美子さん
同室の他の患者、美子さんの様子です。
この頃になると、食堂で何度も他の患者と顔を合わせるので、それなりに話すようになっていた。
食事の後、1時間近く話すこともあった。
他の患者の様子もわかってくるし、情報交換もした。
お腹の傷が痛くなるほど、笑い転げることも多かった。
7階の病棟なので、水圧が低く、シャワーの勢いが弱い。
湯船にお湯をはって使ってはいけないことになっているし、冬なのでお風呂場はとても寒い。
こんなんじゃかえって風邪ひく。
手術前に1回入っただけの貴子は、不安だった。
手術後は体が思うように動かないし、寒さでくしゃみなどしたら激痛が走るだろう。
そう思っていて、食事のときに不安を口にすると、隣に座った患者さんが賢い使い方を教えてくれた。
湯船の方の蛇口はお湯が結構出るので、洗面器で汲んで併用すると良いらしい。
なるほど!
教えてもらわなかったら、きっと気づかなかった。
貴子の斜め向かいのベットの美子さんは、片方の卵巣嚢腫だそうだ。
不正期出血があって、怖くなって受診したら見つかったそうだ。
貴子と同じ日に入院し、貴子の次に手術をした。
悪性の可能性があるということで、全摘したらしい。
全摘だと、開腹手術になるようだ。
主治医は貴子とは違い、50代前半くらいの男性医師。
見た目は、ラーメン小池、だろうか。
婦人科医がイケメンだったら耐えられない、とみんな言っていて、貴子も同感だった。
異性を感じたら、抵抗がある。
美子さんは、痛みがひどいようで、昨日は追加で点滴してもらっていた。
夜中も、痛いとナースコールしていた。
貴子が2.5だった硬膜外の薬が最大の5で投与されていたため、昨日の夜できれてしまったそうだ。
それで、痛みを感じてしまったらしい。
昨日の午前中はそれなりに歩いていたので、硬膜外の薬は良く効くようだ。
今朝トイレに行った後、貧血で自力で戻れなくなってしまって、車椅子で看護師さんに連れてこられていた。
今朝の朝食はベットに運んでもらっていたが、「ムカムカする」と全然食べなかったようだ。
昼食は食堂に来ていたが、全然食べずにすぐ部屋に帰って行った。
痛みが全くなく、食欲旺盛で術後翌日朝から完食している貴子とは大違いだった。
個人差なのか、腹腔鏡と開腹の違いなのか。
手術直後に、患者家族に摘出したものを見せるらしい。
貴子の場合は、薄いピンクの膜のようなものが瓶のようなものに入っていたらしい。
美子さんの場合は、ゴミ袋のようなビニールに卵巣が入っていたらしい。
見せられた家族は、内心、やめてくれーと思っていたらしい、と爆笑していた。
後に、貴子も美子さんと直接話すようになった。
見た目は、ほっそりしたアジアンビューティーで、ハキハキして気が強そうだった。
化粧品販売員でもしているのかと思ったが、なんとJRの職員だった。
電車の運転もしているらしい。
かなり意外だった。
迷惑な乗客のエピソードや、JRの決まりなど、聞いたこともなかったので新鮮だった。
彼氏が見舞いに来なくて腹が立つ~と言っていた。
婦人科なので遠慮しているのだろうと貴子は思ったが、乙女心では違うらしい。
他の患者も、ひどいね~というような反応をしていた。
紺野さんの彼氏は来ないの?と言われたが、曖昧に流しておいた。
貴子の場合、医療は患者と医療機関が行うものでその他はサポートするだけ、と考えていた。
結局自分の体なので、自分で決めるしかない。
自分で決められず力を借りることはあったが、現時点で直人の見舞いは貴子にとっては不要だった。
そんな時間もないほど仕事に追われている今の直人は、貴子の理想的男性とも言える。
社会から必要とされず暇をもてあましている男は、貴子の恋人にはなりえない。
貴子も、卵巣嚢腫の手術・入院くらいは淡々とこなす、凛とした女性が理想だった。




