アルゴの警告
『ねぐら』と呼ぶのは、これから目を覚ます人間の夢のこと。起きている間、夢の世界の時間は眠っている。その間は僕ら夢賊も、敵__他の夢賊や、いまいましい保安隊たちに脅かされることなく、休むことができるんだ。
だけど、ねぐらで休むためには、その人が起きる前に夢の中に潜り込まなきゃいけない。舵取りのアルゴは、まだ目覚めていない__そのくせ、もうすぐで目覚ましのアラームが鳴りそうな人間を探すんだ。
アルゴのそばにいった。見晴らしが良くて楽しいんだ。アルゴは望遠鏡でじっくりと宿をとる夢を見定めている。
「よう、ヴォイス」
アルゴはぶっきらぼうにあいさつした。いつものことだから、誰も気にしない。アルゴが実はとても親切な人だってこと、みんなが分かっている。
「いいねぐら、見つかった?」
「まだだ」
「そっか」
僕はアルゴよりはずっと気楽に、飛んでいるみみずくやかもめを眺めていた。手を振ると、返事してくれるふくろうがいる。ホーホー、ホホッホー。
その時、アルゴがぎくりとして、望遠鏡を目から離した。それから、またのぞき込んだ。
「どうしたの?」
アルゴは、前方を指差して叫んだ。
「保安隊だ!」
毛布にくるまってだらけていた戦士たちがさっと立ち上がり、剣を構えた。
船長が僕らの方へ駆けてくる。
「アルゴ、どのくらい近い?」
「まだ5km以上……でも、ものすごい速さでこっちに来る!」
船長はアルゴに命じた。
「右に迂回だ」
「了解」
だけど、全速力で曲がった先には、別の夢賊のベッドがいた。
なんて運が悪いんだろう。保安隊は僕らに狙いを定めて飛んでくるし、夢賊も僕らに気がついてしまった。さっきまで戦っていた夢賊も、板を取り返そうと僕らを追っているのだ。
勇猛果敢な戦士たちも、たじろいでいる。
「さすがに、夢賊と保安隊を同時に相手にするのは……」
船長が怒鳴った。
「落ち着け。無駄な戦いをするつもりはない。まだ誰ともぶつかっていない方向へ全速力だ」
船長が命令すると、みんなどこかほっとする。グロッソ船長は、いつも正しい判断を下すから。
でも、僕はすごく不安になった。二度あることは、三度ある。ひょっとして、逃げた先にも、また別の敵がいるんじゃないかって……。
船長が僕の方を向いた。厳しい顔だ。
「ヴォイス、お前はシーツの下に隠れていろ」
「なんで! 嫌だよ、僕も戦うよ!」
「戦う気はないと言っている。お前は体が軽いから、飛ばされんように隠れておけ」
アルゴもうなずいた。どうやら、めちゃくちゃに飛ばすつもりらしい。僕は大人しく、シーツの中に潜り込んだ。顔だけは出しておく。風がビシバシ顔を叩き、ごうごうと耳に飛び込んでくる。
しばらく経つけど、シーツの上で戦いが始まった気配はちっともない。ほっとして、ベッドの柵の隙間から身を乗り出した。少し、スピードも落ちたみたいだ。保安隊のベッドも見えないし、完全に逃げ切った!
もう上に行っていいかな? 見上げると、白い雲を横切る何かが見えた。
「鳥……?」
ううん、鳥より大きい! 僕はそれに気がついて、シーツを飛び出した。ベッドの上では、船長やスプリングを始めとする戦士が戦闘態勢をとっている。
「あの……」
スプリングが真っ先に気づいて、小声で言った。
「中にいないと、吹き飛ばされちゃうぞ」
「分かってる! でも、上に誰かがいるよ」
スプリングは真上を見上げ、あっと声を上げた。
「本当だ。あれは……何だ?」
「ベッドでも、布団でもないね。動物……? その上に、誰か乗ってるみたいだ」
僕たちの戸惑いはみんなに広がり、空高く飛ぶ動物は夢賊たちの注目を浴びた。
眩しそうに目を細めた船長が、考え込んだ末に言った。
「……あれは……夜馬かもしれん」
「それは何ですか?」
「脚が1本しかない、幻の獣だ。悪しき者に仕えるという」
「じゃあ……あれに乗ってるのは……」
夜馬の背に乗る人物の姿は見えない。船長が舌打ちした。
「とことんついてないな。魔術師に出くわすとは」
魔術師! 夢を通じて人間の心を支配しようとする邪悪な存在だ。僕はまだ会ったことがない。だけど、船長やスプリングは、昔魔術師と戦い、相当苦しめられたらしい。今でも、その時の話はタブーになっている。
「逃げましょう!」
仲間たちが震え声で船長に訴える。魔術師と夜馬が、こちらに下りてくる様子はない。でも時間の問題かもしれない!
その時__僕の頭の中で、声が響いた。
『助けて!』
女の子の声だ。初めて聞く声で、すごく切羽詰まっている。
「誰?」
僕は声に出して呼びかける。スプリングが振り向き、怪訝な顔をする。
また、誰かが呼んだ。
『お願い、わたしを助けて……』
「君は、どこにいるの?」
『悪い人に捕まったの! 恐ろしい、脚がない馬に乗せられて……』
僕ははっとした。まだ遙か頭上を飛んでいる夜馬。よく目をこらすと、確かに宙を駆る脚が一本だけ見えた。弱々しくばたつく、白い人間の足も。
「あそこだ!」
僕は叫んだ。
「ヴォイス、どうした?」
船長が、僕の肩を掴んで問いただす。
「父さん、夜馬に女の子が乗ってる! 魔術師がのせたんだ!」
「なに?」
船長は夜馬を睨みつけた。
「お願い、助けてあげようよ!」
船長が答える前に、戦士のアドバンスが、夜馬に向かって矢を放った。一瞬の後、血の気もよだついななきが上がり、夜馬が暴れ出した。
矢が命中したんだ。もがく馬から小さな人影が放り出され、ベッドの上に落ちてきた。スプリングが毛布を広げる。軟らかい毛布の上に、女の子がどさりと着地した。
その子は、気絶してしまっていた。スプリングが優しく毛布でくるみ、船長の元へ運んだ。
可愛い子だった。黒くて長い髪を、耳の上で2つに結んでいる。着ているものは僕と同じ、パジャマだ。ただ、ずっとふかふかで女の子らしい色使いだけど。顔は青白い。よっぽど怖い目にあったのかな。
「中で寝かせてやれ」
船長はそう言った。アドバンスがもじもじしている。
「勝手に撃ったな」
「は、はい……体がいつの間にか動いたんで……」
「下手な言い訳だな。しない方がましだ」
船長は少し優しい顔をして、アドバンスの肩に手を置いた。
「だが、弓矢の腕を上げたな。これからも期待しているぞ」
僕はこそこそとアドバンスに近づいた。お礼を言いたかったから。
「アドバンス、ありがと」
「おうよ」
船長が、顔をしかめて僕を見下ろした。
「ヴォイス__魔術師に喧嘩を売る時は、前もって相談してほしいものだ」
「ごめんなさい……」
「それに、何故夜馬の背中にあの子がいると分かった?」
「声がしたんです」
さっきのことを思い出す。頭の中に直接、話しかけられたみたいだった。初めての体験だ。あの女の子は、テレパシーを使えるのかもしれない。
「……そうか」
船長はそれ以上何も言わなかった。それが、余計に不気味に思えた。




