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千年生きる智いエルフと僕が行き着く濃厚な結末 

 先輩がエルフであることを告白してきた時、僕はこう答えた。


 “たとえ先輩が人間でなくエルフであったとしても、僕にとっては頼れる先輩であることに変わりはないです。だから、これからも僕のことをたくさん指導してくれる先輩でいてください。”


 「なんで、こんなこともできないのかな、後輩君は。」


 エルフ先輩はいつも厳しい。


 「ここの部分はこうやって処理するって言ったよね?もう何回目のミスなの。」

 冷静にそして冷たく僕のミスを指摘するエルフ先輩。他の同期にはもう少し優しく指導するのに、僕にだけは異様に厳しいように感じる。もしかして嫌われているのではないかとさえ思えてしまう時もある。


 「すいません、エルフ先輩。」

 いつものように素直を謝る。果たして今日何度目の謝罪だろうか。


 「はぁ、仕方ないからもう一度教えるからね。しっかりと聞くこと。いい?わかったわね?」

 「はい!ありがとうございます。」

 仕事はすごい細かいし少しのミスも許さないが、ミスをした後にはいつも丁寧にフォローしてくれる。この作業の手順を説明してもらうのもこれで何回目だろうか。エルフ先輩が呆れてしまうのも無理はない。だが、仕事を覚えられないのは決して僕の能力のせいだけではない。

 これには深いわけがあって、いやそうでもないか。単純にして、明確な理由がある。それをエルフ先輩が気づいていないだけで。

 今もこうやって、隣同士で椅子をくっつけて仕事を教えてもらっているのだが。


 「それでここの数字はこの部分に転記して、、、、って、私の話聞いてるの?」

 「す、すいません。、、、あまり聞いていなかったです。」

 このエルフ先輩、美しすぎていつも見惚れて話が一切入ってこないのだ。やはり、この至近距離で見るエルフ先輩は別格の美を誇る。白く透き通った肌は人間離れ、浮世離れしており、その中性的な顔立ちは唯一無二の美しさである。巷によくいるような可愛い女性、美しい女性ではない、僕の人生ではこんなタイプの綺麗な女性を見たことがない。さすがエルフ族ともいえる。

 特に仕事を教えてくれるときに、ショートヘアの茶髪をさっと耳にかける仕草と、そこから見える特徴的なエルフ族の耳、そして白く美しい首筋のラインにドキッとしてしまう。

 ゆえに、仕事の話を聞くどころではないのだ。


 「もう、こんな調子じゃ、異動先でも苦労するわよ。」

 怒りを通り越して呆れてしまうエルフ先輩。あなたの美しさのせいで、仕事が頭に入ってきませんとは口が裂けても言えない。


 「そういえば、今日が異動先の発表日でしたね。」

 我々の会社は今日が異動先の発表の日なのである。そして、エルフ先輩も僕もこの支店に配属されて複数年経っており、おそらく2人とも異動することになる。エルフ先輩と離れたくはないが、こればっかりは一サラリーマンとして仕方のないことだと割り切っている。まだ割り切れない自分もいるが。


 「エルフさん、少しいいかな。」

 そんな話をしていると、ちょうど副支店長がエルフ先輩に声を掛けてきた。おそらく、異動先を伝えるのだろう。


 「承知しました。」

 エルフ先輩は、副支店長に続き颯爽と副支店長室に入っていった。その歩く姿も堂々としており、自信に満ち満ちているのがわかる。美しさだけではなく、格好良さも兼ね備えているのだ。


 それから数分後、


 「次は後輩君だってよ。ほら、早く行った、行った。」

 エルフ先輩に声を掛けられた。どうやら僕も異動のようだ。急ぎ足で副支店長室に向かう。



 「エルフ先輩はどこに異動ですか?」

 副支店長室を退室した僕は自席に戻るやいなや、すかさず聞く。


 「本店よ。まあ、私の営業成績からしたら当然の結果よ。」

 嬉しそうに報告するエルフ先輩。確かに、エルフ先輩は今年支店長からの表彰を受けるなど、飛躍の1年というか、怒涛の活躍をした1年といえる。以前から本店に行きたいというのは知っていただけに、その願いが叶って僕も嬉しい。


 「さすがですね。エルフ先輩。」

 心からの賛辞を送る。さすがは、僕の教育担当だ。


 「そういう後輩君はどこなの?私が仕事を教えた甲斐あって、少しは営業成績良くなったし、私と同じ本店勤務とか?」

 少し期待のこもった碧い瞳を僕に向ける。そ、そんな視線を送らないでほしい。


 「本店なんて僕には無理ですよ。」

 多少の成績を出したところで、本店なんて行けるわけがない。それに、僕はまだ全然エルフ先輩の高みには至っていない。


 「そっか、じゃあどこに異動するの?」

 少し声のトーンが落ちるエルフ先輩。不肖な後輩で本当に申し訳ない。


 「僕は関連会社に出向ですね。」

 そう、関連会社への出向が命じられてしまったのだ。これは、エルフ先輩と当分の間、会うことができないことを意味している。


 「出向か、、、。何年で戻って来られそうなの?」

 いつも厳しく堂々としているエルフ先輩が少し不安そうな表情を覗かせる。


 「うーん、わからないですね。まあ、そのうち、成長して戻ってきますよ。」

 あえて明るくふるまう僕であっが、その日1日は多少の気まずい空気が僕たちの間を流れていった。





 そして、出向前に仕掛中の仕事を全て終わらせるべく、怒涛の日々が続き、気が付くといつの間にか、異動日を迎えていた。


 「はぁ出向したくないな~。エルフ先輩と一緒がいいな。」

 「こら、心の声が洩れているぞ。」

 軽く小突かれる。

 「す、すいません。」

 こんなやり取りも今日で最後か。


 「エルフ先輩は辞令をもらったら、すぐに出て行くんですか?」

 「そうだね、本店からも早く来てほしいって言われているし。」

 「そうですか、、、。」

 まだ離れたくない、いや一生離れたくない、そんな思いがこみ上げてくる。今までの厳しくも優しく指導してもらった日々がフラッシュバックする。あの時間がこれからもずっと続いたらいいのにな。


 しかし、時間とは残酷なもので、僕のそんなちっぽけな気持ちには応えてくれることもなく、あっという間に辞令交付の時間となってしまった。

 そして、総務課からの呼び出しがあり、支店長室に辞令を受け取りに行くエルフ先輩と僕。こうやって、隣を歩くのも今日で最後か。少しは横を歩いても恥ずかしくない人間になれたかな、、、。そんなことを考えつつ、辞令交付という僕にとっては残酷な一大イベントが始まってしまったのであった。


 わが社の伝統として、異動者がフロアを去る時には、全員で拍手で送り出すという風習がある。なんだか恥ずかしいがこれからの活躍を祈念してのことなのだろう。

 それはこのエルフ先輩も例外ではなく。

 支店長からの辞令交付を終え、最後に副支店長への挨拶を終えたエルフ先輩が副支店長室を出ると、フロア全体が大きな拍手で包まれる。他の異動者よりも盛大な拍手である。それだけエルフ先輩がこの支店に与えた影響が大きかったのだろう。そして、それだけみんなに慕われていたのだろう。僕だけじゃない、みんなエルフ先輩のことが好きなのだ。


 エルフ先輩はすでに身支度を済ましているため、このまま僕の横を通り過ぎ、フロアを出るのかと思いきや、僕の元へと歩み寄ってくる。

 あれ、どうしたのかな、、、?

 最後になにか激励のコメントでも言われるとか?あっ、わかった。自席に忘れ物があって、それを取りに来たのかな。そんな様々な可能性が僕の小さな頭を巡り廻る。

 しかし、結果を先に言うと、すべての可能性が違ったのだ。



 「っ、、、!」


 そう、エルフ先輩が僕の元へと近づいた次の瞬間、エルフ先輩と僕の唇が重なり合ったのだ。あまりの急な展開に固まってしまう僕。しかし周りはというと、

 「ヒュー、熱いね、2人とも。」

 「ラブラブだね。」

 「まあまあ、お盛んだこと。」

 方々から言いたい放題である。

 なんで急にキスをしてきたのか、そしてなんでこんなにエルフ先輩の唇は柔らかく甘いのか、そんな疑問が僕の身体の自由を奪い取る。


 急に後輩にキスをしてくるなんてエルフ先輩じゃなくて、エロフ先輩じゃないか。って、そんなこと言っている場合じゃない。


 多少の時間が経ち、ようやく我に返った僕は、身体を離そうとするが、エルフ先輩の細い腕はがっしりと僕の肩口を押さえたままで逃げられない。

 尊敬する先輩が急に接吻をしてきて、想像できないほどに焦っているのだが、さらに僕の焦りを増幅させることがある。それはエルフ先輩が現在進行形で行っているキスがただのキス、いわゆるプレッシャー・キス【静的なキス】ではないということだ。

 具体的に言ってしまえば、エルフ先輩の甘酸っぱい唾液とともに、なにか、異物の様なものが僕の口の中に送り込まれたのだ。今すぐにでも、それがなにか確認したいが、それは叶わない。なぜなら、エルフ先輩の熱い口づけをこの全身で受けているからだ。

 周囲の人たちには、僕たちがカクテル・キス【動的なキス】をしているように見えなくもないかも、、、。



 体感で十数秒後、ようやく解放される僕。


 「エ、エルフ先輩!」

 口元を拭いながら、その真意を確認しようとするが。


 「じゃあね、後輩君。またね。期待しているよ。」

 今までの出来事はまるでなにもなかったかのように、冷静にそう告げると、大喝采のなか、颯爽と我らが支店を後にするエルフ先輩。その後ろ姿は相変わらず格好いい。


 一体なにを期待しているのだろうか。

 ガリッ、、、。

 そして、この口の中にある異物は一体なんなのか。

 すぐにトイレの個室に駆け込み、口の中からその異物を吐き出す。すると、その異物の正体は、、、。



 「、、、鍵?一体どこの鍵なんだ?」

 予想外の物に困惑する僕。

 支店内のどこかの部屋の鍵?

 それか、誰かの家の鍵?

 もしかして、エルフ先輩の自宅の鍵?

 はたまた、エルフの里にあるエルフ先輩の実家の鍵?


 エルフ先輩の愛液と僕の唾液が交じり合った正体不明の鍵は一体どこに差せばよいのだろうか。

 開錠されるのを待つ扉はどこに繋がっているのだろうか。


 少し考えたのち、一つの結論に至る。この鍵を差すべき鍵穴の正体を。

 エルフ先輩と今日まで共に過ごしてきた日々の思い出、そして先ほどの“期待しているよ”というその言葉の真意を探り、その細かな枝葉たちを辿って行った先に導き出された、その答えとは、




 「この鍵は、、、、、エルフ先輩の心の鍵だ。」


 、、、、、、ガチャリ。



 ~ハートブレイク・エンド(六本木エンド)~


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