魔王の不器用なプロポーズ
呪いが解け、平和が訪れた魔王城。
近頃の魔王ゼノンは、明らかに様子がおかしかった。
「……リリア、今日のスープは少し温度が低いのではないか?」
「えっ? 測りましたけど、いつも通りですよ?」
「……そうか。ならば私の気のせいだ。……ところで、貴様は、その。ずっと私のそばにいて疲れないか?」
リリアが首を傾げるほど、ゼノンはソワソワと落ち着きがない。
実は、彼は数日前から「ある決意」を固めていたのだが、何せ「偏屈で不器用な元・孤独の王」である。愛の伝え方が分からないのだ。
見かねたカミラが
「陛下、まどろっこしいのは無しです! ドーナツみたいに甘く、直球で行くべきですよ!」
と助言(?)し、フェンリスが
「陛下、胃薬をお守りに持っていってください」
と涙ながらに送り出したその夜。
ゼノンはリリアを、城で一番見晴らしの良いバルコニーに呼び出した。
テーブルの上には、リリアが作ったばかりの「二人の思い出の蜂蜜パイ」が置かれている。
「……リリア」
「はい、陛下。どうされたんですか? 改まって」
ゼノンはパイを一切れ口にし、意を決したようにリリアの手を取った。
その手は、かつては周囲を壊すことを恐れて触れられなかった、大切な人の手だ。
「……貴様は、私に『美味しい』という感情を教えた。失っていた眠りを与え、壊すことしか知らなかった私の手を、温めてくれた」
ゼノンは懐から、魔界の奥深くでしか採れない「常闇のダイヤモンド」が埋め込まれた指輪を取り出した。それは魔王の瞳と同じ、深い深い碧色に輝いている。
「私は、これからも貴様の作る料理を食べ続けたい。……だが、それは『主従』としての契約ではない。対等な、魂の伴侶としてだ」
ゼノンは少し耳を赤くしながら、けれど真っ直ぐにリリアを見つめた。
「リリア。……一生、私の隣で笑い、私の隣で鍋を振るってくれないか。貴様が作るすべての料理を、私がこの命尽きるまで守り抜くと誓う」
リリアの瞳から、ポロリと涙が零れ落ちた。
「……ずるいです、陛下。そんなの、お返事は決まってます」
リリアはゼノンの手に自分の手を重ね、満面の笑みで答えた。
「はい。喜んで! ……その代わり、一生残さず食べてくださいね。おじいちゃんになっても、サクサクのパイを焼いてあげますから」
ゼノンはリリアの指に指輪をはめると、今度は逃げることなく、彼女を力強く抱きしめた。
「……約束だ。もし残したら、首を撥ねるなりなんなり好きにしろ」
「ふふ、そんな物騒なこと言わないでください」
その様子を物陰から見ていたフェンリスとカミラが、
「やったー! 結婚式だ!」
「ご祝儀のドーナツだー!」
と飛び出してくるのは、あと数分後のこと。
幸せの香りが漂うバルコニーで、二人は冷めかけの蜂蜜パイを、これまでで一番幸せな気持ちで分け合ったのだった。




