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真実を探せ  作者: いろは茶
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第六章 人間に最も近いロボット1

朝目を覚ますと、窓から差し込む光に一瞬目をつぶってしまう。どうやら窓のカーテンを閉め忘れてしまったらしい。橘は傍らに置いていた携帯で時刻を確認した。午前六時。ちょっぴり早い起床時間かもしれないが、記憶をなくしてすぐ殺し屋として収入を得ながら生活していくことになった橘にとっては、これが普通だった。日々筋トレ、格闘技のレッスンに射撃練習……。いつもなら、これから体力作りのためにランニングへ出かけなければならない。――――だけど、今は少しできそうにないわね。旅の途中よ。


橘は布団を払いのけベッドを離れると、光が差し込む窓の方へ歩いて行った。


「よっ」勢い良く窓を開けると、外の爽やかな風が橘の頬を撫でる。都会の割になかなか良い空気をしているな、と橘は思った。一度深呼吸して眠たげな脳に目一杯の酸素を送り込む。するとたちまち脳が起きて眠気が完全に吹き飛んだ。


クリアになった頭の中で、橘は昨日のクロノ株式会社で得た「手がかり」について思い出す。戦闘用ロボットの存在と、あすかワールド――――。とくに後者については昨日さんざん考えたが結局なにも分からずじまいだった。あすかワールド、この言葉は一体何を表した言葉なの? 唯一気がついたことは、この言葉の「あすか」の部分が橘とあすかの名前に共通しているということだけ。そこから先の「答え」にどうやっても結びつけることができない。もんもんとしばらく考え続けて、橘は折れた。完全に手詰まりだわ。これからどうすればいいの? 橘は心の中で自問自答する。返答はすぐに来た。とりあえず、ベッドで寝ているあすかを起こしてから考えましょ。


中くらいの部屋の空間には、ベッドが二つ無造作に置かれている。窓側のベッドは橘が使い、出入り口側のベッドをあすかが使っている――というか、まだあすかはぐっすり眠っていた。「……」橘は音を立てずにゆっくり近づいていく。あすかの寝顔を覗いてみる。……やっぱりこの子可愛い。橘は携帯で寝顔を写メしたあと、あすかの体をさすった。


「ん……」布団の中であすかの体がもぞりと動く。あすかはうっすら両目を開けると、眠たげな声で橘に訊いた。「今何時……?」


「朝の六時よ」


「え……起きるの早くない?」あすかは布団の中に潜り、体をもぞもぞさせる。


「私の体内時計は朝の六時って決まってるの」


「なら、私の体内時計は朝の八時だ。……あと二時間寝させて」


「ダメ。健康的な体を維持するためには、早起きが一番なんだから」


「ヒューマノイドの私には関係ない話だ」


「ていうか、そもそもヒューマノイドに睡眠とか必要なの?」


「……まあ、別に必要ないけど」あすかは布団から顔を出す。「でも寝る機能はある。設定した睡眠時間の間、頭の中にある私の自立型AI――いわゆる脳だな――がスリープ状態になって、一時的だが寝ているような状態になる」


「寝ている途中に起こされるとどうなるわけ?」


「今の私みたいに、意地でも起きようとしなくなる」


「……最初から起きる気なんてないのね」


「そゆこと」あすかは満足げに目を閉じた。「だから寝かせてくれ」


「寝かせるわけ無いでしょ」橘はひょいとあすかから布団を奪った。「あすかが起きようとしないのなら、私にだって考えがあるわ」


「うわっ、ちょっ……布団返してよ!」


「嫌よ。布団が欲しければここまでおいでー」橘は奪った布団で体を包み、窓側の方まで走っていく。


「この外道め!」あすかはベッドから飛び上がり、橘を追いかける。


橘は開いた窓のそばで立ち止まると、うしろから追ってきたあすかがすぐ橘の隣にスライディングしてきた。あすかは「むすっ」とした顔で立ち上がり、ぶっきらぼうに言う。


「布団、返して」


「分かった。でもその前に、窓から顔を出してみて」


「……どうして」


「いいからいいから」橘はあすかの背中を押して、無理やり窓からひょっこり顔を出させた。すると――――――――、


「いい空気だな」深呼吸したあすかが、目を閉じて言った。外から入ってくるそよ風があすかのショートの髪をふわりとなびかせる。しばらく経って、あすかは窓の外から顔を戻した。


よし、作戦大成功! すっかり目が覚めた様子のあすかに内心ニヤニヤしながら、橘はさらりと言った。「おはよう、あすか。早起きもたまには悪くないでしょ?」

                 

                  ・


一階のバイキングが開くまで一時間あったので、橘とあすかはトランプをして時間を潰すことにした。トランプといえばババ抜きや七並べ、ポーカーに大富豪……記憶をなくしてから一度もやったことはなかったが、残っている知識として一応ルールくらいは覚えていた。しかし、あすかが橘に教えてくれたゲームは、これまでに一度も聞いたことのないものばかりだった。ブラックジャック、バカラ、テキサスホームデム。どれも橘には新鮮で、全く飽きない。……まあ、すべてギャンブルものだったのだが。


「あーもう、全然勝てない」橘は床を転がりながら呻いた。ゲームを始めてから、まだ一勝も出来ていない。「ギャンブルって、難しいのね」


「ギャンブルは運の要素がふくまれているからな」あすかはカードを床に置いて頷いた。「心理戦って言ったって、勝敗をわけるのは結局運だ。運ゲーなんだよ、ギャンブルって」


橘はため息をつく。「じゃあ私、きっと運がないのね」


「そうなるね」


「……少しはフォローしてよ」


「ていうか、ヒューマノイドに運で負けるとか……っぷ」


「ぶっ飛ばすわよ」橘はあすかを睨んだ。


「冗談だよ、冗談」そう言ったあすかの表情はまだニヤニヤしている。「もう一時間経つけど、そろそろ一階に行く?」


「あ……うん。お腹もすいてきたし、行くなら早く行きましょ」


床のトランプカードをケースに戻し、橘とあすかは寝間着替わりのジャージを脱ぐ。クローゼットから私服を取り出してちゃっちゃと着替える。「よしっ」着替えを終え、橘とあすかは部屋を出た。廊下を歩きながら、橘はなんとなく考える。あすかが持っているあの大量の札束って、ギャンブルで稼いだものなのかもしれないわ。となると、毎週カジノに通っていたりして。


エレベーターを使って、一階へ降りる。受付を通り越してしばらくまっすぐ進んでいくと、目の前に大きなバイキングのお店が現れた。店の看板にも「バイキング」と書いてある。どうやらこのホテル、店の名前にはあまりこだわっていないらしい。「くんくん」店内から漂ってくる食べ物の匂いに、となりのあすかが目を輝かせる。早く中に入ろう橘ちゃん! 橘にはあすかが目でそう言っているのがすぐ分かった。


店内に入ると、アルバイトの店員がさっそく駆けつけてきた。空いた席に案内され、橘とあすかは店員のあとに続く。テーブルの椅子に座ると、コンマ数秒で向かい側に座るあすかが立ち上がり――「行ってくる!」そう言って料理の並ぶ方へ行ってしまった。やれやれ。


びっくりした表情のまま店員が言った。「ドリンクバーとかお付けしましょうか?」


「お願いします」と橘。「二人ぶんで」


「かしこまりました」


スタスタと足早に行ってしまう店員のうしろ姿を眺めながら、橘はぼんやりと思う。それにしても、本当にあすか食べ物好きになっちゃったわね。可愛いから別に良いんだけど。――ぼちぼち、私も料理持ってきますか。




数分後、大きめのトレイに食べ物をたくさん乗っけてきた橘とあすかは、テーブルに座って簡単に「いただきます」をした。橘は袋詰めされた小さなりんごジャムの「切り口」を横から破ると、クロワッサンの上に丁寧にかけていく。橘はジャムの乗ったクロワッサンを口へ運んだ。そのままパクッと一口食べる。うん、普通に美味しい。あっという間にクロワッサンを平らげる。――さて、次はどれを食べようか。

トレイには皿に乗ったスクランブルエッグ、ウインナー三本、サラダがある。そしてジャム付きのロールパンが二つと、コップには香ばしいコーンスープが注がれている。どれも美味しそうで、どこから手につけようか迷ってしまう。


「むう」としばらく視線をトレイに泳がせていた橘だったが、そこでふと向かい側のあすかのことが気になった。正確に言えば、あすかがトレイに乗せた食べ物に興味が湧いた。軽く視線を上げ、あすかのトレイに乗せられた料理を見て橘はすぐ「なるほど」と思った。その料理のほとんどが、橘が持ってきた料理と被っている。バイキングの醍醐味は多種多量な料理を提供することとはいえ、今はまだ朝食で客も少ない。なるほど、料理人が張り切らないわけだ。料理数が減ればそれだけ橘とあすかが運んできた料理の被る確率が上がる。こうなるのはまあ、当然だろう。「うんうん」と橘は一人で納得した。


しかし――すると今度は、料理場でせっせと働いている料理人たちのことが気になる。彼らは一体、どんな顔で料理を作っているのだろう? 橘は一時的に食べることを忘れ、頬杖をついてあすかの後ろの先にある調理場を覗こうとする。とそこで、調理場を見る前に、決定的なアクションが橘の視界に飛び込んできた。


あすかがフォークで刺したウインナーをかじり、「んー! んー!」とうなった瞬間だった。頬に手をやり、笑顔で目を輝かせている。これは――シャッターチャンス! 橘は反射的にズボンのポケットに手を突っ込んだ。が、いつもなら必ず入っているはずの携帯がない。「……っ」すぐに原因を悟り、橘は頭を抱えた。どうやら、部屋にうっかり置いてきてしまったらしい。ああもう私のバカ、貴重なシャッターチャンスを逃してしまったわ!


「む」そこで橘の変な様子に気づいたあすかが口を開いた。「どうした?」


「え、いや別に……ちょっと携帯が」ドキッとして橘は答えた。


「携帯が?」


「うん……その、なんでもないわ」


「ふうん」あすかが疑わしそうな目を向けてくる。マズい、話をそらさなくちゃ。


「そ、そんなことより今日の予定は?」ロールパンに手を伸ばして橘は言う。「どうするつもりなの?」


次々とウインナーを口に運んでいくあすかは「うーん」としばらく考えて、「一応、考えてはある」


「考えっていうのは?」


「私と橘ちゃんは昨日、二つの手がかりを手に入れたよね」あすかは目配せした。


「ええ。一つは『組織』はロボットを戦力に入れていること、そして二つ目は――あすかワールド」


あすかは頷く。「後者については今だに分からずじまいだけど、『組織』がロボット開発に関係していたのだとしたら、私たちにもまだ行く宛がある」


「宛」橘は気になった言葉を小さく呟いた。昨日手がかりを二つ入手したとはいえ、「あすかワールド」の意味は分かっていないし、ロボットのことも、次の行き先がはっきり決まるようなほど有力なものではない。橘から見れば、完全に手詰まりのはずだ。……いいや、待って。ロボットの開発といえば、確か車の中であすかが話していたような気がする。少し考えて、橘は「はっ」と思い出した。そうか、原さんね!


「気づいたみたいだな」あすかは言った。「知っての通り、原博士はヒューマノイド開発に携わった第一人者。つまり、ロボットについてもかなり詳しいはずだ。ひょっとしたら、何か知っているかもしれない」


「なるほど、可能性はあるわ」


「という訳で」あすかはコーンスープを一気に喉へ流し込んだ。「今日は父さんに会いに行く」


これで予定が決まった。二人は朝食を食べ終えると、バイキングを足早に出て行った。


                  ・


「あ……携帯、ここにあったのね」


部屋に帰ってくるなりあすかが「行くなら早いほうが良い」と言って早速荷物をまとめ始めたので、橘もそれにしぶしぶ従った。本当はもう少しトランプとかをしてのんびりしたかったのだが、そうも言っていられない。手がかりをまた手に入れられるかもしれないのだ。あすかが急ぐ気持ちが、橘にはよくわかった。


……そういえばあすかは、この世界の正体を知るために旅をすると言っていたけど、この世界の正体は「作られた世界」という目星がもう付いている。確信があるわけではないけれど、仮にそれが真実だったとして、あすかはどうするつもりなんだろう。真実を知り納得しておしまいなのだろうか? だとしたらあまりにも呆気ない。本当はもっと別の目的があるのでは? では、その目的とは一体?


ベッドの前で悶々としている橘を見て、あすかが声をかけてきた。「大丈夫? ぼーっとしてるけど」


「はっ」橘は我に返った。


「どうしたんだ? 本日二度目だぞ」


「な、なんでもない」――今考えるのは良くないわ。思考を切り替えなさい。「ただ、どうしてあの時携帯を持って行かなかったんだろうって」


「あの時? なにか携帯でするつもりだったのか?」


「あ、いや……なんでもないから!」


動揺したまま携帯をズボンのポケットに突っ込み、橘は床に置かれた自分のスポーツバッグを肩に担いだ。支度はもう出来ているので、いつでも出発することができる。ここは早くこの部屋から立ち去った方が良さそうだと橘は瞬時に判断し、慌てて部屋から飛び出した。


そして振り返りざまあすかに言う。「早く来ないと、置いていっちゃうわよ」


「車のキー持っているのは私なんだけどなあ……」


「大丈夫よ。車なんて適当にいじくればすぐ動いてくれるわ」


それを聞いてあすかの顔から血の気が引いた。「ちょ……待ってくれ! 今すぐ行くから!!」


数分後、二人の少女を乗せた赤い車は、ホテルの地下駐車場を静かに発進した。



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