危機は突如として現れる
遥遠い遠い昔、エリクシア大陸に1人の賢者がこの地に舞い降りた。当時の大陸には知性の欠片も無い本能のままに貪り食う獣共がこの大陸に溢れていたそうな。六本腕の巨躯を持つ怪物、顔が複数あり常に獲物を探している怪物、そのような魑魅魍魎が当たり前のように歩きまわり、殺し合い、貪っていたそうな。それらを観察していた賢者は、ある一つの脆弱で矮小な種族を見つけた。その種族は何も持たずして存在し、常に食物連鎖の最底辺に位置して常に蹂躙されるだけの存在だった。賢者はそれを憐れみ、己の権能を4人の獣に分け与えて大陸を去っていった。後に権能を授かった彼らは四聖と呼ばれ、名もなき種族は己を人間と名乗って文明を築き、エリクシア大陸を我が物としていった。
「はい、今日のお話はここまで。みんな今回のお話はどうだった?」
ここはエリクシア大陸の西部にある小さな村の小さな孤児院。この孤児院のオーナーであり俺たちの先生であるヘレナのお話が終わり、子どもたちは目を輝かせながら感想を言い合っている。孤児院といっても六人ほどしかいないが、皆親がいなくヘレナに拾ってもらい育ててもらっている。ティム、フェレス、ガイア、オーレンス、ホロウ、そして一番上の俺、アトラで協力しながら楽しく毎日を過ごしている。
「ヘレナ先生、そのお話ってほんとなの?」
そうガイアとオーレンスが問いかける。
「そうね、このお話は昔から語り継がれてきた神話なのよ。賢者から権能を分け与えられた四聖、この人たちは私たちの遠い遠いご先祖さまなんだって。怪物たちも本当にいたのよ」
彼女が手を上に翳して2人を脅そうとするが、当の2人はおもしろそうに笑っている。不服そうに口を尖らせるヘレナの機嫌を取ると、ティムがパンと手を叩いた。
「ほらほら、早く用事済ませないと今日中に終わらないよ。先生拗ねてないで早く指示出してください」
「もう、ティムはしっかりやさんだな。もうすぐ12歳になるし立派なお姉さんだな。じゃあ今日の仕事を割り振るぞ、ガイアとオーレンスは井戸から水汲んでこい。そんでティムは私と晩飯の準備な。それでホロウは足りない食材の買い出し、んでフェレスとアトラは山菜摘んでこい。危ないもんは持って帰って来んなよ」
「バカにすんな!こちとらもう15歳だぞ、危ないもんの見分けぐらいつくわ!」
「まあまあアトラ、実際ちょっと前にとってきたキノコでみんなお腹下したり急に爆発する植物とってきて建物吹き飛ばしたりしてるんだし先生も心配してるんだよ」
実際にやらかした過ちをフェレスに並べられ何も言えなく悔しいが、全部事実なのでなんとか飲み込んでビシッとヘレナを指差して宣言する。
「見てろよ!めちゃくちゃうまいもんとってきてやるわ!行くぞフェレス」
「ちょっと待ってよアトラ、カゴも持たずにどこ行くの〜!」
そういって森に突っ走っていたアトラを急いでフェレスが追いかけていった。
「待ってよアトラ、森の中は1人で行くと危ないよ。それに何も考えずに突っ込んで行ったら迷子になっちゃうよ」
「フェレスも心配性だなぁ、この森だって今まで何回も来てるんだぜ?大丈夫だって」
そう言って拾った棒を振り回しながら大きな木の根っこを飛び越えて森の奥に入っていく。太陽は高いところから森の中を照らし、どこからか鳥の声も聞こえる。しばらく歩き続けると、来たことのないひらけている場所についた。すると、フェレスが不意に足を止めてしゃがみ込んだ。
「見て見てアトラ、珍しい薬草がいっぱい生えてるよ!ここら辺では見たことないものばかりだ、これはセンネン草、こっちにはロクジュダケも!」
「なんだよ、薬草って美味しくないし苦いだけじゃないか。そんなんよりうまい山菜探そうぜ」
「バカだなぁ、この薬草たちはすごい珍しいんだよ。これがあったらいろんな病気や怪我に効くんだ、帰ったら色々試してみよう」
フェレスは生粋の薬草オタクで、こうなるとヘレナでも止めることはできない。目を輝かせながら次々とカゴに薬草を採取していくが、アトラにはただの苦いだけの草としか思えないので近くを色々と散策することにした。
「普段静かなフェレスがあんなに喋るなんて珍しいな。仕方ない、俺はうまいもんでも探すか」
少し歩いてみると、点々と紫色の鉱石が地面から突き出していたがそれもきっと貴重なものだろうか。太陽光に反射して輝いているそれは神秘的なオーラを放っていた。そうしていると広場の奥には綺麗な小川が流れていることに気づき、見に行ってみると魚が何匹か泳いでいる。
「おっ、うまそうじゃん。んー、どうしようか。これでいっか、1、2の、3!」
ずっと持っていた枝を高く振り上げ、一番近くにいた魚めがけて投げつける。枝はまっすぐに目標に飛んでいき、見事に命中して枝を拾い上げる。要領を掴んできたアトラは手際良く魚を突き、熱中しているとみんなの分の魚が取れた。
「おっし、これでヘレナも驚くだろ。そろそろフェレスの様子見に行くか」
採れた魚を棒にまとめてフェレスのところに行こうとすると…
「うわあああアァァァッッッッ!!」
「なんだ、フェレス!」
悲鳴が聞こえ、急いでフェレスの所へ向かう。息が荒くなり広場に着くと、怯えて座り込むフェレスがいた。無我夢中に集めていた薬草が散乱し顔が青ざめており、明らかに様子がおかしいことが伝わってきた。
「どうしたっ、何があったんだ!」
「あれ…、バケモノが…」
そう言って震える腕を上げ、ゆっくりと指をさす。その先を目で追うと恐ろしい見た目の生き物がこちらを見ていた。白い仮面をしていて表情がわからないが、二つの真っ黒な穴は確実にこちらを捉えているだろう。背丈はアトラと比べ物にならない、おそらく小さくても三メートルほどありそうだ。悍ましいのはその見た目だった。背丈に見合わない細長い足に腕は四本あり、不規則に揺れていて不気味さが増している。緊張感が張り詰め、息が詰まるが大きく息を吸い込みフェレスに小さな声で伝える。
「フェレス、俺の合図で急いで家に向かって走るんだ。カゴは置いていけ、何があっても振り返るな。俺が奴を惹きつけるからなんとしてでも帰ってヘレナ達に伝えるんだ、わかったな」
「そんな…、それじゃアトラが…」
「俺のことはいい、何があっても生きて帰る。約束する、絶対に帰るってな。わかったか」
フェレスは涙ぐみながら頷く。奴は四肢を揺らしながらこちらを伺うだけで襲ってこない。
「それじゃあ行くぞ。1、2の、3!」
合図とともにフェレスの背中を押し走らせる。怪物の視線が一瞬フェレスに向いたが、持っていた棒を地面に叩きつけ音を鳴らして注意を引く。
「おら、お前の相手はこっちだ!ほらほらついてこいよ!」
フェレスとは逆方向に駆け出し、大声でアトラに注意が向くようにする。怪物は金切音のような咆哮を轟かせて追ってきた。森の木々などお構いなしに薙ぎ倒しながら追ってくる。こうしてアトラの命懸けの逃亡劇が始まった。