第一章 記憶喪失で殺し屋3
「その、見逃してほしい」
「え……」
「正面からやり合っても勝ち目なさそうだし、あんたと戦う気はないよ。だから、許して」
橘はガンケースをおろして頭を下げた。
状況を把握した少女は、困った顔になって首を傾げた。
「驚いた。殺し屋にそんなことを言われるなんて……」
少女は、迷った様子で拳銃をゆらゆら振った。
ヒューマノイドに拳銃を向けられるのは初めてだ。逃げ出しても、きっとすぐ橘は撃ち殺されてしまうだろう。命運は彼女にゆだねるしかない。
良く見れば、美しい女の子だ。男っぽい口調だが、凛とした瞳が魅力的。黒い髪をショートカットにしていて、身長は橘よりちょっと高い。健康的な太ももの持ち主で、スタイルが良い。
「確かに、今すぐ使えそうな武器は持ってないな」
その通りだ、と橘は頷く。そもそも暗殺が目的なので狙撃銃しか持ってきていない。
「どうしよう……無抵抗なヤツを殺すのは忍びないし……」
少女は変なプライドを持っているようだが、先に殺そうとしたのは橘だ。
逆に殺されても、文句は言えない。
「……分かった。命は助けてあげる」
少女は銃口を下げた。
良かった――橘は安堵した。肩の力が抜けて、思わず「はあぁ」とため息が漏れる。
「ただし」
と少女は続ける。
「何もしないかわりに、君には明日、できるなら隣の立体駐車場に来てほしい」
――できるなら、来てほしい?
橘は耳を疑った。
「……私が本気で行くとでも?」
「まあ、強制したりはしないよ。ただ、来てくれたらちょっと話したいことがある」
「話したいこと?」
「興味深い話だ。もしかしたら、君とって重要な話になるかもしれない」
含みのある言い方だった。
「そろそろ人が来るだろうから、私は行くよ」
「………」
「また明日」
少女は手元で拳銃を弄びながら、橘に背を向けてマンションをあとにする。最後まで、余裕の態度を崩さない。
橘はその場に一人ぽつんと残された。あっという間の出来事だった。
どうにか見逃してもらったけれど……。
――君にとって重要な話になるかもしれない。
何か、引っかかる言い方だ。