第二章 情報屋、組織襲撃2
あすかとこの現象の正体を突き止める。
軽い気持ちで引き受けてしまったが、長い休暇になるかもしれない。
「殺し屋が休暇を取ります、ね」
車のハンドルを操作しながら、あすかが言った。
「フリーランスな職業だと思っていたが、どうにも違うらしいな」
フリーランス。確かに、イメージとしては強いかもしれない。
橘は窓から頭を離して、
「もちろんそういう人もいるけど、大抵はみんな専属で仕事をやっている。そっちお方が、収入も安定するし」
と説明した。
殺しの仕事に関する記憶は覚えていないが、知識だけは残っている。
訊ねる。
「ねえ、君にとって重要な話になるかもしれないって言っていたけど、アレ、結局どういう意味だったの?」
「ああ、大した意味はないよ。少しでも話に興味を持ってくれるように、試しに言ってみただけ」
「そう……」
――やっぱり、そんなに都合良くはいかないか。
がっかりしたが、予想はしていたことだ。自分の記憶喪失に関係する話なんてそうあるものではない。
橘は考える。そもそも、なぜ私は記憶喪失になったのか。
医師は、橘の脳細胞が物理的に傷つけられていると言っていた。つまり、外部から何らかの攻撃があった。思い当たるふしがあるとすれば、それは殺し屋の仕事くらいだが――自分がヘマをしたとは考えにくい。
なにか、もっと別の理由がある。
「そろそろ着くぞ」
橘の思考を、あすかの声が遮った。
着く? どこに? 橘はまだ行き先を知らされていない。
「情報屋のところだ」
橘の心を見透かすように、あすかが言った。
「情報屋」
「そうだ。まずは情報収集から始める」
情報屋が仕事場にしている場所は、ビル群の隙間にひっそりと佇んでいた。
建物は大きな二階建て。一階は小さな美容院。二階は直接向かえる階段がついている。横長の大きな窓ガラスが特徴的だが、カーテンがかかっているので中の様子はうかがえない。
車を降りる。
「情報屋は二階だ」
あすかが階段を上り始めた。
うしろに橘も続く。
二階に着いて、早速インターホンを鳴らした。
『はいはい?』
少し間があいて、男性の声が返ってきた。
「客だ。情報をもらいたい」
あすかが端的に言う。
『……女性が来るのは久しぶりだね。分かった、今開ける』
ガチャリ、という金属音がしてドアが開いた。中には、大学生くらいの若い青年が立っている。
彼が情報屋だ。
本棚が並んでいる大部屋に案内されて、二人はソファーに座った。高い天井。左手には、横長の窓ガラスが見える。
向かい側の回転式の椅子に情報屋が腰かけた。
「で、なにが聞きたい?」
「建物が突然消える、奇妙な現象について」
あすかが答える。
「具体的には」
「現象の正体が知りたい」
情報屋は肩をすくめた。
「現象は知っている。けど、正体までは分からないな」
あっさり首を振られてしまった。
そりゃそうだ、と橘は心の中で呟く。正体が簡単に分かったら、誰も苦労はしない。
「ただし」
と情報屋が付け加える。
「その現象の正体を知る人物に、心当たりがなくもない」