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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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観察者の目

王立騎士団団長、ラルフ・フォン・アルトシュタインは、

部下を「噂」で評価しない。


それは信条というより、習慣に近かった。


噂は感情を孕み、感情は判断を鈍らせる。


団長という立場にある以上、それを基準にすることは許されない。


だから彼は、ただ見る。


事実だけを。



「次の訓練は三班編成。前衛、中央、後衛――」


簡潔な指示が飛ぶ。


整列する騎士たちの中で、ひときわ静かな立ち姿があった。


リリア・ローゼン。

男爵家出身、女性騎士。

そして、団内で“悪女”と呼ばれている存在。



彼女は指示を聞き逃さない。


復唱もしない。


ただ一度、短く頷くだけだ。


「……配置に異論は?」


誰も手を挙げない。


だが、空気がわずかに歪むのを、ラルフは感じ取った。


彼女が中央指揮に立つことへの、無言の反発。


それは毎度のことだった。



模擬戦が始まる。


ラルフは剣を抜かず、後方から全体を見る。


団長の役目は、戦うことではない。


戦わせることだ。


リリアの指示は的確だった。


敵役の動きを先読みし、無駄な衝突を避ける。


負傷者を出さない配置。


「冷静だな……」


副団長のオスカーが、小さく呟く。


ラルフは何も言わない。


だが、その「冷静さ」が恐怖と受け取られていることは理解していた。


戦闘中、前線の一人が体勢を崩す。


即座に判断が下る。


「――右、下がれ。私が出る」


短い指示。



リリア自身が前に出た。


迷いはない。

躊躇もない。

結果、負傷者は出なかった。


それだけだ。



称賛も、安堵も、周囲からは出てこない。


あるのは、気まずい沈黙だけだった。



「……助けたな」


オスカーが言う。


「そう見えるか?」


ラルフは、視線を外さずに返す。


「見えるも何も。事実だろ」


「事実は、配置が適切だった。それ以上でも以下でもない」


ラルフは、そう区切った。



“助けた”という言葉は、感情を含む評価だ。



彼女自身は、そんな評価を求めていない。



――少なくとも、行動からはそう読み取れる。




昼刻。


食堂の喧騒の中で、ラルフは一つの異変に気づいた。


リリアの席に、食事がない。


本人は何も言わず、水を飲んでいるだけだった。


抗議もしない。


視線も動かさない。


「……あれは、いつからだ?」


オスカーが気づき、眉をひそめる。



「さあな。本人が言わないから、問題にならない」


ラルフはそう答えたが、

内心では、その理屈が歪んでいることを理解していた。



問題がないのではない。


問題にされていないだけだ。





夕刻、訓練終了後。


ラルフは執務室の窓から、訓練場を見下ろしていた。


大半の騎士が引き上げた後も、一人だけ残っている影がある。


リリアだ。


武具の片付け。

破損の確認。

血痕の清掃。

誰に命じられたわけでもない仕事を、黙々とこなしている。


「……使われているな」


オスカーが、ぽつりと言った。



ラルフは否定しなかった。


ただ、観察する。


彼女は疲れている。

怪我もしている。

それでも動きは鈍らない。

折れないのではない。

折れることを、選択肢に入れていないだけだ。



“悪女”。



そう呼ばれる理由を、ラルフはまだ見ていない。



冷たいからか。

無口だからか。

感情を見せないからか。



――それだけで、人は悪になるのか。


ラルフは、初めて思考を止めた。


そして、決める。


次の任務。


配置。


評価。



ほんの少しだけ、彼女を「注視する」と。


守るためではない。


庇うためでもない。



ただ、真実を見誤らないために。

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