開けたい、閉めたい ①
扉を閉める。
何気ない行動に意味はあっても意思はない。
開ける、閉める。ただの無意識の行動にすぎない。
昔から、開けるという行動は得意ではない。
あの人は他人に対して壁を作ってるから
何気なく聞こえてしまった同僚の陰口。聞こえてしまったのだから、ただの悪口になるが。
悪口を言われたことはどうでもいい。壁を作ってる、その一言の方が気に入らない。
人と人の間に壁なんてない。あるのは扉だろう。
人と関わるのは疲れる。信頼なんて仕事上の立場だけでいい。
だから、他人との間に扉を作る。鍵がなければ開けられない。多くの人は他人と関わることを求めるが、私にはその感覚が理解できない。
相手の都合でヅカヅカと入り込まれるなんて、嫌悪感しか生まれない。だから、鍵をかけて誰も入れないようにする。そうすれば、誰も傷つかない。関わることによって生まれる幸せもあるだろうが、関わらずとも幸せは感じられる。
他人の生き方を理解するつもりはない。だから、私の生き方も理解してもらおうと思わない。
求めているのは、ただの平凡な日常なのだから。
「松平さん。この書類、お願いします」
『あ・・・ 今日まででしたっけ』
私が手にする書類を見て、彼の視線が泳ぐ。
『えーっと、あと2時間で帰宅予定だったんですが』
「・・・私の確認が遅かったと」
『あ、いや!織田さんはホント、テキパキ仕事するし、俺のミスでホントすみません』
「ミスではありません。今日提出していただければ」
『はい・・・』
申し訳なさそうに彼はうつむく。私がその場を離れると、彼の回りからからかうような言葉が聞こえる。私は悪者扱いでもされているだろうか。・・・悪者に関わろうという人はいないと考えれば、ありがたい話だけど。
『終わり、ましたぁ』
「はい。ありがとうございます」
どんより、と言う言葉を背負うように。松平さんは書類を提出してきた。会社内にはもう誰もいない。残業に付き合う人など、実際いないという現実だ。まぁ、それぞれの生活があるのだから当然。他人なんてそんなものだ。
『いやぁ。でも助かりました。俺、忘れっぽい性格で』
「忘れやすい性格と言うものは存在しないかと。もし酷いなら一度、病院に行くことを検討されては」
『あー。ですね・・・』
私はパソコンの画面を見たまま受け答えを済ませる。松平さんの書類に不備がないか、そこにしか目的はない。
『帰らないんすか?』
「提出していただいた書類の確認をおわらせるので」
『え。・・・なんか、すみません』
「仕事ですので」
『はぁ・・・ そう、ですか』
手を止めずにそう答えれば、松平さんは私に背を向けた。時計を見れば19時。松平さんが帰る予定だった時間から1時間経っている。
(・・・ようやく一人になれる)
心に少しの余裕が出来て、気持ちが少し楽になる。
隣の席に、鞄が置かれる。
「・・・なにしてるんですか」
突然のことに、思わず手が止まる。
『え。残りの仕事って、書類の確認ですよね?』
「そうですが」
『だったら待ちますよ!俺のせいで織田さんが仕事してるって申し訳ないし』
「それは松平さんにご迷惑かと」
『だいじょぶだいじょぶ!俺、実家暮らしだし!彼女いないし!』
・・・そういう意味ではないのだが。そんな気持ちを余所に、彼はスマホの画面を見始める。
(・・・すごく、気が散る)
「あの、すみません」
『ん?あ、なんか飲みます?コーヒー?炭酸?お茶?買ってきますよー!』
「・・・じゃあ。ココアを」
『ココアね!お任せあれ!』
勢いに押され思わず頼んでしまった。彼はとても機嫌良くオフィスを出ていく。なぜあんな元気なのだろう。
「・・・苦手」
他人との間に作った扉。鍵をかけて、誰も開けられない扉。
その扉を。
優しさゼロで、叩かれている気分だ。
続