みんなの声
僕はここで、死ぬのかもしれない。そう覚悟を決めた。船長やみんなは、僕を探すだろう。でも魔術師のコレクションになった僕は、助けを求めることもできない。
ハートが、僕を押しのけた。
「やめて。ヴォイスに手を出さないで!」
「ハート」
魔術師は満足そうに笑う。
「どうして……わたしを狙うの。最後に教えて。わたしは一体誰で、どこから来たの?」
ハートは泣き出しそうだった。僕にはまた、声がきこえてくる。僕はただ、それに耳を傾ける。
「いいだろう。最後に教えてやる。お前はあちらの世界で永遠の眠りにつこうとしている、哀れな少女なのだ。わしがお前の魂を運んでいる時に、この夢賊どもに邪魔をされたのだ……」
ハートは息を呑んだ。
「わたしは……わたしの名前は……?」
「竹下楓。それも、今日までのものだがな」
ハートがマットにへたりこむ。魔術師が彼女の腕を捕まえようとする……
僕はその時のありったけの勇気をふるい、魔術師の顔をはたいた。魔術師はバランスを崩し、夜馬から落下した。
夜馬はいななき、主人を追いかけていった。ハートも驚いている。
「君が死ぬなんて嘘だよ。君の家族も友達も、みんな君が起きるのを待ってる! 今、聞こえたんだ!」
『お願い楓、目を覚まして』
『ねえ、また学校に行こうよ。楓がいない教室なんて、つまんないよ。今度一緒にドッジボールしようって言ったじゃん!』
『楓……あんなつまらないことで叱るんじゃなかった。僕の寿命と引き換えでいい、誰か楓を助けてくれ!』
『楓ちゃんはきっと治るよ。あたし信じてるもん、絶対大丈夫だもん……』
「ハート、君はこの夢の果ての向こうへ行くんだ」
僕がそう言った時、ハートは泣いていた。それでも、僕の言葉に、確かにうなずいた。
「きっと今なら、間に合うよ」
「ヴォイスは一緒に来ないのよね……?」
ハートは僕の手を離さない。僕だって、離したくない。でも、魔術師がいつ戻ってくるか分からない。
「うん。僕はいけない。だけど夢の中から、君が元気でいるように祈るよ!」
「また会える? ねえ、わたしまた、夢の中であなたたちに会いに行けるかしら?」
「僕の方から、君の夢に遊びに行くよ、ハート」
「約束よ。絶対絶対、会いにきてね。わたし、ヴォイスのこと、絶対に忘れないから!」
さよならだ。僕は、マットに直進を命じ、自分は飛び降りた。ハートの叫び声が遠ざかっていく。僕も、果てしない下へ落ちていく__
「ヴォイス!」
気がつくと、僕は柔らかいシーツの上に寝ていた。僕をのぞきこむのは、スプリングだった。
「スプリング……」
「無事でよかった。だけど、ハートはどうした?」
僕は力なく笑った。
「ハートは、元の世界へ返したよ。人間だったんだ」
「そっか……」
スプリングは僕を起こし、抱きしめてくれた。寂しくて悲しかった心が、温かくなった気がする。
「帰ろう、仲間が待つところへ」
「うん」
それからさんざん警戒したけど、あの魔術師はもう現れなかった。
「ねぐら」の住人が眠りについた後、僕らはベッドでの旅を再開する。魔術師によって眠らされていた仲間たちは、僕らが戻ってきてすぐに自然と目を覚ました。新たな仲間が加わることはなく、いつも通りの旅が続いていく。
だけど、僕は、またハートと会えることを信じてる。彼女が僕を呼べば、どこにいたって聞こえるはずだ。
何故なら、今も聞こえているからだ。ハートの目覚めを大喜びで迎える人たちの声。長い眠りから覚めたばかりで、まだ僕との冒険の余韻にひたってるハートの声。
もし次の話をする時があるとすれば、それは__あの謎の板の話になるのかな?
いかがだったでしょうか? 機会があったら、また、続きを書きたいなって思います!