 近衛騎士二人が肩を落とすのに、村人たちも落胆の声を漏らす。


 申し訳なくて、エリュシカは「ごめんなさい」と、深く頭を下げた。


「いや、こちらの落ち度でもある。今一度、大臣閣下とご相談し、手立てを考えよう」


 エリュシカが気に病むことではない、と、爽やかに笑い、テリングとアレクサンダーの二人の騎士は、その日は村から去って行った。


 ******


 その晩。

 王都からの大変な幸運を振ってしまい、村の人々もがっかりさせてしまったエリュシカは、申し訳なく思いながら機織り機の前に座っていた。

 織り掛けのタペストリーを眺めながら、大きく溜息をついた。


「どうすればよかったのかしらね、母さん」


 ぽつりと言った時。


 ほとほとと、家の戸を叩く音がした。


 エリュシカは何だろうと扉へ向かう。叩き方が、助けた老商人に似ていたので、もしや、と思い、思い切りよく戸を開けた。

 そこに立っていたのは、テリングだった。

 びっくりしたエリュシカは、思わず戸を閉めようとした。閉まる手前で片手で戸を押さえたテリングが「待ってくれ」と慌てた声を上げた。


「その……、疾しい意味で来たのではない。きみに渡して欲しいと頼まれたものがあって」


「私に?」


 エリュシカは、そおっと戸を開けた。

 テリングは、扉から数歩、外へと下がる。

 冬の冷たい空気が凛と張り詰めた夜の中、エリュシカはテリングの下げたカンテラへと近付いた。


「この、ペンダントなのだが。私達が隣町の宿へ戻ると、亭主が私宛にと預かったと、渡して来た。……一緒に手紙が添えられてあり、私からぜひ、エリュシカに渡して欲しいと。

 ……しかも、今夜」


「今夜?」エリュシカは、テリングの手の中の、三日月形の金色のペンダントと、手紙を見た。


 ペンダントは細い金の鎖がついており、テリングは落とさないようにか、鎖を手首に軽く巻いていた。


 エリュシカは、大きめの封筒の手紙をテリングから受け取った。

 確かに、手紙は二通入っていた。

 一通は開封されており、もう一通は開けられていない。


「こちらが、エリュシカへ宛てた手紙だ」


 封をされたままの手紙に、エリュシカはテリングの誠意の感じた。

 しかし。


「あの……、私、字が読めないんです。代わりに開けて読んでいただけますか?」


 地方の村には、字を知っている女性は少ない。頷いたテリングは、カンテラをエリュシカに持たせ、剣帯から小刀を引き出して手紙の封を切った。


 その刹那。


 突然、テリングのもう一方の手首に掛けられていたペンダントが、エリュシカの手首にも絡まり付いた。


 突然の不思議に驚く二人を、ペンダントがしっかりと繋ぎ合わせる。

 すると、そのまま二人の身体が宙に浮いた。


「なんだっ!?」


「きゃあっ!?」


 エリュシカは怖くなり、テリングの腕にしがみつく。テリングもエリュシカを落とすまいと、しっかり細い腰を抱いた。

 どんどんと浮き上がる二人を、強い冬の月の光が照らす。

 一陣の強風が、月光と呼応するかのように、二人を北東の方向へと運んで行った。


 強い風に流されながら、しかし、エリュシカは不思議にも寒さは感じなかった。

 草原の上を矢のように飛び、いくつもの林をあっという間に飛び越え、二人の身体はどんどんと山野の多い地域へと流された。


 時間にしてどれほど経ったのか。


 ふっと風が弱まった。と同時に、二人はゆっくりと、川のほとりへと下ろされた。

 周囲には、エリュシカがこれまで見たことも無い、背の高い針葉樹が立ち並ぶ。


 黒々とした夜の森と山々に、冬の月の光が当たっている。

 早い流れの川面にも、きらきらと月光が反射している。

 時折、月の光の中に、金色の背を持った姿のよい魚が、するり、と動くのが見える。


「ここは……?」


 まだ手首はテリングと繋がれたままだったが、エリュシカは見慣れぬ風景に、怯えと興味の双方を抱いた。


「私の記憶が正しければ、ここは王妃様の故国、レオ公国の森の中だろう」


 強い近衛騎士の声が微かに震えているのは、きっと、テリングも、この不思議な出来事に動転しているからだろう。


「どうして、レオ公国に、私とテリング様が……?」


 紡いだ疑問の答えは、月の光の中から不意に聞こえて来た。


『機を織るのなら、実際の景色を見た方がいいだろう?』


 その声は、あの老商人のものだった。

 驚き過ぎて声も出ないエリュシカに、老商人――冬の月の精霊は、笑い含みに続けた。


『エリュシカや、これが、助けてくれたお礼だよ。この景色をタペストリーに織りなさい。そして、王妃様に差し上げなさい』


『騎士テリング』呼ばれて、テリングは「はっ」と、居ずまいを正した。


『エリュシカを頼んだよ。しっかり、守ってやっておくれ』


 冬の月の精霊の声が止んだと同時に、辺りが真昼のように明るくなった。

 一瞬、眩しさに目を瞑ったエリュシカだったが、恐る恐る眼を開けると、そこにはそれまでとは違った風景が広がっていた。


 針葉樹に覆われた、大小の美しい山々。その間を流れる、澄んだ急流。

 金色の腹に一閃、赤い模様の入った綺麗な川魚が、激流に逆らうように飛び跳ねる様。

 山肌に沿うように群生する、朱色の山百合。


 エリュシカは、この風景を織らなければ、と、強く思った。

 冬の月の精霊の贈り物として。


「テリング様」


 エリュシカは、向かい合う騎士をしっかりと見上げた。


「私、王妃様のお為に、タペストリーを織ります。どうか、側で見ていて下さい」


 テリングは、エリュシカの鳶色の瞳を見詰め返し、ふわり、と優しく微笑んだ。


「分かった。私は、きみの仕事をしっかりと、見守ろう」


 テリングの爽やかな笑顔に、エリュシカの胸が高鳴った。

 恥ずかしさと嬉しさで、頬が熱くなる。

 その時。

 二人の腕をしっかりと繋いでいるペンダントが、再び光り出した。

 二人の身体が、レオ公国に来た時と同様、ふわりと浮く。

 今度はエリュシカもテリングも慌てることなく、しっかりと抱き合って、冬の月の精霊の魔法の風に乗って草原の村へと帰った。


 ******


 それから一月後。


 テリングが大臣に掛け合って、エリュシカは村でタペストリーを織り上げて王都に持参した。


 冬の月の精霊が見せてくれた通りの、王妃の故国の景色を、エリュシカは忠実に織り上げた。


「森も河も湖も……、わたくしの故国そのままです」

 大広間の壁に掛けられたタペストリーに、王妃は驚き、涙ながらに喜んだ。

 その声を、頭を下げて聞いていたエリュシカは、ほっと胸を撫で下ろすのと同時に、冬の月の精霊――あの老商人に感謝した。


 国王もお喜びになり、エリュシカに褒美は何がよいか、とお尋ねになった。

 これまで機を織ること以外、何も楽しみの無かったエリュシカだったが、今はひとつだけ願いがあった。


 出来れば、テリングの花嫁になりたい。


 だが、テリングは由緒正しい家柄の近衛騎士。エリュシカの願いは、田舎の村娘には到底叶うものではなかった。

 せめて、側に居られるだけでも、侍女として仕えるだけでも、とも思ったが、機織りが出来なくなるのは切ない。

 願いは、諦めた。


「特に何も――」無い、と言い掛けたエリュシカの言葉を遮って、いきなりテリングが国王の前へとまかり出た。


「ご無礼は重々承知の上で申し上げます。もし……、もし、エリュシカが嫌でないのなら、私、テリング・ラインロッドは、このエリュシカを妻に貰い受けとうございます」


 唐突な求婚に、王も王妃も、居並んだ家臣達も、皆一様に驚いた。

 当のエリュシカは、呆然として、ただただ愛しい若者の横顔を見詰めた。


 束の間の静寂の後。国王がおごそかにおっしゃられた。


「本来ならば、咎のある行為である。が、今日は王妃の祝いの日。――エリュシカ、そなた、今のテリングの申し出に異存はあるか?」


「いっ、いいえっ、ございませんっ!!」


 自分でも驚くような大きな声で、エリュシカは返答した。


 隣に(ひざまづ)くテリングの顔が、みるみる笑顔になったかと思うと、深々と国王に一礼し、エリュシカをぐいっ、と抱き締めた。


「あっ、あのっ」エリュシカは慌てたが、テリングは満面の笑みで、言った。


「ありがとうエリュシカ。陛下の御許しも頂けた。――冬の月の精霊との約束通り、ずっときみを守る」


 国王からか王妃からか。

 拍手の音がひとつふたつと鳴り、それはやがて、大広間中を埋め尽くした。


 ******


 テリングと結婚したエリュシカは、しかし相変わらず故郷の村で機を織っていた。

 母の残した機織り機で、今日も美しい風景のタペストリーを、心を込めて織り上げている。


 以前と変わったのは、前は小さなあばら家でたった一人で機織りをしていたのだが、今は、エリュシカの村と隣町を合わせた地方を国王から所領として下されたテリングの館で、機織り仲間の村の女達と一緒に楽しい会話をしながら織っていた。


 外では、草原の春の風に吹かれながら、エリュシカの小さな息子が、テリングと剣の稽古をしている。


 テリングとエリュシカを結びつけたペンダントは、その後冬の月の精霊の指示で、二人は浅沼に沈めた。

 精霊の魔力が効いたのだろう、浅沼の毒は浄化され、今では飲み水としても使える清らかな水を湛えた沼となった。


 冬の月の精霊は約束通り、エリュシカに大きな贈り物をくれた。

初めて、といっていい短編です。結構頑張って書いてみました。

お定まりのお話ですが、自分なりに楽しく書けたので、その辺りが読んで下さる方に伝わればよいなあと、思っとります。

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