ハートの能力
僕らのベッドが何とか無事にねぐらに滑り込んだ後数時間経って、女の子は目を覚ました。僕も同じ部屋で仮眠していたから、彼女がもぞもぞと動き出すのに気がついた。
「あれ……?」
女の子が最初に口にしたのは、困惑だった。「ここ、どこ……?」
僕は毛布の中から這い出し、仰向けに横たわる女の子に近づいた。物音に気がついて、彼女も顔をこちらに向ける。
「おはよ」
僕があいさつすると、彼女もためらいがちに返した。
「おはよう……」
「僕はヴォイス。夢賊だよ」
夢賊という言葉を、女の子は知らなかった。
「夢賊って、なに?」
「夢の世界を行き来して、宝物を手に入れる海賊さ。制服はパジャマ、乗り物はベッドや布団だよ。今日も、別の夢賊と1戦交えてきたところなんだ」
女の子はまばたきし、にっこり笑った。
「楽しそう」
「へへへ、まあね。それでさ、君が夜馬に乗せられて空を飛んでたところに出くわしたんだ」
「夜馬……」
彼女はしばらくぼんやりと考えていたが、次第に顔が青くなっていった。
「たいへんよ。魔術師が追ってくるわ!」
「君を追いかけてくるの?」
「そうよ。だって、感じるもの。魔術師は、今すごく怒ってる!」
「どうして、分かるのさ?」
女の子は自分の胸に手をそっと当てて、両目を閉じた。
「ここで感じるの。魔術師や、みんなの心が。__ヴォイス、あんたは今、わたしのことを心配してくれてる。隣の部屋にいる人は、何だか不思議に思っていることがあるみたい。そのまた隣は、褒めてもらえたことを喜んでいるわ」
僕はびっくりした。隣には船長があの黒い板を持って休んでいるし、その隣はアドバンスの部屋だ。この女の子が知ってるはずがないのに。
「君……一体、何者なの?」
「分かんない」
女の子はまたにこりとした。
「じゃあ、名前は?」
彼女はそれには即答した。
「ハート」
ハートは、自分がどこから来たのかも覚えていなかった。
「じゃあ、しばらく僕らと一緒にいたらどうかな」
ちょっと考えてから、ハートはうなずいた。
「そうしてもいいかしら」
僕はもちろん、大賛成だった。これまで、僕と同じくらいの子と遊んだことはあんまりなかったんだ。
「ベッドが停泊してる今は、みんな休んでるんだ。起きて動いてる、どこかの誰かの頭の中にお邪魔してね。その人が眠ったら、僕らの活動時間が始まるよ」
「へえ……」
ハートは僕の説明を聞きながら、シーツが敷き詰められたベッドの中をしげしげと眺めていた。目に見える全部が物珍しいらしい。
「起きる時間になったら、みんなに紹介するよ。君が怪我もしてないって知ったら、みんな喜ぶよ」
あの高さから落下したのに、ハートはかすり傷1つ負っていなかったのだ。
「ベッドの中には、みんなの部屋も、宝物の隠し部屋も、台所も風呂もあるんだ」
「宝物ですって?」
「見てみたい?」
ハートは大きくうなずいた。
宝物庫の鍵を、眠っているスプリングの部屋からくすね、僕は木で出来た頑丈な扉を開ける。暗い部屋の中をランプで照らすと、ハートが歓声を上げた。思った通りの反応で、僕も嬉しかった。
ありとあらゆる色の宝石が、上等な木の箱からあふれ出しているし、世界中の国の金貨がぎっしり詰まった革袋の数は100を下らない。無名の画家の油絵や、中国の景徳鎮や、絹の巻物もあった。香水が入った複雑なかたちのガラス瓶も綿に包まれて保管されている。変わったところでは、使い古したプラスチックのバットやボール、お人形やぬいぐるみなんかも顔を見せていた。
「ほんとにすごい……本にでてきた海賊そのものね」
ハートがほーっと長い息を吐いた。
「これ全部、戦って手に入れたの?」
「そうだよ! 他の夢賊と戦って勝ったり、怪獣に追いかけられたりした」
「楽しそう!」
ハートは、だんだん元気になってきたみたいだ。ぴょんぴょんとジャンプして、僕にせがんだ。
「ね、ね、わたしも冒険したい!」
「うーん、でもどうかなあ? 船長が許してくれないかもしれない」
僕はわざとそう言った。「船長は、女は仲間に入れないんだ。だって、夢賊をやるのはすごく危険だからね」
「わたし、足引っ張らないわ! 約束する。そうだ、何か武器はないの? 魔術師とだって戦うわ」
ハートは、どの夢賊も怖がって言わないようなことを高らかに宣言した。僕は内心、この女の子の勇気に舌を巻いていた。
けどその時、後ろから声がした。
「無茶を言ってはいけないよ」