同僚も
同僚が以前チョコレート嚢腫だったことを知ります。
翌日、職場に行っていつも通り仕事をしていると、事務の女性が話しかけてきた。
「ところで、検査はどうだったんですか?」
大塚も興味ありそうな気配だった。
そうか。2人とも聞きたくて聞けなかったのね。
それは悪いことをしたなぁと思いつつ、手を止め2人の方向を向いた。
なるべく余計な気遣いはさせたくないと思っていた。
昨日はエコー検査だけだったこと、MRI検査は約1ヵ月後になったこと、等説明した。
「エコー検査の感じだと、子宮内膜症によるチョコレート嚢腫って言われたんですけど。MRI検査しないとちゃんとわからないみたいで」
「なかなかすぐ検査できないんですね」
事務の女性は残念そうに言った。
大塚もうなずく。
2人とも心配してくれたのね。
2人に感謝した。
長年社会人をやっていると、職場の人間関係で苦労した経験を持つ人間がほとんどだろう。
貴子も、何度か苦労した経験があった。
今の職場は居心地が良い。
同僚は自分で選ぶことができないので、運である。
今は運が良いと思っていた。
薬剤師の仕事はそれなりの注意力が必要で、貴子のような神経質なタイプは職場環境でケアレスミスの頻度が変わってしまう。
今は人間関係が良好なので、気持ちよく仕事ができた。
人間なので、ケアレスミスはたまにあったが。
ケアレスミスがあることを前提でシステムができているので、患者に迷惑をかけることはほとんどなかった。
事務が帰り、大塚と2人きりになると、ふいに大塚が口を開いた。
「実は私、昔、チョコだったんです」
「えー!!ホント?いつ?何センチだった?治療したの?」
びっくりである。
こんな近くに経験者がいた。
大塚は貴子より6歳年下で結婚2年目である。
今は不妊治療をしているようだったが、デリケートな問題なので貴子から聞き出すことはしないようにしていた。
今も事務が帰ってから切り出したところを考えると、あまり自分から貴子以外には言いたくない話題なんだろう。
「昔から生理がひどくて。就職してすぐMRIとったら、4センチって言われて。右でした」
大塚は大学を卒業後地元の病院に就職したが、結婚を機に引越し・転職してきた人間である。
そこの病院では、空き時間に自由に無料で診察を受けられるシステムだったという。
福利厚生の一環だったらしい。
うらやましい限りである。
「主治医の先生は私がすぐ結婚することを知ってたので、手術はせず、薬で様子見ることになって。で、こっち来ちゃったんです」
「え。じゃぁ今も4センチ?」
貴子の今の知識では4センチは経過観察の大きさだ。
「それが。今婦人科通院してて、診てもらったら、正常な大きさみたいで。小さくなったみたいです」
これは聞いたことがある話だった。
薬だけで正常サイズになる人もいるらしい。
「薬って…。何だっけ」
薬の名前がすぐ出てこないのは薬剤師として恥ずかしいことだったが、見栄は張らないようにしている。
患者の前では、信頼性を保つためあえて知ったかぶりをすることもあったが、わからないことはわからないと告げてあとで調べて電話連絡するようにしていた。
その方が”わざわざ調べてくれた”と感謝される。
「私はルナベルって薬でした。こっち来たとき、処方してくれる先生がなかなか見つからなくて困りました」
「そうなんだ。なんで?」
「なぜかわからないんですけど、点鼻じゃないと出せないとか言われて。今通ってる病院の先生が出してくれるって言ったので、そこの病院に通ってるんですけど」
「ふーん。点鼻は嫌だったの?」
点鼻とは鼻に噴霧するタイプの薬で、鼻の粘膜から薬を吸収させるものである。
即効性を出したいものや内服だと分解されてしまう薬は、点鼻になることがある。
「なんか、コンプライアンス悪そうだし…。同じ成分じゃなかったんで」
「そうなんだー。私、点鼻に抵抗感ないけどね」
コンプライアンスとは、医療用語として使う場合は患者が決まったとおりに服薬することを言う。
薬のタイプによって苦手なものがあることは多い。
大塚は点鼻に抵抗感があるようだ。
貴子は、カプセル剤や大きな錠剤が苦手だ。
カプセル剤は喉にくっついてしまう感じがするし、大きな錠剤は飲み込むのに勇気がいるというか…。
薬局で働いていて感じるのは、粉薬が苦手な患者が多いことだ。
貴子は同じ成分なら錠剤より粉薬を好むタイプだが、粉薬が苦手な患者は以外と多い。
苦手な薬のタイプを聞いて対応するのも、薬剤師の仕事の1つである。
薬によっては噛み砕いて良かったりカプセルを外して良かったりする。
もちろん、そうしてはダメな薬も多い。
そういうところは、薬剤師の腕の見せ所、というべきか。
そこまでは医師は知らないことが多い。
薬の飲み方や使い方では対応できず、患者がどうしても無理と言って薬を飲まない可能性がある場合は、処方医に相談して薬を変えてもらうこともある。
それも薬剤師の仕事の1つである。
しかし、こんなに身近に体験者がいたとは驚きであった。
最初にかかった医師からは、手術をしたがる医師には気をつけるよう言われたという。
そんなものなのね。
あまり卵巣嚢腫について勉強してなかった貴子は、そう思った。




