【読み切り】揺れ
身体が揺れている。
一室はかなりモダンな作りになっているが、それがかえって無機質感を際立たせている。
右側から冷気を感じるから、部屋の右側に窓があるようだが、黒いカーテンで仕切られていて実際どうなのかは分からない。
みなが前で講演している女の方向を見ている。
みなが同じ服装で、同じタイミングでメモを取るから、傍から見るとまるで生き物が蠢いているようだろうと思う。
女のスピーチはイントロが終わったようで、来るべきサビのための盛り上がりに入る。
一室は三部に別れている。左、真ん中、右と三部に別れていて、それぞれ30人くらいのようだ。空席は10席くらいだから、全部で100席ほど椅子が用意されているのだと知る。
また身体が揺れている感じがする。
僕だけがこの揺れを抱いているのか、それともみんなも抱いているけれど言い出していないだけなのか分からない。
「すみません、なんか揺れてません?」
思い切って左に座っていた女に声をかけてみる。
隣に座っていた女は、ショートカットで、顔立ちからして小柄そうだった。
女は驚いたのか、目を見開いたのちに、話しかけるなという顔をして再び前を向いた。
前に座っていた男も迷惑そうに横目で僕を見ている。
本当に揺れているのか、それとも揺れているけれど声を出すほどじゃないのか分からない。
女のスピーチはいよいよサビに入ろうとする。
誰かがタクトをとっているのかもしれないが、誰がとっているのかわからない。
女のスピーチは構造化されたものだが、明らかに技術と言えるもので、抑揚の付け方に潜む努力の陰が見えて気持ち悪い。
おそらくこの女じゃなくとも、誰でも取って代わることのできる文章だと感じる、面白くない。
視界が揺らぐ。
今すぐにも、この一室が、窓側からゆっくりと傾いて、左の二部に押しつぶされてしまうのではないかと思う。
その時、男が立ち上がったのが僕の視界の左隅に映った。視線を移すと、そいつはおそらく一番左の部に座っていたやつで、右手には斧をもっていた。男は斧を掲げながら、スピーチしている女にゆっくりと近づく。
すると真ん中の部の前方に座っていた奴らと、左の部の前方に座っていた奴らが一斉に立ち上がり、斧を持った男に襲い掛かった。右の部にいる僕らは誰も立つことなく、その光景を見つめている。
前の女はまだスピーチを続けている。
男は斧を持っているとはいえ、集団で襲い掛かれると為す術もなく、あっさりと劣勢になる。男は地面に倒れながら集団に腹を蹴られている。男は思わず血を吐く。血が一室にほとばしる。
女は視線をその男に向けながらも、まだスピーチを続けている。
男はついに力尽きる。地面に倒れこんでいて、生きているのか死んでいるのか判別がつかない。
集団は表情を変えずに、自席に戻ってゆく。まるで何もなかったかのように席に戻る。
ついに女のスピーチが終わる。空調の音だけが響く。僕は乾いた唇を舌で濡らす。