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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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仮面の下で

王宮の裏手に、月に一度だけ入る商人がいる。


それは以前から記録に残っていた。


「香料」「織物」「王妃の嗜好品」。


だが今回、帳簿にない箱が一つあった。


他の荷より小さく、しかし厳重に封がされている。


クラウスは無言でその箱に手を伸ばした。


持ち上げた瞬間、わずかな薬品の匂いが鼻をかすめる。


(……これは)



次の瞬間。



「それは王妃様のものです」


侍女長が、音もなく背後に立っていた。


穏やかな笑み。


だが、目は笑っていない。


「私が管理いたします」


箱は静かに奪われた。


クラウスは一瞬だけ視線を落とし、そして微笑を返す。


「失礼しました」


だがその目は、完全に覚えていた。


(侍女長……あなたか)


静かに、標的を定める。






その頃。


王妃の私室は、異様な空気に包まれていた。


「気に入らないわ!」


突然、ティーカップが壁に叩きつけられる。


割れる音。


次の瞬間には、王妃は涙を流していた。


「どうして誰も分かってくれないの……」



情緒が、明らかに不自然だった。


その直後、侍女が差し出す小瓶。


王妃は震える指で中身を飲み干す。


数分後。



目の焦点がゆっくりと変わる。


異様な艶を帯び始めた。


「あなた、騎士団の人よね」


王妃の視線が、オスカーに向いた。


「オスカー・クロイツと申します」


冷たい声。


感情を切り離した副団長の顔。


「いい男ね」


王妃はふらりと近づき、胸元に指を這わせる。


周囲の空気が凍る。


リリアは無表情で控えていた。



「そうだわ。楽しい遊びをしましょう」


王妃の唇が歪む。


「その子、跪かせなさい」


命令。


リリアは何の迷いもなく膝をついた。


従順なメイドの姿。


オスカーの指が、一瞬だけ震える。


その微細な揺れを、リリアは見逃さなかった。


「どうぞ」


小さな声。


それは、許可ではない。


――覚悟だった。



王妃は鞭をオスカーに握らせる。


「しつけて頂戴。私はあなたのそういう顔が好きなの」



異常。

狂気。



だがここで拒めば、疑われる。


オスカーは一歩前に出た。


目が完全に変わる。

冷酷な副団長の顔。


(演じろ)


副団長の仮面を、さらに深く被る。


「命令だ。動くな」


低く、他人に聞かせるための声。


鞭が振り下ろされる。


乾いた音。


リリアの身体が小さく揺れる。


だが、悲鳴は上げない。


(最小限で抑える)


オスカーは角度を計算する。


骨に響かない場所。


致命傷にならない場所。


だが――


血は滲む。


周囲の侍女が息を飲む。


王妃はうっとりと笑う。


「もっとよ。もっと」


命令が飛ぶ。


オスカーが近づく。


今度は鞭ではなく、手。


「耐えるだけですか?」


冷たい囁き。


周囲に見せるための言葉責め。


「声も出せないとは、躾が足りませんね」


リリアの呼吸が乱れる。


痛みと――


わざと混ぜられる別の刺激。


オスカーは理解していた。


痛みだけでは壊れる。


だから、境界線のぎりぎりで混ぜる。


「……っ」


リリアの喉から、抑えた音が漏れる。


「あなたは今、王妃様の玩具です」


言葉で追い詰める。


鞭ではなく、手で。


強く。


支配する動き。


リリアの呼吸が乱れる。


それを見て、王妃が歓声をあげる。


「いいわ……その顔」


オスカーは、わざと冷たい笑みを浮かべる。


「ほら。声を出せ」


命令口調。


支配を見せつけるための演技。


王妃が恍惚と息を吐く。


「そう、それよ」


異様な空気。


オスカーは演じ続ける。


冷酷に。


だが触れる手だけは、ほんのわずかに守っている。


時間を稼ぐ。


王妃の満足が頂点に達するまで。




やがて。


「もういいわ」


王妃は満足そうに椅子へ戻った。


「またお願いするわ」


オスカーは一礼する。


「光栄です」


倒れ込むリリア。


オスカーは抱き上げない。


あくまで冷酷に。


肩に担ぎ、退出する。




廊下へ出た瞬間。


足取りが速くなる。


ルークの部屋へ。


扉を開けた瞬間、ルークの表情が変わった。


「……これは」


言葉は短い。


治癒魔法が即座に展開される。


傷が閉じる。


滲んでいた血が消える。


リリアの呼吸が整う。


オスカーは黙って立っていた。


顔色が、青い。


だが震えてはいない。


任務だ。


理解している。


割り切っている。


だが。


(自分の手で)


それだけが、胸に強く残る。


ルークが振り向く。


「今日はこちらで預かります。数回、魔力を通します」


「頼む」


短い返答。


オスカーが去ろうとしたとき。


「副団長」


ルークが静かに言う。


「あなたのせいではありません」


一瞬だけ。


オスカーの目が揺れた。


だが、すぐに元に戻る。


「……ああ」


それは本音か、演技か。


誰にも分からない。


廊下に出たとき。


オスカーは一度だけ、深く息を吐いた。


(次は、もっと上手くやる)


守るために。


壊さないために。


冷酷であり続けるために。

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