第二章 情報屋、組織襲撃1
隣の立体駐車場でしばらく待つ。数分後、橘の目の前に一台の車が止まった。どこにでもありそうな赤色のミニバン。運転席には、ヒューマノイドの少女が座っている。
車窓が下がった。
「来てくれたみたいだね」
少女が言った。
「……ええ、まあ」
曖昧に答える。
「立ち話するのもあれだ。中で話そう」
――君にとって重要な話になるかもしれない。
橘は少女の言葉を思い出した。
反対側に回って、助手席に座る。
車内には軽快なジャズのBGMが流れている。後座席は、あと二人は乗れそうだ。
フロントガラスの先に人だかりができていたので、橘は少女にその理由を説明する。
あそこに建っていたはずの高層マンションが、突然消えてしまった。
「ふうん……」
少女は平然とした態度で頷いた。
「君は運がいい。こういう現象は、なかなかお目にかかれるもんじゃない」
「変な質問するけど、この世界ではこういう現象が時折起きるものなの?」
「まさか。そんなわけないだろ」
少女は首を振る。
「実際、ありえないこと起きているんだよ。すでに他の建物もいくつか消えている。まだ表ざたになっていないだけで、気づいている人間は大勢いる」
「どうしてそんな現象が?」
「分からない。ただ、この現象が確認されているのは今のところ日本だけらしい」
「日本だけ……なんだか妙ね」
少女は頷く。
「ああ。この現象の裏には、なにか得体のしれない大きな存在を感じる」
得体のしれない大きな存在。確かに、どこか陰謀めいたものはある。
「……例の興味深い話っていうのは?」
橘は訊ねた。
「もう言ってるよ」
と少女。
「………」
とりあえず、橘には気になることがあった。
「この話を私にして、あなたはなにがしたいの?」
「私と一緒に、この現象の正体を暴いてほしい」
少女が間髪入れずに言った。
橘は少し思案してから、
「ちょっと待って」
ポケットから携帯を取り出す。
「誰にかけるの?」
「仕事の依頼主」
短く答えて、橘は一つだけ登録されている電話番号を発信する。
「――はい、はい。そういうわけなので、しばらく休暇をとらせてもらいます」
橘は一方的に電話を切った。
依頼は、体調不良を理由に破棄した。
――これで当分お休みだ。もともと殺しに専念できるような状態ではなかったので、いいタイミングだったと思う。
「えっと……」
橘は言った。
「良いよ。あなたの話に付き合ってあげる」
現象に興味があるのは事実だ。気分転換するのには丁度いいだろう。
――なにより、気持ちを停滞させずにすむ。
「本当に?」
少女が念を押す。
「うん」
橘は笑顔で返した。
「こういう話、私嫌いじゃないから」
「そうか。嬉しいよ」
エンジンがかかって、少女は滑らかに車を発進させた。
「そういえば、まだ名前を言っていなかったな。私はヒューマノイドのあすかだ。これからよろしく」
「橘あすかよ。こちらこそ」
偶然にも、同じ名前だった。