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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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仮面の奥で

王妃の居室は、香の匂いが濃すぎるほど漂っていた。


甘い。


だが、どこか焦げたような苦みも混ざる。



リリアは無表情のまま、静かに立っていた。


目の前では、王妃が鏡台の前でぼんやりと自分の顔を見つめている。



さきほどまで、笑っていた。



――次の瞬間。


ガシャン。


花瓶が床に叩きつけられた。



「うるさいのよ!!」


何も言っていないメイドに向かって、突然怒鳴る。



隣にいた侍女が肩を震わせた。


王妃は立ち上がり、手当たり次第に物を投げる。



「みんな私を見ている!笑っている!分かっているのよ!!」


声は甲高く、どこか焦点が合っていない。



次の瞬間。


ぱちん。


乾いた音が響いた。



リリアの頬が横に揺れる。



部屋の空気が一瞬凍る。


だがリリアは、ゆっくりと姿勢を正した。


「申し訳ございません、王妃様」


声は一定。


感情の揺れは一切ない。


まるで、風に当たっただけのように。



王妃は荒い呼吸を繰り返し、しばらく震えていたが――



急に泣き出した。



「……どうして、どうして私だけ……」


崩れ落ちるように椅子へ座り込む。


そして。


決まってそのあと。


側近の侍女が、小瓶を差し出す。


王妃は迷いなくそれを飲み干す。


しばらくすると。


目の焦点が、すうっと戻る。


呼吸が整い、声も落ち着く。


まるで、何もなかったかのように。



「……お茶を」


さきほどまで暴れていた人間とは思えないほど穏やかな声。


リリアは湯を注ぎながら、冷静に観察していた。



(発作のあと、必ず薬)



しかも、量が増えている。


そして。


飲んだ直後の“静まり方”が、不自然だ。


感情を抑えるというより――


“削ぎ落としている”ように見える。



それは、精神安定剤の範囲を越えている。


リリアの瞳が、ほんのわずかに細くなった。


だが、表情は変わらない。


冷静な、無感情のメイド。


それが今の役目だ。




夜更け。


王妃がようやく寝静まった。


リリアは割れた花瓶の破片を袋へ入れ、廊下へ出る。


歩幅は一定。


姿勢も崩れない。


頬はまだ少し熱を帯びているが、気にするほどではない。


(このくらい、なんてことない)


本心だった。


この程度で動揺するほど、脆くはない。



角を曲がった瞬間。


「……また叩かれたのか」


低い声。


クラウスだった。


リリアは足を止める。


「このくらい問題ありません」


即答。


表情は、変えない。


クラウスは小さく息を吐いた。


一瞬、周囲を確認する。


誰もいない。


そして。


リリアの手首を掴んだ。


「来い」


控え室へと連れていく。


リリアは目をわずかに見開いた。


(お兄様が、こんなことを)


扉が閉まる。


二人きり。


クラウスは棚から氷を取り出し、布に包んだ。


無言で、リリアの頬へ当てる。


ひやりとした感触が広がる。


「冷やさないと腫れる」


声は低い。


だが、指先は優しい。


リリアは視線を伏せたまま言う。


「ありがとうございます」


いつもの距離感。


感情を出さない。



クラウスは、その顔を見つめた。


無表情。


痛みも、怒りも、恨みも見せない妹。


(本当は――)




小さな頃。


あの日。


血が滲むほど叩かれていた小さな背中。


止めてくれと両親に言った。


結果は、逆だった。


「お前が味方するからつけあがるのだ」


その日から、リリアへの体罰は増えた。


理解した。


前に出ることは、助けることにならない。


ならば。


“冷酷な兄”を演じる。


表では切り捨てる。


裏で支える。


それしかなかった。




クラウスは、気づけばリリアの頭を撫でていた。


無意識だった。


柔らかい髪。


子どもの頃から変わらない。




「お兄様……」


その呼び方に、はっとする。


手を引っ込める。


距離を戻す。


「無理するなよ」


短く言って、背を向けた。


これ以上は危険だ。


感情を見せすぎる。


リリアは、扉が閉まるまで見つめていた。


(お兄様は……)


家で唯一、見捨てなかった人。


体罰のあと、薬を置いてくれた。


食事を抜かれた夜、こっそりパンと水を持ってきてくれた。


嫌味を言われる場では、冷たい言葉を吐きながら、

自然に場を解散させた。


あのパーティーの日も。


言葉は冷たかった。


だが、ドレスは誰よりも美しかった。



守り方が、不器用なだけ。


リリアは、氷を頬に当てながら静かに息を吐いた。


(私は、大丈夫)


少しだけ、強く立ち上がれる気がした。



王妃の異常。


薬。


この王宮の中に、確実に“何か”がある。



冷静な瞳が、静かに鋭さを帯びる。



メイドの仮面の奥で。



騎士としての覚悟が、静かに目を覚ましていた。

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