千年生きる智いエルフと僕が行き着く普通な結末
先輩がエルフであることを告白してきた時、僕はこう答えた。
“たとえ先輩が人間でなくエルフであったとしても、僕にとっては尊敬する先輩に変わりはないです。だから、これからも僕の先輩でいてください。”
「おっはよーございまーす。」
朝の静寂に包まれた職場に彼女の明るい声が今日も響き渡る。
この声の主こそがわが社に勤務しているエルフなのである。
その清廉で中性的な整った顔立ちは人間離れした美しさを放ち、透き通った白い肌はその高潔さを表しているようである。通りすがる誰もが彼女に目を奪われ、男性はもちろん女性をも虜にしてしまう。
そして、いうまでもなく、この会社の誰もが彼女の虜であり、わが社の女神である。
「おはよー、後輩君。」
「おはようございます、エルフ先輩。」
そんな誰もが羨む彼女と僕は席が隣同士なのである。男性職員からは嫉妬を、女性職員からは羨望の眼差しを日々受けているが、さすがに最近は慣れてきた。
「もう、後輩君は朝からテンションが低いな~。」
碧い目で笑いかけてくる彼女の笑顔は反則級の可愛さであり、このエルフ先輩の美しさにはまだ慣れない。というか、慣れることはないと思う。
「いやいや、エルフ先輩のテンションが高いだけですから。」
「そうかな~。」
席が隣同士になった当初、僕の彼女に対する印象は、エルフという種族上、近寄りがたく話しかけられない、そんな存在なのだと勝手に思っていたのだが、実際に話してみると、人懐っこく誰に対しても天真爛漫で明るく接し、喜怒哀楽にあふれている先輩なのであった。
クールビューティな見た目に反するそのギャップには誰もが心奪われてしまう。かく言う、僕もその1人だ。
「今さらですけど、エルフ先輩はなんでそんなに人間と仲良くしてくれるんですか?エルフって人間族を見下しているものかと個人的には思っていたんですけど。」
「まあ確かに、そういうエルフもなかにはいると思うけど、私はね、人間が好きだからみんなと仲良くできたら嬉しいなって思うんだよね。特に、後輩君の事は他の人よりも好きだから、もっと仲良くなりたいなってね。」
「え、、、。」
なんとも反応に困ってしまう。というか、僕のことを好きなのかな、とか恥ずかしい勘違いをしそうになってしまう。
「なーんてね。」
いたずらっ子の顔を浮かべ、僕をからかうエルフ先輩はただただ可愛い先輩なのである。
そんな人生経験豊富なエルフ先輩に僕は時々、いやいつも翻弄されてしまう。だけど、そんな毎日が僕にとっては密かな楽しみになっていることは秘密なのである。
その後もエルフ先輩と談笑していると始業時間を告げるチャイムが鳴り、今日も長いようで短い1日が始まるのであった。
キーンコーンカーンコーン。
お昼時を告げるチャイムがフロア全体に鳴り響く。
「ふー、やっとお昼休憩か。」
軽く首を鳴らし、午前の疲れを取る。
そして、昼休憩のチャイムと同時に空席になった隣の席に目をやり、お弁当を手にした僕はいつもの場所へと向かう。
皆がお昼を食べに階下に行くのに反して、僕は1人上階へと上がっていく。
そして、目的地である最上階の扉を開けた先には、屋上のベンチで僕を待つエルフ先輩がいた。
吹き抜けるビル風に少しばかりなびく髪をそっと手で押さえ微笑む彼女の笑顔は、太陽の光と相まって、さながらエルフというよりも僕を迎えに来た天使のように見えた。
「ダーリン、お風呂にする?食事にする?それとも、エルフにする?」
黙っていれば、本当に天使のようである。だが、黙っていられないのが、このエルフ先輩なのだ。
「えっと、じゃあ最後のやつ以外でお願いします。」
「もう!後輩君、ひどーい。」
頬を膨らませ抗議の目を向けてくるが、無視して彼女の座るベンチに少し間隔をあけて腰を下すが、彼女はすぐさまその距離を詰めてくる。
「あついので少し距離を開けてもらえませんかね。」
「あついっていうのは私たちの恋仲が熱いってことだよね。」
そう言うや否や、腕組みをしてくるエルフ先輩。風が運んでくるエルフ先輩の甘い香りは僕の理性を奪いそうになる。
「違いますよ!気温が暑いってことですよ。」
すぐにエルフ先輩を元居た場所まで引きはがす。
「もう、後輩君ったら照れちゃって。」
口に手を当て、ジト目で見つめてくる。完全にからかわれている。なにもしてこないと確信しているのだろう。
「だ、だれも照れてないですよ。そんなことより、早く食べないと休憩時間終わっちゃいますよ。」
毎度、こんな感じのやり取りをしているおかげで、お昼ご飯を食べ損ねそうになる。
「そうだよ、後輩君。早く食べさせてよ、あーん。」
「それではいただきます。」
「こら、先輩を無視するな!ツッコんでくれないと恥ずかしいんだぞ。」
隣で可愛いエルフが騒いでいるが、気にも留めずに箸を進める。
だが、こんなエルフ先輩と食べる昼食こそが僕にとって一番のご馳走なのであった。
17時になり、今日も終業時間を迎える。
「はぁ。今日も終わった~。」
腕を伸ばし、今日1日の疲れを取る。
「おっ、後輩君は肩が凝っているね。」
「うわっ。なにしているんですか、エルフ先輩。」
いつの間にか背後にいた先輩は僕の肩を揉んでいる。お世辞にも上手いとはいえないけど。
「いやね、後輩の疲れを取るのも先輩としての責務かなと。」
決め顔とともにそう言うエルフ先輩。
「さらに疲れが増すのでやめてもらってもいいですか。」
そんな彼女に素直な感想を告げる。
「ねえ、後輩君。私は意地悪を言う後輩の首を絞めても構わないかな。」
悪い笑顔で肩から首のほうに彼女の手が伸びてくる。
「じょ、冗談ですよ。」
必死の弁明をする。
「それはそうと、エルフ先輩はもう帰るんですか?」
先輩からの絞殺を避けるべく話題を変える。
「うん、今日はちょっと用事があってね。」
残業することが多いエルフ先輩にしては珍しい。
「後輩君は?」
「今日は少し残業します。」
「そっか~。じゃあ、私はさきに帰るけど、帰り道には気を付けるんだぞ。知らない人に声かけられてもついて行っちゃだめだぞ。」
まるで、母親が子供に言い聞かせるように言う。
「子供じゃないんですから、大丈夫ですよ。」
この先輩には僕が小学生にでも見えているのかな。まあ確かに千年単位で生きるエルフにとって人間なんてみんな子供みたいなものか。
「知らないエルフに声かけられてもついて行っちゃダメだぞ。」
「それは逆に行ってみたいですね。」
そんなシチュエーションは絶対にないと思うけど。
「もう!後輩君を一人で帰らせるのは心配だな。」
腰に手を当て、思案するエルフ先輩。
「大丈夫ですから。エルフ先輩も予定あるのに残っていていいんですか?」
「って、もうこんな時間か。早く行かなくちゃ。」
急ぎ帰り支度をするエルフ先輩。
「それじゃあね、後輩君。お疲れ~。また明日ね。」
荷物をまとめたエルフ先輩は、小さな手を振り小走りに職場を後にする。
「お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします。」
こうして僕とエルフ先輩の一日は終わり、また何気ない明日という1日を迎えるのであった。
~ノーマル・エンド~