リリア、看病する
呪いの暴走から丸一日。魔王ゼノンは、自室の天蓋付きベッドで深い眠りについていた。
魔力の枯渇と精神的な疲労。人狼のフェンリスですら「数日は目覚めないだろう」と言っていたが、ゼノンが目を覚ましたのは、窓から差し込む柔らかな午後の光と、食欲をそそる芳醇な香りのせいだった。
「……ん」
重い瞼を開けると、そこには寝台の脇で、小鍋を魔法のコンロにかけてかき混ぜているリリアの後ろ姿があった。
「あ、陛下! 目が覚めましたか?」
リリアがぱっと顔を輝かせて駆け寄る。その腕には、昨夜の暴走を止めた際についた痛々しい火傷の跡が、薄く残っていた。
「……リリア。貴様、その傷は」
「これくらい、陛下のお苦しみに比べたらなんてことありません。それより、お腹空きましたよね?」
リリアが差し出したのは、すりおろしたリンゴと、魔界の滋養たっぷりのベリーを煮込んだ、温かいフルーツ粥だった。
「……いらん。自分で食べられる」
「何をおっしゃるんですか。指先一つ動かす魔力も残っていないくせに。……ほら、あーんです」
ゼノンは屈辱に顔を歪ませたが、リリアの真っ直ぐな瞳に根負けし、小さく口を開けた。
温かい甘みが喉を通り、冷え切っていた五臓六腑に染み渡っていく。
「……。……貴様は、なぜ私を怖がらない」
「え?」
「私は化け物だ。呪われていて、触れるものすべてを壊す。昨夜だって、一歩間違えば貴様を殺していた。それなのに、なぜまだここにいる」
ゼノンの問いは、切実だった。ずっと一人で、誰も寄せ付けずに生きてきた魔王の、震える本音。
リリアは粥の器を置くと、ゼノンの大きな、けれど今は力のない手を、両手でそっと包み込んだ。
「陛下を『化け物』だなんて思ったこと、一度もありませんよ。私にとっては、ちょっと偏屈で、甘いものが大好きで、誰よりも一生懸命にこの国を守っている、ただの寂しがり屋の旦那様……あ、いえ、主君です」
「……今、旦那と言わなかったか?」
「気のせいです! さあ、冷めないうちに全部食べてください!」
粥を完食し、少しだけ顔色の戻ったゼノン。リリアが
「お皿を下げてきますね」
と立ち上がろうとした時、ガシッと手首を掴まれた。
「……どこへ行く」
「ええと、片付けに……」
「ならん。まだ呪いの残滓が燻っている。……そばにいろ。貴様の浄化の光がなければ、また暴走するかもしれん」
それは、あからさまな嘘だった。今のゼノンには暴走するほどの魔力すら残っていない。
けれど、リリアは彼の寂しげな瞳を見て、すべてを察した。
「……仕方ありませんね。今日は特別ですよ?」
リリアがベッドの端に腰掛けると、ゼノンは吸い寄せられるように彼女の膝に頭を乗せた。いわゆる「膝枕」である。
「……うるさいぞ。私の城だ、私がどこで寝ようと勝手だろう」
「はいはい、そうですね。おやすみなさいませ、陛下」
リリアがゆっくりと彼に子守唄を口ずさみながら髪を撫でると、魔界最強の王は、今度こそ安らかな寝息をたてはじめた。
「……ねえ、フェンリス。あれ、見ていいやつ?」
「……カミラ、静かにしろ。……だが、記録水晶にはしっかり残しておく」
扉の隙間から、感涙にむせぶフェンリスと、鼻血を出しそうなカミラが覗き見していたが、二人は幸せそうな主たちの邪魔をしないよう、静かに(しかしニヤニヤしながら)退散していった。




