第五章 和風パスタとあすかワールド5
「よいしょっ、と」
あすかが車のトランクを開けた。――中には手榴弾、マガジン、メーカーの違う数種類の銃が適当に並べられている。銃はあすかが何度も使っているせいか、少しだけ煙っぽい匂いがした。
あすかはトランクに置かれた機関銃を優しく撫でて言った。
「やあ、久しぶり」
それを聞いて、橘はため息混じりに言った。「それ、持ってく気なの?」
あすかは首を横に振る。「まさか。機関銃って結構大きいからね。今回の戦闘は動き安さ重視だから持っていく訳ないよ」
分かってるじゃない、と橘は呟いた。今回の戦闘は図書館でやった派手な戦闘とは違い、いわゆる、潜入に近い。相手にけして気づかれず、気づかれたとしても殺しは最小限にとどめる。黒スーツの怪しい男達は別として、会社の社員はなるべく巻き込まないようにしようという橘とあすかなりの人道的ギリギリの配慮だ。――まあ、その社員が全員敵だってことも十分ありえるんだけどね。
トランクの中をあすかがガサガサあさり始めた。どうやら持っていく銃を探しているらしい。しばらくして、あすかはトランクから取り出した、使い古された感じの黒い拳銃――高層ビルであすかに撃たれた時の銃だ――を橘に手渡した。
「え」橘は首をかしげる。「私、自分の拳銃持ってるけど」
言って、橘は腰に巻いたポーチを手でポンポンと叩いてみせた。愛用の拳銃に軍用ナイフ。弾が満タンの弾倉と消音器も入っている。すでに準備は整っているはずだが……。
「そうじゃなくて」人差し指を立て、あすかは博士ぶった顔を作った。「橘ちゃんの拳銃は一五連の単発。だけど、私が渡した拳銃は二〇連のフルオート可能な最新モデル。今回の戦闘なら、明らかに後者の拳銃が役立つと思うけど」
橘は「むぅ」と唸った。銃のフルオートとは、撃つと持続的に弾が出続ける状態のことを言う。単発とは違い一回で何発もの弾丸を敵に飛ばすことができるフルオートだが、その反面、反動で重心がぶれるため命中率はガクンと落ちる。さあどちらを選ぶべきか? 単発かフルオートか。確かに単発でちまちま撃つより、フルオートで一気に撃った方が楽ではある。
少し考えて、橘は口を開いた。
「うん、今回はあすかのフルオート拳銃を使わせてもらうわ」
「オーケー。私も同じ拳銃を使わせてもらおう」
あすかが弾倉をポケットに入れ、小型の手榴弾をズボンのフックにいくつか引っ掛けると、これで完全に戦闘準備が完了した。トランクがガチャンと閉まる。
出発直前、あすかはまた軽い調子で言った。
「それじゃ行くか」
「うん」最新式のフルオート拳銃をポーチに仕舞い、橘は答える。
二人は静まり返った地下の駐車場をあとにした。
・
「結局、『組織』の正体って何なの?」
夜の町を移動しながら、橘がポツリと呟いた。
「『作られた世界』の秘密を守る武装組織」隣を歩くあすかが言う。「情報屋はそう言っていたけど」
図書館で、確かに情報屋は二人に同じような事を言っていた。しかし、詳しいことは何一つ聞いていないのも事実。『作られた世界』の秘密を守る武装組織――その言葉を簡単に鵜呑みにするのは危険だ、と橘は思った。
なので、橘はあすかにこう言った。
「それだけじゃ納得できないの」
「納得できない?」あすかが聞き返した。
「うん。その言葉だけだと、『組織』の謎が深まる一方」
「謎、か」
「謎というのはね、あすか。『組織』の存在意義のことよ」橘は続けて言う。「『組織』の目的は――たぶん、私達『作られた世界』の真実を探している人間の抹殺。でも、その必要はないの。なぜだか分かる?」
「この世界は都合の悪い存在を自由に消すことができる」とあすかは即答。
「その通り。『組織』が動く以前の問題なのよ、これは。あすかが言ったこの世界のルールがある限り、『作られた世界』に真実を守る『組織』なんてものは必要ない」
なるほど、とあすかは感心したように頷いた。「私も橘ちゃんの意見に賛成だ。――となると、今ある『組織』の存在自体が謎だな」
「そうね」橘もコクリと頷いた。「だけど、謎はまだ他にもあるわ」
「と言うと?」
「『作られた世界』の、ルールの曖昧さよ。今までの『真実』に関わった人間、建物は綺麗に消しているくせに、なぜ私達は消されないのか。私たちも『真実』を探しているから、例外ではないはずなのに」
「うーん」あすかは顎に手を当てて少し考える素振りで言った「私達を消してしまうと都合が悪い……とか?」
「否定はできないわ」橘は真顔で答えた。「とにかく、『都合が悪い』という意味を、私達は改めて考え直す必要があるわね」
「だな。……あ、私思い出したんだけど、確か情報屋は『作られた世界の意思は創造主の意思でもある』とかなんとか、似たようなこと言ってたよね。あれもなにか関係したりするのか?」
「私達をあえて消さず、わざわざ『組織』を作り、使って、私達を消そうとしている……それが『創造主』の意思なのかもしれないわ」
「よっぽど戦闘好きなヤツなんだろうな」
「しかも、かなり堕ちてる」
しばらく歩き、道を何度か曲がると、ようやく目的地――クロノ株式会社が見えてきた。
「ここだ」
あすかが足を止めて言った。
二人の目の前には、三階の横長な窓に大きく会社名が書かれたコンクリート造りの建物がひっそりと立っていた。窓は全てシャッターを降ろされているのに名前がすぐわかったのは、シャッターに「クロノ株式会社」と大きくプリントアウトされた紙が貼られていたからだった。――間違いない。名前を見る限り、ここがクロノ株式会社だ。
二人は早速行動を開始。忍び足で会社の裏口へ回る。建物へ潜入する場合は普通、正面の入口からではなく、裏の入口から潜入するのが主流だ。建物に防犯カメラがないかチェックしながら慎重に動く。
「カメラはないようね」
小さい声で橘は言った。
「みたいだな」
あすかも小さな声で答えた。
あっさり裏口までたどり着く。予想通り、裏にも入口があった。金属製の分厚いドア。橘はドアノブを回したが、やはり鍵がかかっていてドアはビクともしない。そこで橘はポーチからサプレッサーをつけたフルオート拳銃を取り出した。弾でドアノブを破壊してドアを開ける作戦――銃の引き金を絞る。バシュッっとサプレッサーで抑えられた音が響き、簡単にドアが開いた。
深呼吸をして、いざ中へ入ろうとすると、あすかに「待って」と腕を掴まれた。
「なに?」
あすかは言った。「言い忘れてたけど、橘ちゃんのフルオート拳銃は、単発にも切り替え可能だから」
「何それ。銃選びに迷った私の時間返せ」橘は苦笑した。
「それじゃあ気を取り直して」
「うん。潜入開始」
二人は、建物の中へゆっくり足を踏み入れた。