第十話「王子の純愛と、はじまりの勇者」そのさん
全ての並行世界と神々の世界を全て滅ぼす『戒めの魔女』となった『始まりの勇者』の封印するため、ラドルーム王城にあると言われる『聖剣ブレイブ』を回収することを命じられたアマネたちは、ラドルーム王国にある聖ラドルーム大聖堂病院に送られたユウキたちと合流を果たす。レディ・キルティの呪いによって妊婦になったユウキは、無害な妖精となったレディ・キルティを出産するも彼女を許し、人間に害を加えないことを条件に彼女を受け入れた。そして、ラドルーム王城に向かったユウキたちに、『聖剣ブレイブ』を狙うフェゴレザードの軍勢が襲い掛かり、ユウキは戦いのどさくさに紛れて聖剣ブレイブを持ち出した少年を追いかけるのであった―――。
「こ、こんにちは……」
ユウキは、聖剣を持って部屋の中に逃げ込んだ少年を追って、ゆっくりと赤い扉を開ける。
「あっ、あっ……」
すると、その部屋にいたのは金髪の小さな少年だった。年齢にしてまだ8歳くらいの少年だろうか。心底怯えた表情で、くまのぬいぐるみを抱きかかえながら、ピンク色の剣を構えて、ユウキを見上げていた。
「それは……」
ユウキには、すぐにわかった。彼の持っているピンク色の剣こそが、紛れもなく……『聖剣ブレイブ』だろう。
「あの……」
「こ、ここはお母様の部屋だ……だから、だから!」
ユウキが声をかけようとすると、少年は涙目で剣をこちらに向ける。
少年は、怯えながらも、必死な顔でユウキの顔を睨みつける。恐怖でいっぱいだろうに、この宝物を絶対に守る責任感に満ちた少年の表情を見て、ユウキはつばを飲み込むと、目を細めた。
「……だいじょうぶ。よく、その剣を守ってくれたね」
ユウキは、少年の目線の高さにあわせるようにしゃがむと、優しく微笑んだ。
「あ…………」
「僕はユウキ。この城を、魔物から守るためにやってきた……勇者だ」
ユウキは、優しく微笑んで少年の頭に手を置いた。
「お……お姉さんが……勇者……?」
その少年……王子『トウロ』は、翡翠色の瞳でユウキを見つめる。自分と同じ目線に立った彼女の目は、七色のオパールのように輝き、艶々のロングストレートの黒髪は、まるで光る草原のような美しい、どんな女性よりも綺麗な髪だった。そんな彼女は、目の前で自分に優しくほほ笑んだ。
(き……キレイだ……!)
王子トウロは、齢7歳の幼い少年だ。自分よりもずっと年上で、ミニスカメイド服を着た綺麗な黒髪の彼女に――――王子は、生まれて初めて芽生えた淡い恋心を自覚した。
「ぼ……ぼ……」
トウロ王子は、カランとピンク色の剣を取り落とす。
「おっと」
ユウキは、慌てて剣を拾おうと手を伸ばす。
「ぼくと!! け、けっ……」
王子は、緊張で震える声でユウキにある言葉を言おうとした。
バタァン!!!
「!」
すると、強烈な強風が吹き荒れ、金色の窓枠で飾られたガラス窓が勢いよく開く。
ビュオオォォ……!と強烈な風は更に暴風のように勢いを増し、何度もバタンバタンと壁にたたきつけられた窓ガラスがパリィン!と割れてガラス片が飛び散る!
「危ない!」
ユウキは背中のマントを広げて、窓ガラスの破片からトウロ王子を護るように背中で庇う。
「お、お姉さん……!」
トウロ王子は、思わず必死になってぎゅうっとユウキのお腹に抱き着く。小さなガラスの破片が、ユウキのマントや髪にぶつかって散らばる!
ピシャアン! すると、さっきまで昼間だった空が、まるで昼夜が入れ替わったかのように真っ暗になり、黒い暗雲がたちこめると、邪悪な稲光が雷となって辺りに降り注ぐ。黒い雲の隙間から、太陽の代わりに不気味で真っ赤な月が浮かび上がり窓際を照らす。
「ほう……ラドルーム王家の王子か……」
すると、窓の外からバサッ、バサッと何者かが悪魔の翼をはためかせ、ゆっくりと降りてくる。
(あ、あの声は……!)
ユウキは、背中越しに感じるプレッシャーに、振り向くのを一瞬ためらった。
「悪いな、驚かせた。突然の来訪、許せよ」
ただ、その声はユウキにとって一番忘れられない聞き覚えのある声だった。
幼い少女のようでいて、老獪でいて飄々とした、何よりも恐ろしく、威圧感のある声。
「ユウキ……久しいのう。なんじゃ、怯えておるのか?」
その少女は――――ゆっくり窓から部屋に降り立つと、翼をバサッと収納し、自らの腰に手を当て胸を張る。
「どれ、こっちを向け。久しぶりに成長した顔を、ワシに見せて見よ」
ユウキの背後でほほ笑んでいたのは――――まぎれもなく、『魔王チーマ』であった。
「ま……魔王!」
ユウキは、瞬時に手から『シャイニングソード』を生み出すと、一瞬で背中越しの魔王チーマに振り向きながら剣を突き出す!
「よさぬか、ワシは今そういう気分ではない」
魔王チーマは、突然の不意打ちにも一切顔色を変えずに、左手だけで触れずに光の剣を弾いてみせる!
「ぐっ……!」
攻撃を弾かれたユウキは、左腕で王子を抱えながら魔王から距離を取る。
「強くなったのう……分かるぞ。その気迫、覚悟、剣技……初めて会った時より、いい男……いや、いい女になったな、ユウキ」
魔王チーマは、先ほど剣を弾いた自分の左腕を見つめながら、優しい声でユウキに語り掛ける。
「ぼ、僕は男だ!」
「まあどちらでもよいではないか……わざわざ魔王城から魔王が自ら出向くのも珍しき事よ。たまにはゆっくり旅の話でも聞かせてくれてもいいんじゃぞ?」
そういうと、魔王チーマはガラスの破片を踏みながら、一歩ずつ歩き出す。
「お姉さん! 剣が!」
「! 聖剣ブレイブか!」
ユウキは、先ほどの拍子で王子が床に落とした剣が魔王の足元に落ちていることに気付いた。
(まずい! 聖剣ブレイブが、魔王の手に渡ったら、大変なことになる!)
ユウキは、トウロ王子を壁際に座らせると、足を踏み込んで床に落ちた剣に向かって跳躍する!
「それは……渡さない!」
ユウキは、床の剣を拾おうとする魔王チーマより先に、床の剣に向かって手を伸ばす!
「何を勘違いしておる……贋作に騙されおってからに」
すると、魔王チーマは、左手の指をパチン、と鳴らす。
次の瞬間、王子が落とした床の剣が、一瞬で紫色の炎に包まれた!
「け、剣が!」
「ユウキ……これは贋作じゃ。大昔にワシが作ったものじゃ」
すると、魔王チーマはぽいっとユウキの足元にカランカラン、と一振りの剣を投げ捨てた。
「ど、どういうことだ……? な、なんなんだよ! この剣は!」
ユウキは、思わず咄嗟に魔王が投げ捨てた剣を拾い上げる。すると、
「うっ!?」
ドクン。ドクン。剣の鞘に触れた瞬間、ユウキに力が流れ込んでくる。それは、紛れもなくさっき燃やされた剣とは比較にならないくらいの、圧倒的な力のエネルギーを秘めた剣であることが、ユウキにははっきりとわかった。
『う、う~ん……誰? あ~しを呼ぶ声は……?』
すると、テレパシーでユウキに声が伝わってくる。女性のような声だが、間違いない。『聖剣ブレイブ』本人の声だ。
「それが正真正銘の『真作』じゃ……ワシが魔王城で保管しておった」
魔王チーマは、ユウキに背を向けると窓から赤い月の月明かりを見上げた。
「なんだって……? 魔王が……『聖剣ブレイブ』を保管してた?」
ユウキは、思わず魔王チーマに問いただした。
「ワシだって黙っておったんじゃよ? おかげで女神たちもその『贋作』が本物だと思い込んでおったようじゃからのう」
魔王チーマはニヤニヤ微笑みながら言った。
「だったら……なんで! 神々の武具が勇者の手に渡ったら、お前だって危ないんじゃないのか!」
「当たり前じゃ! ワシとて死にとうない……願うことなら、もうしばらくワシの手元に置いておきたかった」
魔王チーマは、はぁ……とため息をついた。
「じゃがのう……流石に『戒めの魔女』が復活するとあっては、リスクがあってでもお主たち魔法少女に封印してもらう他ないのじゃよ……苦渋の決断じゃがな……」
魔王チーマは、苦虫を嚙み潰したような顔で本物の『聖剣ブレイブ』を見つめた。
『魔王チャン、や~っとあ~しを解放してくれたの~? ず~っと宝箱の中でマジ暇すぎてつらたんぴえんだったし~』
聖剣ブレイブが言った。
「じゃあ、つまり……」
「あんまり言いとうないんじゃが……ソレやるから、頑張って『戒めの魔女』を封印、もしくは討伐してくるのじゃ。でなけりゃ魔王VS勇者どころじゃすまないのじゃ」
すごく不服そうな顔で、魔王チーマは涙目でユウキを睨みつけた。
「……いいの? それで」
呆れ顔でユウキが言った。
「ワシだって自分でやれるならやっとるわい! じゃが、もう二度とあの女と戦うのは、ワシだってゴメンじゃ! お前たちとやり合う前に死にとうないからな! じゃから、代わりに『戒めの魔女』の封印ができるのは、全ての神々の武具を揃えた魔法少女にしか行えん!」
魔王チーマは、頬をぷく~っと膨らませると、胡坐をかいてドカッと床に座った。
「ええと……そうか。さっきアマネたちに聞いたけど、お前は『戒めの魔女』になった始まりの魔法少女と戦って、相討ちになったんだっけ?」
「ああ、お陰で傷を癒やすために数十年も眠りにつくことになったんじゃ……しかも眠りにつく前に無理やり神々に力を分け与えられ、封印の手助けまでさせられ……もうワシはイヤじゃぞ! 勇者に負けるならまだしも、あの女に負けるのだけはな!」
魔王チーマは、懐から葡萄酒の瓶を取り出すと、ゴクゴクと酒をラッパ飲みで呑み始めた。
「…………」
ユウキは、無言で神妙な顔をしながら手に持った『聖剣ブレイブ』を見つめる。
『ま、あ~しとしては早く勇者チャンのとこに戻りたかったし~! 結果的にオーライって感じ?』
聖剣ブレイブは、なんというか軽い感じのギャルって感じで喋っていた。
「頼むぞ、ユウキ・メイドよ」
魔王チーマは、葡萄酒の瓶を飲み干すと、背中越しにユウキに言った。
「お前との勝負が、ワシの楽しみであり、生き甲斐なんじゃ……つまらない奴らに水を差すことを、ワシは許したくないんじゃ」
チーマが悲しそうな声でこぼした言葉は、紛れもない彼女の本音だった。
「チーマ……」
『魔王チャン……』
「なりません! 魔王様!!!」
すると、バァン!とドアを蹴り破って、黒焦げのフェゴレザードが部屋に押し入ってきた。
「フェゴレザード!?」
「こらぁ! 待ちニャさ~い! ……って、魔王!?」
ユウキが驚いて振り向くと、フェゴレザードを追ってきたアマネが、チーマに気付いて驚きの声をあげる。
「久しいな、アマネ・キャットよ……じゃが、あまりうかうかしてもいられんか」
「魔王様……! 貴方様が直接このような場所へおいでになるとは……!」
フェゴレザードは、ぺこりと頭を下げる。
「フェゴレザード! 貴様まだワシが謹慎の命を解いておらぬじゃろう! しかもいきなり人間共の本拠地に乗りこむなど……!」
チーマは、額に血管を浮かばせながら鬼のような表情でフェゴレザードを叱りつけた。
「で・す・が! これも全て魔王様のためで……聖剣を取り返せば、魔法少女と神々は『戒めの魔女』との同士討ちで疲弊し、魔王様の勝利に……!」
フェゴレザードは、必死で息を切らせながら弁明する。
「え? でも、聖剣って魔王が持ってたんじゃ……」
ユウキが小さな声でボソッと言った。
「イヤ知らんな。それはさっきお前にやったからもうお前たち勇者のものじゃ、ワシは知らん」
「え?」
「フェゴレザード……お前は『戒めの魔女』の恐ろしさを知らんからワシなら勝てると思っておるんじゃな? 甘い。甘すぎる! ワシがお気に入りの《魔界デスプリンアラモード~邪悪地獄極ver.~》よりも甘い!」
魔王チーマは、怒りのままに手に持っていた葡萄酒の空き瓶をフェゴレザードの頭に叩きつけた!
「ひぃぃ!」
特にダメージがあるわけではなさそうだが、飛び散ったガラス片に、フェゴレザードは縮み上がる。
「戒めの魔女は『魔王と勇者が手を組んで、ようやくトントン』の化け物じゃ! 宿敵じゃろうが、今は手段を選んでおれん!」
「で、ですが……」
「死も生もありゃせんわ! 帰るぞ! 魔法少女共が封印に失敗した時に備えて、戦支度せねばならん!」
魔王チーマは、窓枠に足をかけると、バサッと悪魔の翼を広げた。
「ぐ、ぐぅぅぅ……! 致し方ありません……」
フェゴレザードは、がくりとうなだれると、膝をつく。
「ちょっと! 逃げるつもり!?」
「…………ですが」
アマネが制止しようとしたその瞬間、フェゴレザードはギラリと目を光らせた!
「私が憧れた魔王チーマはァ!」
すると、フェゴレザードはスーツの袖がビリビリに破けるほど右腕の筋肉を膨張させた!
「そのような腑抜けたお方では、なかったのですよぉぉぉ!!!」
フェゴレザードは巨大な剛腕を振り上げ、そのままチーマに向かって駆け出した!
「まさか、魔王を裏切るのニャン!?」
「チーマ! 危ない!」
思わずアマネとユウキが叫んでいた。
「臆病者め! ご逝去あそばせろぉぉぉぉ!!!!」
ゆっくり振り向いたチーマの顔面に、フェゴレザードの拳が振り下ろされようとした!
「パパ! だめ!」
すると、チーマの前に、妖精になったレディ・キルティがバッと飛び出した!
「!」
フェゴレザードは、慌ててピタッとレディ・キルティにぶつかる直前で拳を制止させる。
「キルティ……! あ、アナタが、生きて……!」
フェゴレザードは、涙を流してへたり込むと、しゅるしゅると膨張させた筋肉が元に戻っていった。
「パパ、だめ……ママが、悲しむ」
レディ・キルティは、ふわふわとフェゴレザードの手のひらに降り立った。
「キルティ……! 私の……愛しの娘よ……!」
フェゴレザードは、泣きながらレディ・キルティに頬擦りをする。
「キルティ……」
ユウキが、涙を流すフェゴレザードを見つめる。
「……フェゴレザードよ」
すると、魔王チーマは振り返らずに行った。
「付いてこい。ワシは『魔王』……! どんな手段を使ってでも、人類と神々を滅ぼし、世界を魔族の為に手に入れる野心を、ワシは捨てぬ……そのためには、オマエのような魔王を超える野心のある者たちを全て従えなければ、魔王として示しがつかぬというもの」
それだけ言うと、魔王チーマは翼をはためかせて窓際から飛び立った。
「……ママ」
すると、レディ・キルティは心配そうにユウキを見た。
「フェゴレザード……今、キルティは人間と魔族の架け橋になろうとしているんだ。僕も、魔族のことは正直許せない……でも、今は『戒めの魔女』を封印するために、魔族と魔法少女が、協力しないといけないらしい」
ユウキが手を広げると、レディ・キルティがふわふわとユウキの元へ戻った。
「……たかだか人間と神々の為に、思考放棄して一方的な正義を掲げるだけの操り人形の分際にしては、なかなか賢しいことを仰るのですね」
フェゴレザードは、ゆっくり窓に向かうと、窓枠に足をかける。
「いずれ、人間共は全て皆殺しにし、私は私の娘を取り戻します……それまでせいぜい魔王様のお役に立つのですよ。魔法少女の皆様」
フェゴレザードは、そう言うと悪魔の翼を広げて、窓から飛び立っていった。
~そのよん へ続く!~




