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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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11/16

囲われてる位置

野営地には、いつも通りの空気が流れている。


朝食の準備をする者、装備を整える者、交代の報告をする者。


リリアは、その中にいた。


身体は、まだ少し重い。


けれど、剣を握る手は震えていない。


(……大丈夫)


昨夜、団長が見張りを代わってくれたことを思い出す。


理由は聞かれなかった。

説明も求められなかった。

ただ「休め」と言われた。


それが、胸の奥に、静かに残っている。


(……慣れちゃ、いけない)


期待してはいけない。


甘えてはいけない。


それなのに。


「ローゼン卿」


声をかけられ、振り返る。


「今日の配置だが」


団長だった。


「副団長の補佐に回ってもらう」


周囲が、わずかにざわつく。


副団長の直下。

信頼がなければ、任されない位置。


「了解しました」


短く答えながら、胸の奥が、きゅっと縮んだ。


(……近い)


距離が、物理的にも、精神的にも。



一方。


サフィナは、その様子を遠目に見ていた。



(……決まりね)


配置。

団長の判断。

副団長の視線。


どれも、偶然じゃない。


(守られてる)


それが、はっきり分かった。


サフィナは、にこやかな表情のまま、

隣の団員に声をかける。


「ねえ、この間の見張りの件だけど」


さりげなく。

噂話の延長のように。


「ローゼン卿、体調が悪かったらしいわね?」


「え、そうなのか?」


「副団長が運んだって聞いたけど……」


言葉を、そこで止める。

それ以上は言わない。



(……あとは、勝手に膨らむ)


疑問だけを残す。

断定はしない。

それが、一番効く。





任務中。


副団長の指示は、冷静だった。


「ローゼン卿、前に出るな」


短く、硬い声。


「……はい」


即答する。


オスカーは、必要以上に近づかない。


視線も合わせない。


完全に、仕事の距離。


(……避けられてる)


なるべく近づかないようにしよう。


それでも、任務は完璧にこなす。


剣を振るう。

判断する。

仲間を守る。


それだけに、集中する。




夕方。


装備の片付けをしていると、

リリアの手が、わずかに震えた。


(……大丈夫)


そう言い聞かせる。


だが、先夜の恐怖が、ふと蘇る。


背後に立たれること。

視線を感じること。

息が、浅くなる。


その時。


「……ローゼン卿」


団長の声。


びくりと肩が跳ねる。


「……すみません」


反射的に謝る。


ラルフは眉をひそめた。


「謝る必要はない」

「……怖いなら、怖いと言え」


リリアは、唇を噛みしめる。


言っていいのか。

弱音を吐いていいのか。


迷って、それでも。


「……少しだけ……夜が、怖いです」


小さな声。


言えた瞬間、胸の奥が、ほどけた。



ラルフは、短く頷いた。


「そうか」


それだけ。


「なら、今夜も俺か、副団長が見張りに立つ」


当たり前のように。

特別扱いでもなく。

同情でもなく。

“当然の判断”として。


リリアは、目を見開いた。


(……守られてる)


確信に変わる。


それは、今まで知らなかった感覚だった。




遠くで、サフィナは、その光景を見ていた。



(……完全に、囲われてる)


副団長。

団長。


どちらも、無意識に、彼女を守っている。


サフィナの胸に、はっきりとした焦りが生まれた。


(……早く、手を打たないと)


もう、噂だけでは足りない。


次は――

証拠。

状況。

“彼女が悪い”と誰もが思わざるを得ない一手。



サフィナは、静かに笑った。


計画は、もう次の段階に入っている。





サフィナは音もなく歩いていた。


(……今夜)


視線の先には、見張りに立つ団員の背中。


配置は、把握している。


誰がどの時間に、どこに立つか。


――偶然を装うには、十分だ。


サフィナは、腰のポーチに手を伸ばした。


中にあるのは、小さな布袋。

中身は、粉末状の魔力触媒。


「魔物を引き寄せる匂い」を、

ほんのわずかに強めるだけのもの。


致命的ではない。

だが、厄介だ。



(……ローゼン卿)


あなたがいる場所に、“たまたま”魔物が集まる。



それだけでいい。


疑いは、自然に生まれる。


サフィナは、誰にも見られていないことを確認し、

風下に、そっと粉を落とした。


それだけ。


何事もなかったように、踵を返す。


(……あとは、運命に任せるだけ)


そう思った、その瞬間。


「――グランシア卿」


低い声が、背後から落ちた。



心臓が、一瞬だけ跳ねる。


振り返ると、そこに立っていたのは、副団長だった。


オスカーの視線は、鋭い。


「……副団長」


サフィナは、すぐにいつもの笑顔を作る。


「どうかなさいました?」


「こんな時間に、一人で動く理由を聞いている」


声音は、冷静だ。


だが、感情が乗っていない。


それが、逆に怖い。


「……眠れなくて。少し、空気を吸いに」


「そうか」


オスカーは、視線を外さない。



沈黙。



サフィナは、心の中で舌打ちした。


(……気づいた? いいえ、まだ)


表情は崩さない。


「見張りの邪魔になる前に、戻れ」


「……はい」


素直に頷き、立ち去る。


背中に刺さる視線を感じながら、

サフィナは、内心で笑った。


(……遅いわ)


もう、仕掛けは終わっている。



ほどなくして。

野営地の外れで、低い唸り声が上がった。



「……魔物反応!」



緊張が走る。


「数が多い!」

「想定より近い!」


オスカーは即座に判断する。


「前衛、構えろ!後衛は――」


その瞬間。


「――第三班付近です!」


報告が飛ぶ。


第三班。

そこにいるのは――リリア。


オスカーの顔色が、わずかに変わった。


「……くそ」


小さく吐き捨て、走り出す。



剣戟の音が、夜を裂く。


リリアは、指示通りに動いていた。


冷静に。

正確に。

だが、魔物の数が、明らかに多い。


(……引き寄せられてる?)


一瞬、違和感が走る。


だが、考えている暇はない。



「――後退!」


叫ぶ。


その瞬間、背後から斬撃が飛んだ。



「下がれ!」


オスカーだった。


二人並んで、剣を振るう。

連携は、完璧だ。


だが、オスカーの動きには、明らかな焦りがあった。


(……近い)


リリアを庇う位置取り。


無意識だ。




戦闘が終わり、魔物が退いたあと。



「被害報告」


ラルフの声が響く。


「死傷者なし。だが……」


副官が言い淀む。


「第三班付近に、

 魔物を引き寄せる反応が集中していました」



空気が、凍る。



視線が、ゆっくりと、リリアへ向く。



「……また?」


誰かの、かすれた声。


リリアは、息を吸った。


(……違う)


言おうとした、その時。


「――違う」


声を上げたのは、オスカーだった。



全員が、彼を見る。


「配置上の問題だ。

 風向きと地形を考えれば、偶然でも説明がつく」


即座の庇い。

早すぎる。


ラルフの眉が、わずかに動いた。


「……副団長」


低い声。


「私情が混じっているように聞こえる」


その一言で、場の空気が、さらに張り詰める。


オスカーは、一瞬、言葉を失った。


「……任務上の判断です」


「そうか」


ラルフは、一歩、前に出た。


「なら聞く。

 なぜ、彼女の周囲だけが立て続けに

 “偶然”に見舞われる?」


正面からの問い。

逃げ場はない。


オスカーは、拳を握りしめた。



(……皆の前では言えない)


昨夜のこと。

薬のこと。

サフィナへの疑念。



全てを話せば、リリアの尊厳が傷つく。



だが、黙れば、疑いは彼女に向く。


「俺が、判断を誤った」


オスカーは、そう言った。


「責任は、俺にある」


場が、ざわつく。


「副団長!」


副官の声。



ラルフは、しばらくオスカーを見つめ――



静かに言った。


「……この件は、預かる」

「全員、持ち場に戻れ」


命令だった。


その場を離れたあと。


オスカーは、ラルフの前に立っていた。


「なぜ、かばった」


静かな声。


だが、怒りが滲んでいる。


「かばっていません。事実を言っただけです」


「嘘だ」


即答。


「お前は、彼女を守ろうとした」


オスカーは、視線を逸らした。


「……それが、問題ですか」


「問題だ」


ラルフは、はっきりと言った。


「副団長として。そして―― 一人の男としてもな」



沈黙。



「お前は、

 自分がどこまで踏み込んでいるか、自覚していない」



オスカーは、唇を噛んだ。


「……自覚しています」


「なら、選べ」


ラルフは、低く告げる。


「守るなら、守り抜け。

 だが、曖昧な距離でいることは許さない」


その言葉が、重く胸に落ちる。




一方で。


リリアは、少し離れた場所で、その様子を見ていた。


何が起きているか、全ては分からない。


ただ。


副団長が声を荒げたこと。

団長が、厳しい表情をしていたこと。


それだけで、胸がざわつく。


(……私の、せい?)


怖くなる。

誰かの感情を動かすほど、

自分は価値のある存在じゃない。


そう思ってきた。


だから。

守られている、なんて考えない。


ただ、

巻き込んでしまった気がして、胸が苦しい。



迷惑はかけたくない――


一人で耐えよう。

耐えることには慣れているはず……




遠くでサフィナは、歯を噛みしめていた。


(……失敗した)


思った通りには、いかなかった。


だが。


(……まだ、終わりじゃない)


副団長と団長の間に、確かな亀裂が入った。


(……予想以上ね)


二人とも、無意識に彼女を囲っている。


それが、はっきり見えた。


サフィナは、微笑む。


柔らかく。


誰にも気づかれないように。



次は、もっと深く。

もっと確実に。


それで、十分だ。


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