王立騎士団の悪女
王立騎士団の朝は早い。
訓練場に集まる騎士たちは、それぞれが制服を整え、剣を手に取り、軽口を叩きながら一日の始まりを迎える。
だが、その輪から自然と距離を取られる人物が一人いた。
リリア・ローゼン。
男爵家出身、数少ない女性騎士。
そして――騎士団内で「悪女」と囁かれる存在。
「……またあいつか」
誰かが小さく呟く。
それだけで十分だった。
彼女は返事をしない。
視線を合わせることもない。
淡々と、いつも同じ場所に立ち、命令を待つ。
その姿は、冷たいと評されるには十分だった。
「女のくせに、態度だけは一人前だよな」
「妹をいじめてたって話、聞いたことあるか?」
「あるある。泣かせて、何もなかった顔で立ってたらしいぜ」
噂は、事実の形をして語られる。
誰も確かめようとはしない。
リリアは、それらを聞いていないようだった。
いや、実際に聞いていないのかもしれない。
彼女は常に、命令と戦況だけを見ている。
「……リリア・ローゼン」
点呼で名前を呼ばれると、短く返事をした。
それ以上でも、それ以下でもない。
感情の欠片も感じさせない声。
それがまた、周囲の反感を買った。
模擬戦の最中、事態は急変した。
前線に出た騎士の一人が、足を取られて体勢を崩す。
本来なら、即座に援護が入る場面だった。
だが、誰も動かなかった。
「……助けないのか?」
「ローゼンが指揮してるだろ」
「冷たい女だ。切り捨てるつもりなんじゃないか?」
次の瞬間、リリアが動いた。
無駄のない一歩。
迷いのない剣筋。
倒れた騎士の前に立ち、敵役を正確に制圧する。
それだけだった。
「……終わりだ」
低く告げて、彼女は剣を下ろした。
助けられた騎士は、呆然としたまま立ち尽くす。
礼の言葉は出てこなかった。
周囲は、どこか気まずそうに視線を逸らした。
「今の……」
「たまたまだろ」
「冷静すぎて、逆に怖い」
誰も「助けた」とは言わなかった。
昼食時。
食堂は騒がしく、笑い声が飛び交っている。
だが、リリアの席だけは空白だった。
配膳台を通り過ぎても、皿は置かれない。
彼女は何も言わず、水を一口飲むだけだった。
「……慣れてるな」
「文句言わないのが逆に感じ悪い」
その言葉を、誰も咎めない。
怪我人が出た際も同じだった。
治癒を待つ列の最後に、リリアは静かに並ぶ。
彼女の順番が回ってくる前に、治癒師は疲れた顔で言った。
「今日はここまでです」
誰も抗議しない。
当然のように、リリアだけが治癒されない。
彼女は黙って、その場を離れた。
「なあ……本当に悪女なのか?」
誰かが、ふと口にした。
「さあな。でも、ああいうのが一番信用できねえ」
「感情がないっていうか……人間味がない」
その評価は、騎士団内でほぼ一致していた。
冷たい。
刺々しい。
何を考えているか分からない。
だから、悪い。
そういうことになっていた。
夕方、訓練が終わる。
リリアは最後まで残り、散らかった武具を片付けていた。
誰に頼まれたわけでもない。
だが、いつの間にか、それは彼女の役目になっていた。
背中に、視線を感じる。
だが、彼女は振り返らない。
誰かが声をかけることもない。
王立騎士団の中で、
リリア・ローゼンは「悪女」として、
今日もそこに在った。
――それが、当たり前であるかのように。




