転入
普通は、まだ親しくもない友人?バイト仲間?にこういうことを聞くのは間違っているかもしれない。
「里奈さん、恋愛する?」
「え、なにそれ」
―ほら、失敗しました。皆さんよく見ておいてください。あまり仲良くない人にいきなり恋愛話を切り出すのは危険です!特に異性には!
麻也は目を細め嫌悪な顔で奏汰を見つめる。その目はまるで獲物を探すライオンのようだ。
「なんで里奈なの」
「だって、一応同居人だから。そういうの知っておいたほうがいいかと」
というのは建前。本音はまた別物だ。
「里奈に聞きなよ。なんで私に…」
「書きたいんだよ。恋愛小説。じゃあ、麻也はしてる?」
「書きゃいいじゃないの」
「簡単に言うな…」
恋愛小説の書き方をしらない奏汰。それこそ恋愛小説を読めばいいのだが、できるだけリアルに伝えるというのが奏汰のモットーの1つ。その人の感情や見たもの、心情を細かく書きたいのだ。文字羅列からではなく、感情から。
「里奈に言えばいいんじゃない?恋愛小説書きたいんだけど恋について教えてくださいーって」
非現実的なものを簡単に述べる。
「言えないでしょ。向こうは一応望のファンなんだし、恋愛小説書いてないことも疑問に思ってる。今投稿したら間違いなく疑われる」
「そういうとこまで考えるんだ」
奏汰の先まで考えたであろう思考に麻也は感心する。
「てか、俺はお前に聞いたんですけど」
「私のクラス、男女の仲よくないから。そういうのない」
「クラスって。まだわかんないだろ。クラス替えあるんだから」
「ない」
きっぱりと言われたその圧に奏汰はまだ続きのある言葉を切る。
「ないよ。私達の学校、クラス替えないの」
「なんでだよ」
麻也がコーヒーを一口飲んで口を開いた。
「元々クラスが学力で分けられてて、エキスパート、特別進学、進学、普通で分けられてるの。だから上がる人は上がるし、下がる人はいない。クラス上がるって言ってもひとクラスから2人くらいって言ってたから。あ、ちなみに私進学クラス」
「エキスパートって頭悪そうだが…」
「ちなみに里奈はエキスパート」
「いやー、やっぱ頭いいクラスってすごいな。尊敬するよ」
「奏汰は?」
―そういえばなんだか学校の資料に書いてあった気がするけど、何だっけ、覚えてないや。
「しーらね」
「まあエキスパートではないでしょうね」
「決めつけは良くないぞ。メチャクチャ受験の点数が高いかもしれないじゃないか」
自慢そうに腕を組む奏汰を麻也は目を細めてみている。麻也も決して頭が悪い訳では無い。元々白躑躅高校は偏差値が低い高校ではない。というより幅広い偏差値の生徒が通う。下は偏差値40から上は偏差値65。その差はなんと25。麻也も偏差値50でも下から2番目のクラス。それに対し里奈は偏差値65でエキスパートクラス。しかもその中でも定期試験の順位は毎回のようにトップ3に入るかなりの猛者。
「そういえば同じ高校行くって、言ったっけ」
「あーそれ。里奈から聞いた」
麻也は飲み物のおかわりを店員に注文した。気がつけば店内には客が増えてきた。ふたりが話し初めて何時間経ったかわからないけど外の日差しの様子、開いた花を見るにもうビルが近いと予測できる。
「よろしく」
―なんだ、麻也っていい奴だったんだ。じゃあもう今日は帰るか。ってなるか!!俺の小説書く時間返せ!
麻也と別れて家に帰った奏汰は自室でもがき、ゴロゴロと転がりまわっている。
別に今日書けなかったからと言って締切が切れてしまう訳では無い。ただ奏汰は書きたかったのだ。物語を想像して創造する。そしてそれを文字にするのがしたかったのだ。そう思ってはいるが、麻也と話した時間を非難している訳では無い。
―カフェなんかイキって行くんじゃなかった。家でじっくり書いときゃよかった。それなら今週投稿する分はもうできてただろうに…。
「奏汰くん」
里奈の声とドアのノックオンがゴロゴロと転がる奏汰を止める。
「はい」
パソコンが閉じているのを確認して奏汰はドアを開ける。部屋の外にはどこか落ち着かない様子の里奈が立っていた。
「どうしたの?何かあった?」
「いや、別にそういうわけじゃ。ちょっと聞きたいことがあって」
前で手を組む里奈。目線が合わずもじもじとするあたり落ち着いてないというのは奏汰にも見て取れた。奏汰は次の言葉を待った。
「奏汰君って、恋してる?」
―はい、デジャブー!さっきこんな話麻也ともしました!デジャブのいい例です!
思わず吹き出しそうになるのを必死に抑える。
「ちょっと、何笑ってるの?」
「ごめんごめん。ついさっきそんな話してたから」
「え?誰と」
「いや、動画で見てたから」
別にごまかす必要はないのに、奏汰はしらばっくれた。しかし里奈は「そうなんだ」と疑う素振りを見せなかった。
「恋は俺しないかな。逆に俺が聞きたいくらいだもん」
―あっ…。
思わす口を滑らせてしまったと、言ってから後悔する。
「え?なんで?」
案の定聞き返され、動揺を隠せなくなった。
「イ、イヤーソノー。俺も恋とかしないし、俺も里奈さんが恋するかどうか気になってたというかなんというか」
取り繕うも隠せた気がきしない。しかしこの僅かな情報の中で奏汰が小説家であることを見抜くのは相当厳しい。いや困難であろう。
「そうなんだ。私もしたことがないからちょっと気になっちゃって」
里奈の顔は落ち着かない様子が続いていて、何かまだ疑問が晴れていない様子だった。
―でも、なんでいきなりそんなこと聞くんだろ。
奏汰も奏汰で、疑問が生まれてしまったようだ。
奏汰はこの高校の1年生。学年は同じ2年生であるが、経験の差、この高校での知識は麻也や里奈のほうが先輩。今日奏汰は白躑躅高校の生徒として通うことになった。道は里奈に案内してもらい、クラスは麻也と同じ進学クラスだった。
先生が紹介してくれて、自己紹介を軽く済ませた。麻也はそんな奏汰をからかうような、到底見守る様な目では見てなかった。
「同じだったじゃん」
「俺も普通のやつだったって訳だ。なんか悪いかよ」
「別に。私話し相手できて嬉しいし」
周りの視線が気になる。男女仲の悪い進学クラスにて、男女で話している光景というのは珍しい。
「ほんとに仲よくないんだな」
視線に気づいた奏汰が耳元で声を出す。
「まあ、ずっとだからもう慣れたけど」
「慣れていいことじゃないだろ…」
奏汰は目を細めた。麻也は周りの目を気にしてないかのように歯を見せる。高校2年生、同じクラスで2年目ともなれば男女仲もそこそこ深まるものだろう。しかしこのクラスは違う。男女で話すとは程遠く、真ん中に大きな壁がありそれで阻まれているようだ。
「喧嘩でもしたのか?」
「別に。ただ話してないだけ」
「ただって…」
「でも行事ごとの協調性は抜群なの。ビジネスならできるのかも」
麻也の言う通り、去年の体育祭ではクラスの一致団結が必要な大縄では、どのクラスよりも多くの回数を飛んだ。大きな掛け声、息ぴったりのジャンプ。それはもう仲睦まじいクラスだと、周りは思うだろう。しかし競技が終わるとどうだろう。クラスは二分、3分と分断し協調性の面影は1つもない。クラス対抗など、クラス絡みで何かあるときや実験などは上辺だけの仲をつくりあげ、理科担当の教師は圧倒的な手際の良さに度肝を抜かれたほどだ。
「え?麻也のクラスなの?あちゃ〜。あそこ大変だよ?」
放課後、奏汰は里奈と構内を歩いていた。最後のホームルームが終わったあと、校内紹介をと、里奈が奏汰を捕まえた。かなり広い校舎だ。普通に一周するのにも時間を要してしまいそうだ。
「やっぱり…。今日見ても男女で話してただけで視線が冷たかったんだよ」
「だから私もあのクラスは麻也の用事以外行かないようにしてる」
里奈が笑いながら答えた後、眼の前に現れた教室の紹介を始めた。
「ここが文芸部って言う部活の部室だよ。ちなみに私の部活です」
「文芸部?!」
―文芸、国語=文字=小説!
「どうしたの?もしかして好き?」
「い、いやイマドキこの部活が残っているなんて…」
「そこ?でも、確かにそうかも。私もあるってしらなかったもん」
「文芸部って、小説書くの?」
「うん、まあそんな感じ。あとは本とか詩集、和歌集とかも置いてあるからそれを読んで、まあ全部は小説コンテストに出すためなんだけど」
里奈は部室を持っていた鍵で開けた。その鍵はどこで使うんだろうという奏汰の疑問が取れた。
中はすべての壁が本棚で埋まっていて、その真ん中に長机が4つ置かれている。4脚のパイプ椅子がそれぞれ2つずつ向かい合うように置かれており、何やら重要な商談が行わられそうな予感さえする。
「小説コンテスト?」
「毎年4回あるんだけど、それに応募して賞を取ったり、いい評価がもらえたりしたら書籍化したりすることがあるらしいの」
―へえ、そんなものが。もしかして俺がやったら書籍化されるかな。
なんて悪ガキみたいな妄想をしてるんだろう。里奈のいうコンテストは実は新人作家を発掘するのが目的のため奏汰のような小説家はもう対象外なのだ。
「え、小説書いてるってこと?」
「実は。ちょっとコンテストに出してみようと思ってて」
数日前のあの落ち着かない様子とかぶる。
―もしかしてあのとき…そんなわけ無いか。
「どんな小説書いてるの?見せてよ」
「え、恥ずかしいよ」
頬を赤らめる里奈。それもそのはず読み手はまさかの天野望!…だから緊張しているというわけではない。今まで密かにネットに投稿し、誰にも(知り合いには)読まれないようにしてきた。
「読んでみないと改善点とかわからないでしょ?」
奏汰はまた一歩歩み寄る。
「教えてあげるから」