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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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19/26

祝宴は暗い影を落とす

王都に戻って、三日が経った。


騎士団の帰還を受け、三日間のお休みと王宮主催の関係者帰還パーティーが開かれることになった。


知らせが届いたのは昨日のことだった。


男所帯の騎士団にとって、それは待ちに待った夜だ。



遠征を終えた解放感。


久しぶりの社交。


久しぶりのまとまった休日。


家族や恋人が訪れる、数少ない「華やかな日」。


朝から宿舎はどこか浮き立っていた。


「久しぶりに母に会えるんだ」

「実家でゆっくりしてくるよ」

「恋人が来るって手紙が来てさ」

「今日こそ、いい縁があるかもな」


そんな声が、自然と耳に入る。



リリアは、その輪の外で、いつもと変わらず雑務をこなしていた。


備品の確認、帳簿の整理、倉庫の片付け。


手を止めると、考えてしまうから。


(……パーティー)


参加は義務だ。



王立騎士団に属している以上、欠席は許されない。



そして―― 家族も、形の上では来る。


今回は、何をされるだろうか。


そのことを考えただけで、胃の奥が重くなる。


昨夜からほとんど眠れていない。


食事もまったく喉を通らなかった。


それでも、誰にも気づかれないように、表情は崩さない。



そんな彼女のもとへ、明るい声が飛んできた。


「リリアさん! 今日のパーティー、ドレスどんなの着るんですか?」


ノルだった。


無邪気で、距離感の近い後輩。


リリアは一瞬、言葉に詰まった。


(……ドレス)


そんなものを、自分が着る姿を想像したことすらない。


「……ドレスは……」


口を開いた瞬間、ふと脳裏をよぎった。


ノルは伯爵家の次男。

ジークもまた、れっきとした貴族家の出だ。


彼らは、当たり前に社交の場に立つ人間だ。


ドレスも、正装も、日常の延長線。


それなのに――


「……持っていないので、隊服で参加します」


言い切った瞬間、胸の奥がひくりと痛んだ。


急に、恥ずかしさが込み上げてくる。



「え……?」


ノルが目を見開く。


「隊服、ですか……?」


その隣で、ジークが言葉を失ったように視線を逸らした。


気づいてしまった。

“普通”を前提にした質問だったこと。


そして、リリアがその“普通”から外れていること。



「……あ、すみません」


ノルは言わなくてもいい謝罪が、口をついて出る。


「雑務、思い出したので……」


リリアは逃げるように、その場を離れる。



背後で、ノルが小さく声を落とした。


「……俺、そんなつもりじゃ……」


「王都じゃ、まだ“そういう立場”なんだ」


ジークは短く答えた。


二人とも、それ以上何も言えなかった。



リリアは、倉庫の奥で一人、深く息を吐いた。





夕方。


宿舎に、一台の馬車が止まった。

箱を抱え、メイドを一人連れた男が降りる。

クラウス・ローゼン。



リリアは自室にいた。


ノックの音に、心臓が強く跳ねる。


「…お兄様」


扉を開けると、彼は感情の読めない目で彼女を見た。


「今日は、これを着ろ」


差し出される箱。


「え……でも……」


言いかけた言葉は、冷たく遮られる。


「ローゼン家の恥だけは晒すな」


その一言で、全てが終わった。



箱を開けると、

紺と白を基調に、金糸の刺繍が施されたドレスが収められていた。


肩を大胆に見せる、社交向けのデザイン。


(……逃げ場が、ない)


何も言わず、メイドに身を任せる。

鏡に映った姿は、現実感がなかった。



華奢な体。

だが、肩から胸元にかけては、否応なく視線を引く曲線。


――理解されている。

どこが目立ち、どこが弱いか。



クラウスは、部屋に入ると、

無言でネックレスを取り出し、彼女の細い首にかけた。


指先が、ほんの一瞬だけ触れた。


「……行くぞ」


「はい」


それ以上の会話はない。


腕を取られ、会場へ向かう。

胃が、強く締めつけられた。



会場は、まばゆかった。


光。

音楽。

笑顔。



そこへ足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。



「……見ろ」

「あれが、噂の」

「悪女だろ?」

「また妹を泣かせる気か」



視線が刺さる。


リリアは、何も聞こえないふりをした。



家族と対面する。


クラウスは丁寧に挨拶をする。


両親は彼には笑いかけるが、リリアには視線すら向けない。



――いなくていい存在。



知っている世界だ。


去り際。


妹エマが、すっと近づき、耳元で囁いた。



「……死ねばよかったのに」



薄く笑うその横顔。


両親の視線は、冷たい。



胸が、強く脈打った。


(……知ってる)



小さい頃から、言われ続けてきた言葉。



クラウスはそれを察し、何も言わず、

騎士団の集まりへ彼女を導く。



「リリアさん……」


ノルが、はっとしたように声を上げる。


「……すごく、綺麗です」


「ドレス、似合ってます」


ジークも、気まずそうに目を逸らしながら言った。


「……悪くないな」



「ありがとう」


声は、空っぽだった。



クラウスは一瞬だけ安堵し、


「リリアを、よろしく」


そう言って離れた。



(……あいつらがいれば、大丈夫だ)


そう、思いたかった。




壁際で立っていると、

少し先に団長ラルフと副団長オスカーが見えた。



並び立つ姿。


ラルフは王族らしい威厳。


オスカーは、侯爵位に相応しい大人の色気。


爵位も、立場も、空気も全て別物に感じた。



(……本当は、横に並ぶことすら難しい人たち)



遠征での優しさが、急に夢のように感じられた。


――私が、想われているわけがない。


そう思った瞬間、胃が限界を迎えた。



手洗いへ向かう。

吐こうとしても、何も出ない。



戻る途中、誰かとぶつかった。



グラスが割れた。



目の前に、エマがいた。


「ひどいわ……お姉様……私はお姉様を心配して……」


泣き崩れる演技。


周囲の視線が、一斉に集まる。


「全部見てたぞ!」

「エマに何てことを!」


誰かに押され、尻もちをつく。


(……ああ)


完全に、自分が悪者だ。


弁解する気力もなかった。


「……ごめんなさい」


小さく、それだけ言って、逃げる。




王宮の庭園へ。


暗がりのベンチに座り、息を整える。


遠くでは、まだ音楽が鳴っていた。


リリアは手のひらにぬるっとした感触に気づいた。


手の平が、痛い。


割れたグラスで切っていた。


胃も、胸も、手も、痛い。


(……情けない)


ドレスも汚した。


お兄様に、申し訳ない。


少しは楽しんでも許されるのではと、

期待した自分が、一番情けなかった。


そう思いながら、リリアは俯いた。



――ここに来たこと自体が、間違いだったのだと。

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