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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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悪女は、何も望まない

リリアは、お腹が空いていた。


空腹はもう、痛みとして感じなくなっていた。


ただ、身体の奥がひどく冷える。


力が抜けていく感覚だけが、残っている。


今日も、昼食は食べられなかった。



食堂に入ったとき、

「食べたい」

そう喉の奥まで言葉がせり上がった。


けれど――


周囲の視線が、それを押し戻した。


向けられるのは好奇でも心配でもない。


探るような、値踏みするような目。


「何か言えば、面倒なことになる」


そう教える視線だった。



リリアは口を閉じた。




夕刻、誰かが余った硬いパンを一つだけ差し出された。


無言で。


受け取れただけ、よかった。


そう思うことにした。




入隊して、しばらく経った頃。


世間では、デビュタントのパーティーが開かれた日があった。


貴族の娘たちが社交界に初めて姿を見せる、華やかな日。


その日、妹――エマが、何かを言ったらしい。


何を、誰に、どんなふうに。

リリアは知らない。



けれど、その日を境に、すべてが変わった。



影口が、露骨になった。

聞こえないふりをしても、耳に刺さる。



「やっぱり悪女だって」

「妹が可哀想だよな」

「よく騎士団にいられるよ」



そして、食事が――


用意されなくなった。



最初のうちは、声をあげた。


「……あの、私の分が……」


その結果が、どうなったか。


訓練回数は倍になり、

連絡事項は回ってこなくなり、

任務の詳細も直前まで知らされない。



「文句を言うからだ」

「態度が悪いからだ」


そう言われた。



――ああ、だめなんだ。



リリアは学んだ。



何かを求めてはいけない。

手に入るまで、静かに待たなければならない。

感情を閉じる。

期待しない。

それが、生き残るための方法だった。




ある日、任務が下った。


王女の護衛。


同僚のサフィナ・グランシアと共に、

王宮近くの湖まで同行するという内容だった。



他にも、団長、副団長、男性騎士が数名。


だが、王女の身辺警護は――リリアが任された。


「……私が?」


思わずそう口にすると、


「当然でしょ。女性同士のほうがいいわ」


サフィナが、にこやかに言った。



その笑顔に、違和感を覚えたが、口には出さなかった。




馬に乗り、馬車の横につく。

湖へ向かう道は穏やかで、空は澄んでいた。

何事もなく、終わるはずだった。



湖に到着。


王女は御付きのメイドと共に散策を始めた。



そのときだった。



――ドドドドッ!



何かに驚いた馬が、こちらへ向かって走ってきた。



「キャーッ!!」


悲鳴。



一瞬で状況を理解し、リリアは前に出た。


「王女様、危ない!」


庇おうと、数歩踏み出した、その瞬間。


――ドンッ。



強い衝撃。



サフィナが、わざとらしくリリアにぶつかってきた。


視界が回転し、地面に叩きつけられる。



「王女様! お怪我はありませんか!」


サフィナの声が響く。



周囲は一斉に王女へ駆け寄った。


「……あなた、何をしているの!」


御付きのメイドが、倒れたままのリリアを睨みつけた。



「王女様になんてことを。

 あなたが押さなければ、怪我などされなかったでしょう!」


「違います……!」


リリアは必死に首を振った。


「馬が走ってきたので、庇おうと――」


だが、その声は届かなかった。



「悪女がよく言うわ」

「ありえないだろ、あの距離で」

「王女様を助けたのはサフィナだ」



王女の手の甲に、小さな擦り傷ができていた。



団長と副団長が近づく。


「お怪我はありませんか、王女殿下」


王女を気遣い、

メイドの説明を聞くと、二人はリリアを見た。


少しだけ、怒ったような目で。


「……こちらの不手際です。

 申し訳ありません。すぐ治癒師を」


そう言って、王女を馬車へと案内した。



サフィナは、すれ違いざまにリリアを見下ろし、

小さく、確かに――嘲笑った。



男性騎士たちも、ひそひそと話しながら持ち場へ戻る。

リリアは、静かに立ち上がろうとした。



「……っ……」


左足首に、鋭い痛みが走った。


倒れた拍子に、落ちていた石に強く打ちつけていた。



痛い。

熱い。

少し、泣きそうになった。



でも。


――大丈夫。

誰も、手を差し伸べてはくれない。

それが、当たり前。



「大丈夫……いつものこと……」



そう、自分に言い聞かせた。


足を庇いながら馬車へ向かい、王女に謝罪する。


「……申し訳ありませんでした」



王女は困ったように微笑み、

「もういいわ」

そう言ってくれた。



だが、メイドは違った。


「本当に……信じられません。

 王女様にあんなことをしておいて」



馬が突然走り出した事実は、なかったことにされた。



戻ってすぐ、団長執務室へ。



「始末書を書いてもらう」


リリアは静かに頭を下げた。


「申し訳ありません」


これ以上何を言っても、否定されるだけ。


最悪、体罰にまで発展する。


心を閉じるしかなかった。




リリアが去った後、執務室には沈黙が落ちた。



オスカーが、静かに口を開く。


「団長……ローゼン卿、足を怪我していましたね」


「ああ」


「気づいていたなら、声をかけても……」


「問題を取り上げれば、彼女がより苦しむことになる」


「……そうですけど」


それ以上、言葉は続かなかった。





部屋に戻り、机に向かう。


始末書を書く。

だが、今日は言葉が浮かばない。



とりあえず、

経緯と、謝罪文だけを書き終えた。



椅子をずらし、足首を見る。


紫色に腫れ上がっていた。


……痛い。


歩けてるから折れてはいない。

でも、ひびが入っていそうだった。




治癒師の元を訪れる。


――だめでも、いい。



ドアをノックし、開ける。



「……それ、自業自得ですよね?」


治癒師は、呆れたように言った。


「聞きましたよ。王女様にあんなことをして、失敗して怪我したんでしょう」


「……」


「そんな傷、治しません。まず反省したらどうですか」



リリアは、唇を噛み締めた。


一礼して、部屋を出る。




自室に戻り、

痛み止めの薬を飲む。

ベッドに横になる。




昼食は、あの後も食べられなかった。


湖で支給された食事を取ろうとした時、

御付きのメイドが言った。


「王女様にあんなことをして、よく平気な顔で食べられますね。その神経どうかと思いますわ」


手が止まり、

それを見た男性騎士が、無言で皿を取り上げた。



……ああ。


リリアは、黙って耐えた。


「……お腹、空いたな……」


小さく、呟く。


「でも……足、痛い……」


「……食べたいな……」



そのまま、眠りに落ちた。





夜中、目が覚めた。


寒気がする。

足が、焼けるように熱い。


……熱、出てきたな。


重たい身体を引きずり、洗面台へ。

タオルを二枚、水に濡らして絞る。


一枚を足首に巻き、

もう一枚を額に乗せる。



ベッドに戻ると、意識が、ゆっくり遠のいていった。



――明日も、生きなければ。



そう思いながら。

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