第一章 記憶喪失で殺し屋5
――ヒューマノイドの少女と出会ってから、翌日。
「………」
朝、ホテルの部屋で目覚めた橘は、しばらくうーんとベッドの上で眠たげにうめいていた。
やがて自分の額に手をあてる。
覚えていることを確認する。
当然、失った記憶は戻っていない。
橘は、上体を起こした。着ている服が変わっていない。昨日と同じ格好のままだ。疲れていたせいか、部屋に帰ってきてそのまま寝てしまったらしい。ベッドをおりて、ヒューマノイドの少女とかわしたやり取りを思い出す。
彼女は今日、約束した場所で待っているはずだ。
――興味深い話。自分の記憶喪失と、なにか関係があるかもしれない。
「行ってみるか……」
ポツリと呟く。
記憶を失ってまだ昨日と今日だ。この出会いが、ただの偶然だとは思えない。
橘は服を着替えて、一階のレストランへ向かった。
テーブルにはすでにできたての朝食が用意されている。
食欲はあまりなかったが、とりあえず大盛りのサラダを小皿に移して食べた。ついでに、まぶしてある厚切りベーコンもフォークで刺して食べる。
レストランでは店内放送でニュースが流れている。
『問題の映像ですが、これは作り物であるとの専門家の声が多く……』
食事中の他の客は、全員熱心にテレビへ視線を送っている。
橘はトーストを頬張り、スープで流し込んだ。
ニュースは続く。
『当初は社会に大きな衝撃を与えたこの動画ですが、現在では否定的な意見がほとんどで、日本政府もこれについて「国民一人一人に冷静な対応を」と注意を呼びかけています。クローンを使った人体実験は、完全にデマであるという形で決着がつきそうです』
休日の外は人の姿がまばらだった。
橘は閑静な住宅街を歩いている。携帯の地図を見て昨日の高層マンションを目指す。正確には、その隣にある立体駐車場だ。
地図に沿って進み、高層マンションの前を通りかかった時、橘はある異変に気づいた。
マンションが無くなっている。
昨日までそこに建っていたはずの高層マンションの姿が、どこにも見当たらない。
あるのは空き地だけだ。
半日で建物をきれいに解体するなど普通不可能なはずだが――とにかく、ありえないことが起きている。
異様な光景に、橘はしばらく目を白黒させることしかできなかった。
「どうなってるのこれ……?」