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カレーうどん

作者: 黒楓
掲載日:2026/09/28

久し振りの月曜真っ黒シリーズです(^-^;

「どうしてでしょうか? 価格では絶対の自信がございます。そこから鑑みて御社における費用対効果は間違い無い筈です!」


「木村さんのおっしゃる事は私も重々承知しております。しかし弊社では価格、性能、信頼性を総合的に検討し、この結論に至りました。御社が思い切った見積価格をご提示下さった事については深く御礼申し上げます」


「この価格でこれだけの性能であれは十分過ぎるのではないでしょうか?」


「御社がご提示された性能が『これから先の弊社』でも充分だと、木村さんは思われているのですか? だとしたらそれは余りにも残念な見識であり、口にすべきでは無いと思いますよ」


「それは……」


「木村さんの熱意に副う事が出来なかった事、私個人としては心苦しく思います。今、申し上げた失礼も含め、深くお詫び申し上げます」


 こんな……形だけの謝罪で商談は終了し、僕は半ば呆然としながら、受付嬢が三人も居るオフィスを後にした。


 真っ黒い雲が空を覆い始めている。

 僕はどんよりした気分でスマホを取り出した。

 破談になった以上、納期短縮の為に行っていた仮発注は1秒でも早く止めなければならない。

 僕はスマホの連絡先リストを表示させ、『会社』をタップした。



 ◇◇◇◇◇◇


『お前なんかセールス辞めてしまえ! この唐変木!!』


 破談理由の説明半ばで、課長から怒鳴られ、電話を切られた。


 そう言われても仕方ない。

 ウチは単に相見積を取られ、向こうの価格交渉のダシに使われただけなのだから。


 しかし僕は……『辞めてしまえ!』と言われたセールスにしがみ付くしかない。


 気を取り直した僕は3WAYのビジネスバッグを肩に掛け、重い足取りで駅へと向かった。


 本当なら今頃、あの会社へ訪問し出してから贔屓にしていたカレー屋でささやかな祝杯を挙げるつもりだった。

 その目論見を外してしまった僕は、焦りに追い立てられながら電車へ飛び乗る。

 電車に揺られながら“飛び込み先リスト”と地図アプリを行ったり来たりしていると頭の後ろのガラス窓へ雨が叩き付けられる音がし始めた。

 僕はまたため息をついて網棚からビジネスバッグを下ろし、折り畳み傘があるのを確認してから、傘の中でバッグを背負える様、ハーネスを引っ張り出した。


 ターミナル駅で降り、乗り換えホームへ行くと立ち食いそば屋があった。

 正直、食欲は無かったが途中で店を探す暇も無いし……

 券売機の前で逡巡していると後ろで人が立つ気配がして、僕は慌てて千円札を挿し込み、『カレー』の文字に惹かれて『カレーうどん』のボタンを押していた。

“飲む”カレーなら喉を通るだろうと。

 券売機から払い出された券を取り出したタイミングで、胸ポケットの中のスマホが短く着信を告げた。

 会社からかもしれない。

 店員から渡された半券を手に、僕は不安でザワザワしながらスマホを立ち上げた。


 メールは会社からでは無く玲菜からだった。


 玲菜とは趣味の投稿サイトで知り合い、よく気が合った。

 彼女は……恋人と上手く行かなくなった女性の心情を、痛い程切ない詩でしばしば表現していて、それを読んだ僕は思わず涙した事もあった。

 メッセでやり取りをする様になってから、その事を玲菜に“話した”ところ、彼女はそれらは空想ではなくすべて本当の感情から来ているもので……今もとても辛いと教えてくれた。

 だから僕は彼女に本当に寄り添いたいと思い『何かあった時は……そうでない時でもいつでも構わないからメールして欲しい』とメアドを教え、彼女とメールでのやり取りが始まった。

「おはよう」や「おやすみ」の挨拶、他愛のない僕の近況。

 そんなものを彼女の悩みや心の叫びに寄り添う合間に添えて行くうちに、僕らは互いに親密になって行ったと感じていた。

 そんな彼女からのメールだから……

 僕はカウンターから回収したカレーうどんへ箸を差し入れて、彼女からのメールを開けた。


『今、お仕事中ですよね。昨日はメールを返さなくてごめんなさい』


【なんも! そんな事、気にしてないよ! それより風邪とか引いた? 具合悪いの?】

 こんな風にメールの返信を頭に思い浮かべながら僕はうどんを口へ運ぶ。


『私、今ひとりで居ます。お仕事休んで』


【それは大変?! やっぱり具合悪いの?】


『昨日、職場の女の子数人の飲み会に呼ばれたんです』


【そっか! 二日酔いなんだね そうなると会社休む言い訳が大変だよね】


『でも、行ってみたら合コンみたくなっていて……』


 いきなりの事に僕はズルッ! とうどんを飲み込んだ。


『隣に座ってくれたカレとの恋人繋ぎがほどけなくて……カレに付いてホテルへ行きました』


【えっ?! どういう事?!!】


『ああ、今の私は! 元カレなんてどうでもいい!!』


『火の様な熱いくちづけから始まって、私は何度も満たされました』


『これが本当の恋だと思いました』


『このベッドで二人が醸した体温が消えてしまわない様に』


『お仕事へ出掛けたカレの分まで私が温めています。カレの移り香が残る枕を抱いて』


『だから、男性のあなたにお聞きしたいんです。カレは私の事、愛してくれたのでしょうか?』


『それとも遊びだったんでしょうか?』


『私はカレが愛してくれていると信じていますが』


 いったい僕は!!

 何を読まされ……

 何て返事を書けばいいのだろう?!

 怒りなのか何なのか分からない感情が

 《《カレー塗れの》》うどんを僕の口へ胃へと運ばせる。

 ズルズルズルと……


 僕は否が応でも知らされてしまった。

 触れる事はおろか

 声を聴いた事も逢った事も無い玲菜を愛しているのを……


 悔しさで割り箸を握り締めると、自分の白いワイシャツへ黄色いシミが幾つも飛んでいるのに気が付いた。


 そうなんだ……

 僕は

 一から十まで

 ダメな奴なんだ……


 そんな僕が、この曇天に向かって喚こうが

 吐き出したツバが降りかかるだけ


 ハハハ!

 何言ってんだ!

 もう、雨

 降ってんじゃん!


 ああ! 


 愚かしい!

 愚かしい!!

 愚かしい!!!


 僕は絶望の中で……

 店の中にまで届いて来る

 電車がホームへ滑り込むゴウ! と言う音を聞いている。

 でも、それにも限りがある。

 ここは立ち食いそば屋

 せいぜいどんぶりの中身を飲み干すくらいの時間しか

 僕に与えてはくれない。




                          <了>

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― 新着の感想 ―
 さすが四宮様、隙が無いほどかっちり纏まっていて読後の説得力が半端ないですね❗  見事な失恋ですね。  立ち直るのに時間が掛かりそうてす。  我が家の明日昼のメニューがカレーうどんです。笑  
 あらら、泣き面に蜂ですねえ(汗)
木村さん……(´;ω;`) 頑張っているのに報われない。 ドンマイですね……。 木村さんにいいことが起こりますように。 苦いカレーうどんになってしまいましたが、いつかおいしくカレーうどんが食べられるこ…
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