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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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選ばれた者たち

乾いた地面を踏みしめる音が、一定のリズムで響いていた。


王立騎士団の訓練場。


朝から走り込みが続いている。


持久力向上のための周回訓練だ。


リリアは歯を食いしばりながら、

最後の直線を駆け抜けた。


胸が熱い。肺が痛い。脚が重い。


怪我をしてから、落ちた体力は思った以上だった。


だからこそ――


他より一周多い。


自分で決めた。


「……っ」


呼吸が荒れる。


それでも足を止めない。


(弱くなったままで、終われない)


走り終え、ようやく歩みに変えた瞬間、


「ほら、水」


ジークが無造作に水筒を差し出した。


その隣でノルが、やや心配そうに眉を寄せる。


「リリアさん、今日ちょっと顔色悪くないですか? 

 無理しすぎですよ」


「問題ない」


即答。


だが声が少しかすれている。



ジークが肩をすくめた。


「問題ない顔してないぞ」


「そうですよ! 俺、あと一周代わりに――」


「ダメです」


きっぱりと遮る。


ノルがしょんぼりした顔になる。


それを見て、リリアは小さく息を吐いた。


「……自分で決めたことだから」



弱さを取り戻すためじゃない。


強さを取り戻すため。


その違いを、今ははっきり分かっている。



ジークはそれ以上何も言わなかった。


ただ、軽く顎をしゃくる。


「倒れるなよ」


その言い方はぶっきらぼうだが、目はちゃんと見ている。


リリアはわずかに頷いた。


(……変わった)


自分も。


周りも。




今朝から副官が指揮を取っている。


団長ラルフと副団長オスカーは、朝から姿が見えない。


何かがあったのだと、全員が察していた。




午後の王宮。


重い空気が一室を満たしていた。


「昨夜、王の寝室付近に侵入者」


ラルフの声は低く、感情を削ぎ落としている。


「殺害未遂。失敗したが、捕縛には至らず」


部屋に集められた者たちは、無言でその言葉を受け止めた。


刺客は内部に紛れ込んでいる。


以前から潜入していた可能性が高い。


足取りは掴めない。


つまり――


敵は、王宮の中にいる。



「秘密裏に内密部隊を組む」


冷たい瞳が、一人ひとりを射抜く。



魔術師。治癒師。文官。騎士。


そして――



「ローゼン卿」


リリアの名が呼ばれた。


室内の空気がわずかに変わる。


ラルフの視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。


「できそうか」


声は冷たい。


完全な上官の声音。


リリアは迷わず一歩前に出た。


「はい。お任せください」


その答えは、騎士のものだった。


一瞬の間。


ほんの、わずかな。


ラルフの沈黙。


「……分かった」


短く返す。


だが、その間の意味を、

オスカーとクラウスは理解していた。


(本当は外したい)


(だが、外せない)



ラルフは騎士団団長だ。


感情で人選はしない。


最適な者を選ぶ。


その最適に、リリアが入っているということ。


それは誇りであり、同時に――


危険でもある。



オスカーの視線が、静かにラルフへ向く。


ラルフは一切、視線を返さない。


牽制。


言葉にしない男同士の会話。


クラウスは無表情のまま、ただ妹を見た。


ほんの一瞬だけ。


そしてすぐ、文官の顔に戻る。



魔術師が呪文を唱えた。


淡い光が三人を包む。


リリアの黒色の髪は、落ち着いた淡い黄色へ。

ノルは黒髪に。

クラウスもまた、柔らかな茶へと変わる。


「違和感は?」


「ありません」


三人は即答する。


リリアは王妃付きの専属メイド。

それが今回の役目。



ノルは雑務執事。


クラウスは王の専属執事。


オスカーは表向きは護衛。


裏では、狩る側。



解散しかけた時


オスカーが静かに声を落とした。


「ローゼン卿」


副団長の声。


リリアが振り返る。


その目は、冷静で。


だが奥が、わずかに揺れている。


「単独行動はするな。何かあればすぐ報告。

 判断は私か団長がする」


「はい」



「自分で抱えるな」


一瞬だけ、言葉が柔らぐ。


リリアはわずかに目を細めた。


「副団長こそ、無理をなさらぬよう」


オスカーの口角が、ほんのわずかに上がる。


「言うようになったな」



そのやり取りを、クラウスが横目で見ていた。


「リリア」


兄の声。


低く、抑えられている。


「無茶はするな」


「承知しております」


形式的な返答。


だが、兄妹にしか分からない空気が流れる。


(守りきれなかったら)


クラウスはその先を考えない。


守る。

今回は、正面から。


その覚悟だけを静かに胸に置いた。



ラルフが最後に口を開く。


「今回の任は極秘だ。失敗は許されない」


視線が、リリアに一瞬止まる。


「――必ず、生きて戻れ」


命令。


だがその言葉だけは、わずかに違った。


リリアは、まっすぐ見返す。


「はい」


騎士の目。


揺れない。


守られる側ではない。


戦う側の目だった。



会議室を出た後。


廊下の奥で、オスカーとクラウスが足を止める。


「妹を危険に晒すことになるな」


オスカーが淡々と言う。


クラウスは視線を前に向けたまま答える。


「貴方も、同じでしょう」



沈黙。



「……守る」


オスカーが低く言う。


「当然です」


クラウスの声は冷たい。


だが、その奥は熱い。


男同士の視線が交わる。



牽制。


協力。


そして、互いに譲らぬ想い。



その頃、廊下の曲がり角の先。


誰かが、静かにその会話を聞いていた。


影が、ゆっくりと動き出す。


王宮の中に、もう一つの気配があった。


静かに。


確実に。


――狩りは、始まった。

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