第十話「王子の純愛と、はじまりの勇者」そのに
イカナッペ村を襲った四天王、フェゴレザードとレディ・キルティを撃退したアマネたちは、女神ゼウに呼び出されると、魔王よりも恐ろしいと言われる最悪の魔女『始まりの勇者』を封じこめた『アイスエッジ神殿』の封印が溶けようとしていることを告げられる。事態を早急に解決するために急ぎラドルーム王城にあると言われる『聖剣ブレイブ』を回収することを命じられたアマネたちは、ラドルーム王国にある聖ラドルーム大聖堂病院に送られたユウキたちと合流しようとしたのだが―――。
「しっかり! 気を強く持ってください!」
ユウキの隣には、三人のシスターが控えていた。一人の若いシスターはユウキの手を握って、もう一人の黒肌のおばさんシスターはユウキの腹をさすり、もう一人のおばあちゃんシスターは目をつぶって両手を握りブツブツと祈りを捧げていた。
「ああああああああ~~~~!!!!!」
「大丈夫です! 大丈夫ですから!」
「はい! 息をして! ひっひっふー! ひっひっふー!」
「神よ……悪しき呪いから勇者様をお守りくださいまし……!」
「あ、あああ……産まれるぅぅぅぅ~~~~~~!!!!」
「え、えええええええええええええ~~~~!?!?!?!?」
朝日が昇る早朝の病院に、ユウキとアマネの大きな叫び声が響き渡った―――――。
「…………おお、神よ! 感謝いたします」
そして、祈りを捧げていたおばあちゃんシスターが、天を見上げて言った。
「おめでとうございますユウキ様! これで……ユウキ様に憑りついていた悪しき呪いは消え去りました!」
ユウキの手を握っていた若いシスターが言った。
「……え?」
アマネが、ユウキを見る。先ほどまでぽっこり膨らんでいたユウキのお腹は、元の細身の少女のお腹に戻っていた。
「はぁ……はぁ……これで、僕の身体は戻ったの……?」
ユウキは、安堵した表情でお腹をさする。
「ええ! 聖なる祈りによって悪魔の呪いは浄化されました」
「悪魔の呪いがユウキ様の体内に侵食し、膨らんで膨張していたのです……あのままでは、腹を突き破って邪悪な悪魔が誕生したことでしょう。よかったよかった……」
黒肌のおばさんシスターと若いシスターがユウキに説明した。
「なぁんだ……」
アマネは、ぺたんと腰を下ろした。
「妊娠してたわけじゃなくて、呪いのせいだったのね」
ヒメコが言った。
「よかった~……ご祝儀とか出さないといけないかと思っちゃった」
「なんであの植物女に孕まされて金出さないといけないのよ」
ミクルが半泣きで安堵したようにそう言うと、ヒメコがツッコんだ。
「じゃあ、もうユウキの身体に呪いはもうないのね?」
アイルがシスターたちに聞いた。
「はい、おそらくは……」
と、シスターたちがユウキに振り向いた時だった。
「……戻れない」
ユウキが、ぼそっと言った。
「え?」
「戻れないんだ! 変身が……解けない!」
アマネが思わず聞き返すと、ユウキが言った。
ユウキが力んで変身を解除しようとするが、なぜか変身が解けない。
「ど……どういうことなの?」
アイルが言った。ちなみにアマネは変身前の姿のままで、変身はしていない。ユウキだけが、変身したまま元の姿に戻れないのだ。
「《二つの・奇跡の魔法少女》は本来、二人で同時に変身しなければ変身は解けるはず……でも」
アイルが言った。
「そっか……! もしかして、あたしが一人で変身できるようになったから……?」
アマネは、はっとした顔でユウキを見る。
「でも、そんな話聞いたことないわよ」
ヒメコが言った。
「……ゼウ様~! ゼウ様~! 説明してください!」
ユウキは、ゼウに呼びかけた。
『……え、ええ~っとですね……その……』
すると、戸惑った様子のゼウの声が5人の頭の中に響いてきた。
「……例によって、想定外、ってわけ?」
ヒメコが怪訝そうな顔で言った。
『その……お恥ずかしいですが、その通りですね……《二つの・奇跡の魔法少女》の資料は神々の中でも色々あるのですが……こんなことが起こったのは今回が初めてでして……その、マニュアルには何も……』
ゼウは、必死な顔で色んな本をペラペラ漁って探している。
「……なら、MPが切れれば変身が解けるんじゃないかな? 流石に、丸一日も放置していれば……」
と、ミクルが言おうとした時だった。
「きれないよ」
すると、凛とした少女のような声が、部屋の中に響いた。
「お兄ちゃんは、ず~っとこのまま、だよ」
「この声……!」
「まさか!?」
アイルとヒメコが、戦闘態勢をとる。その声は、5人にとって忘れられない声だったからだ。
「レディ・キルティ……!? どこよ! 姿を現しなさい!」
アマネが叫んだ。
「ここだよ」
部屋の中央に、声がこだまする。
「……ん!?」
すると、ユウキが天井を見る。天井のランプの上に、ふわふわとピンク色の何かが見えた。
「いた! 天井のところに!」
ユウキが指を指した。
「どこ!?」
「ここだよ」
すると、それはふわふわと、ユウキの鼻先に降りてきた。
小さな悪魔のような羽だが、それは悪魔というよりは……『お花の妖精』というのが正しいような、小さなお人形のようなサイズの妖精のような姿の『レディ・キルティ』だった。
「アンタ……死んでなかったって言うの!?」
ヒメコは、手のひらにボウッと炎を燃やしてレディ・キルティを睨みつける。
「ううん……死んだよ。私の本体は、死んじゃった。でも……」
妖精のキルティは、ふわふわと弱々しく飛びながら、ユウキの手のひらの上に舞い降りた。
「可愛かったの……お姉ちゃんたちが。知りたくなったの。魔法少女が……だから、お兄ちゃんやお姉ちゃんとずっと一緒にいられるように、呪いを込めたの。お兄ちゃんが、私のママになってくれますようにって」
そして、呪いを込めた毒液をユウキの体内に吐き出し、呪いの中に自分の分身を作った。
「そしたら……もう、たたかう力はないけど、お兄ちゃんたちと一緒にいられるよ。だから……お兄ちゃんとずっと、ずーっと一緒にいる」
ふわふわとキルティはユウキの鼻先に近づくと、ユウキの鼻にチュッとキスをした。
「……ちょ、ちょっと! ダメよそんなの!」
アマネが、慌ててユウキの顔からキルティを引きはがす。
「そうよ! コイツが私たちにした仕打ち! 忘れたとは言わせないわよ! コイツ今すぐ捕まえて黒焦げにしてやるわ!」
ヒメコは、ボウボウと両手から炎を噴き出した。
「そーだそーだ! いくら優しいボクでも、流石にコイツは許しておけないネ!」
ミクルも言った。
「ま、待ってよ!」
すると、ユウキがベッドから立ち上がった。
「……もう、戦う力を失くしているみたいだし……もうこれ以上、戦うことはないんじゃないかな……弱い者いじめみたいで、気が引けるし……」
ユウキはそういうと、両手を皿のようにしてキルティの足場を作る。
「ママぁ……」
キルティは、母親に甘えるようにユウキの手のひらの上に座った。
「ユウキ君……気持ちはわかるけど、でもその子は……」
アイルが言った。
「魔王軍の四天王だから、また何かするかもしれない……そう言いたいんですよね?」
ユウキは、手のひらに乗ったキルティに目を合わせる。
「キルティ……君はいい子だから、僕の言うことを……聞いてくれるよね?」
「うん! ママのいうコトなら、なんでもきくよ」
「じゃあ……もう、魔王やフェゴレザードの言うことを聞かずに、人間たちに危害を加えたり、悪さをしたらいけないよ。約束……守ってくれるね?」
優しい顔で、ユウキはキルティに言った。
「うん! ママが言うなら、約束、守る!」
キルティは、笑顔でにこっと頷いた。
「……アイルお姉さん。ミクル君、ヒメコちゃん……そういうわけだから、この子の命……見逃してあげて欲しいんだ。お願いします」
ユウキは、頭を下げた。
「でも……」
「……はぁ。ほんっと甘いんだから」
やれやれと、ヒメコがため息をついて両手の炎を消した。
「ま、流石に自分が腹を痛めて産んだ子は殺せないヨネ! 仕方ないかぁ」
ミクルが言った。
「いや、別に僕はこの子を子供だとは思ってないけど……」
「……でも、ユウキの変身が解けないのは、この子のせいなんでしょ? どうするのよ?」
アマネが言った。すると、キルティが言った。
「ママが男に戻れない呪いは、しばらく解けないよ」
「ええ~……それ、困るんだけど」
「どれくらいで呪いは解けるの?」
アマネが聞いた。
「ん~……わかんない。数週間か、ひと月か……もっと早いかもしれないし、もっと遅いかもしれない。キルティの気持ちが消えるまで、きっと消えない」
キルティは、ユウキの肩にとまった。
「そんな無責任な……」
「だから、お兄ちゃんがママになるのをやめたかったら……キルティを殺して。キルティは……ママにママでいてほしい……」
キルティは、涙を流してユウキの頬に頬ずりをした。
「…………お母さんが、恋しいんだね」
ユウキは、そんなキルティに優しい声で語り掛け、そっと指でキルティを撫でた。
「僕も……わかるよ。僕だって……お母さんが恋しくて泣いたことは、一度や二度じゃないから」
ユウキは、旅の途中で、4人が寝静まったころにこっそり、木陰の裏で泣いた日々のことを思い出していた。
「ユウキ……」
そんな寂しそうな表情のユウキに、アマネは何も言えなくなるのであった――――。
「……それで、結局どうするの」
魔法少女たち5人と、ミートパティ、ワイルド・バロンは、街の広場の前のカフェのテラスで、朝食を食べながら今後のことを話し合っていた。
ユウキは、聖ラドルーム大聖堂病院の医者たちに診てもらった結果、変身の解除ができないこと以外は特に異常がないとのことで、その日のうちに退院することになった。
「ぼく……ユウキが心配でごはんものどを通らないよ~」
ミートパティは、涙目でユウキに抱き着く。
「あはは……大丈夫だから。ほら、ニンジン食べな」
「食べるぅ~」
ユウキはイカナッペ村から持ってきたニンジンをミートパティに差し出すと、ミートパティはニンジンを両手で掴んで生のままニンジンをばりばり食べる。
「とりあえず……まずはラドルームの王城に向かい、『聖剣ブレイブ』を受け取りに行きましょう。始まりの勇者の封印が溶けるまで、猶予はないと考えた方がいいわ」
イカスミスパゲティを食べたアイルが、ナプキンで口を拭く。
『それと……『純愛のルージュ』を忘れてはいけない。検索した結果、『純愛のルージュ』もラドルーム王城にて保管されているのを記録で確認した。今後の攻略のために必要なアイテムである』
すると、アマネがかぶっている全知の兜『メタ』が言った。
「そうなの!?」
『さすがメタ兄さんだべ! 何でも知ってるんだべな!』
『素晴らしい……素晴らしい……素晴らしい……』
聖盾シブトと、自由の鎧ガンボイがメタを褒めた。
「確かに、魔王攻略には必要なアイテムね……始まりの勇者対策と並行して考えないといけないのは、少しこんがらかりそうだけど……」
「まさに一石二チョ~!ってやつジャン! いいね! ゲームの攻略情報みたいにサクサク進んじゃおう!」
ミクルが、上機嫌でチーズオムレツを食べながら言った。
「…………」
すると、ワイルド・バロンが複雑そうな顔で、食事の手を止めた。
「なによ?」
ヒメコがワイルド・バロンに言った。
「いや……『聖剣ブレイブ』も、その『純愛のルージュ』とやらも……魔王チーマとその始まりの勇者とやらを倒すために必要なのだと聞いてな。少々……考え事をしていたのだ」
「そういえば……アンタは『ビスタの里』の出身だものね」
ヒメコは、元々『聖剣ブレイブ』は、世界樹の頂上に安置されていたものであったことを思い出した。
「えっ!? バロン様、ビスタの里の出身なんですか!?」
アマネが驚いた。
「まあ、獣人族だからな……知っているだろうが、元々『聖剣ブレイブ』は女神様から我々獣人族に賜ったものを、人間たちとの戦争によって人間に奪われ、あの人間たちの城に保管されている……まあ、思うところがないわけでもない」
「レ……バロンさん……」
ユウキがワイルド・バロンを見た。
「おっと、別に今更人間たちに復讐しようってわけじゃないぞ」
ワイルド・バロンは、ぱくっと牛肉のステーキを口に運んだ。
「今の俺はあくまで、オマエたち勇者の味方だ。今更人間どもと争ったところで、お前たちに利益がないのなら意味がない。今はオマエたちの付き人として、協力してやるから安心しろ」
ワイルド・バロンは、ニッと笑うと、赤ブドウのジュースをくいッと飲み干した。
「旅の途中なのに、こんなにあたしたちに協力してくれるなんて……さすがバロン様ね!」
アマネは、笑顔でワイルド・バロンに言った。
「……フッ、レディの笑顔のためさ。どうということはない。それに……」
ワイルド・バロンは、仮面の下でアマネを見つめる。
(見ていれば、わかる……アマネ。オマエが本当に愛しているのは、こんなギザ野郎なんかじゃなく……)
「……?」
ユウキは、もぐもぐとパンを食べながら、きょとんとした顔でワイルド・バロンを見る。
「……ま、世界の平和のためにこの剣を振るえるのなら、悪くはないって思ってな」
レドは、ステーキを食べ終えると、食器を置いて立ち上がった。
「人間の作る食事も、まあ悪くはないな」
「お兄ちゃん……わたしもたべる」
すると、ユウキの服の懐から、キルティが出てきた。
「わわっ……とりあえず、サラダでいいかい?」
ユウキは、サラダのトマトをフォークで刺して、キルティに食べさせる。
「うん……これ、おいしい」
「……さあ! 食べ終わったらすぐにいきましょう。のんびりしている時間はないわ」
アイルがそう言うと、魔法少女たちは全員頷いた。
そして、ユウキたち一行は、ラドルームの城下町を北上し、ラドルームの王城にたどり着いた。
「ややっ! これはお待ちしておりました! 勇者の皆様!」
門番たちは、すぐにユウキ達に気が付いて敬礼をする。
「王様がお待ちしております。どうぞ謁見の間までご案内いたします」
「ええ、ありがとう」
アイルが門番の兵士に言った。
「じゃあ……俺とコイツは城門の前で待っているとしよう」
すると、ワイルド・バロンはミートパティの腕を掴んで言った。
「ええっ!? ぼ、僕もお城の中を見たいんだけど……」
ミートパティは残念そうに言った。
「馬鹿者! だいたい俺やお前みたいな家畜風情が、人間たちの国の王に会おうなどと……」
ワイルド・バロンは、苛立たしげにミートパティに諭した。
「そんなの、気にしなくてもいいのに~」
ミクルが言った。
「いいや! 俺が気にするんだ! ……とにかく、何か粗相でもあるといけない。勇者様たちが問題なく目的のブツを頂いてくるまでは、ここで待機してる! わかったらさっさと行ってこい!」
「うう~……わかったよ。いってらっしゃい、僕いい子で待ってるから……」
ワイルド・バロンとミートパティは、城の外で待機することにしたようだ。
「……わかったわ! じゃあ、後で落ち合いましょう!」
「……行こう、皆!」
「では、こちらになります。どうぞついてきてください」
こうして、ユウキたちは兵士たちに案内されて、城の中に入っていった。
「……おお! 女神様に導かれし勇者たちよ! そなたたちが来るのを待っておったぞ!」
綺麗な金色の髪と、ふさふさの口髭をたくわえたラドルーム王国の王様が、玉座に座って勇者たちに呼びかけた。
「ワシがこのラドルーム王国の国王……『ラドルーム・ルシ・アレフ17世』である!」
王がそう言うと、城の兵士たちがババッと平伏した。
「! ははーっ!」
ユウキたちも、慌てて首を垂れて平伏する。
「……そなたたちがここに来た目的はわかっておる。『聖剣ブレイブ』は、我が王家が代々宝物庫の台座に保管しているものである。今こそ勇者に、聖剣を奉還しようではないか」
王が合図をすると、大臣が扉を開けてささっと走って行った。
「今、大臣が聖剣を取りに行っている。しばしの間お待ちいただきたい」
王が手をかざすと、お付きの給仕たちがティーカップとティーポットを持ってきた。
「宝物庫があるのはこの城の地下3階……時間もかかるので、それまでの間にぜひ勇者さまのこれまでの冒険の話をお聞きしたい」
給仕たちはユウキたちの前にささっとテーブルと椅子を用意し、ティーカップにお茶を淹れ、洋菓子を用意し始める。
「いえ……! その、お構いなく……」
アイルは、慌てて遠慮しようとしたが、王は言った。
「遠慮はいらぬ。実際のところ……魔王の軍勢とはどうなのだ? 勇者様たちだけで……十分対抗できそうなのか? 我が国は協力を惜しまぬ。必要があれば軍を動かすことも検討しよう。民は魔王と勇者の戦い、その詳細な情報を欲しがっている……」
王は、真剣な表情でズズズ……と紅茶を啜った。
「……どーすんのよ? 割と負けた回数もそこそこあるんだけど、全部話しちゃっていいワケ?」
ヒメコが、小声でアイルに言った。
「でも……神器は3つも揃ってるし、きっとこれからは勝てるんじゃないか?」
ユウキが小声で言った。
「う~ん……」
アイルは、メガネをくいっと持ち上げて、真剣に考えた。
「……まあ、ここは正直に話した方がよさそうね。……わかりました。これまでの戦いの詳細をお話ししましょう」
アイルは、王に言った。
「うむ。見栄を張らずともよい。我々は正しい情報を欲しているのだ」
「はい、ではまずは……」
と、アイルが話し始めようとした瞬間だった。
「大変です! 王様!」
バタン! と謁見の間の扉が開き、兵士が息を切らせながら駆け込んできた。
「何事だ!?」
王が叫んだ。
「城に……城の前に、魔物が! 他にも、城の上空に悪魔族の魔物が襲来! 窓から魔物に侵入されました!」
「なんじゃと!?」
兵士の報告に、王は驚いた。
『……ウボオオオオ!!! 聖剣ヲ……ワタセェェェェェ!!!!!』
城の前で、漆黒の鎧を見に纏った巨大な悪魔の騎士が、斧を振り回して城の兵士たちをなぎ倒している!
「ちっ……まさか、こんな街の真ん中に魔物が来るとはな!」
「うう……大変だ! ユウキたちが心配!」
ワイルド・バロンとミートパティは、武器を構える。
「こいつ……魔王軍の『死霊騎士団』のボスだ! 勇者様によって、倒されたはずだぞ!」
城の兵士の誰かが叫んだ。
「魔王軍の軍勢のボス……まさか、四天王ってことか!?」
レドが向き直る。
「そんな……どうして!?」
ミートパティが不安そうに漆黒の騎士……『ヒンケル』を見つめると、ヒンケルは鎧の下の真っ赤な瞳でギラリと城門を睨みつけた。
「城門にボス級の魔物が一体、他にも城のあちこちの窓から、魔物が侵入……」
「大変! 止めにいかないと!」
アマネが叫んだ。
「敵の狙いは、まさか聖剣……?」
「なら、僕が宝物庫まで行って、聖剣を守ってきます!」
ユウキが言った。
「城の3階や4階にも、恐らく逃げ遅れた人がいるかもしれないわね……」
「だったら、私とあーちゃんは城の人たちの避難を!」
ヒメコとアマネが言った。
「だったら、ボクは城門に行ってボスを食い止めてくる! ミートパティたちが応戦してるだろうから、掩護にいかないとネ!」
ミクルが言った。
「よし、皆! 頼むわよ!」
「おお、勇者たちよ! 頼むであるぞ!」
そして、勇者たちはアイルを残して一斉に城を駆け抜けていった。
「う、うわあああ~~~~!!!」
ユウキが地下の階段を下りてくると、男の悲鳴が聞こえてきた。
「! まさか……大臣さん!」
ユウキが地下3階の大きな廊下を走って行くと、大きな影が見えた。
「う、うう……」
廊下の隅で、大臣がピクピクと呻きながら気絶していた。
「おやおや……これはこれはユウキ様。ご機嫌麗しゅうございます」
そこに立っていたのは、赤い肌と山羊の角の悪魔……四天王『フェゴレザード』だった。
「フェゴレザード! おまえ!」
「殺してはいませんよ。鍵を奪い取るためだけに服を汚すのは、エレガントではございませんからね!」
フェゴレザードは、指でくるくると宝物庫のカギを回す。
「もっとも……」
フェゴレザードは、宝物庫の扉の前に立つと、拳を構えた。
「アバ……カウムぅぅぅぅんん!!!!」
フェゴレザードは、腰を深く落とし、扉に向かって真っ直ぐに拳を突き出す!
バカァァン!!! と大きな衝撃音と共に、鉄の扉はあっけなくこじ開けられてしまった。
「このように、少々施錠魔法を施した程度の扉でしたら、カギを使う必要もないのですがね!」
フェゴレザードは、にやりと笑ってマッスルポーズをとった。
「じゃ、じゃあなんで大臣さんを襲ったんだ! 意味ないだろそれ!」
「邪魔をされては困るからですよ! 雑魚を侮って足をすくわれるなど、それこそエレガントではないですからね!」
「くっ……コイツ、アマネちゃんに舐めプして負けたせいで反省してるな……」
「お黙りあそばせください!!! 正直……魔王様にもこっぴどく怒られまして、私結構気にしてるんですからね……!」
「と……とにかくだ! 聖剣を奪うつもりなら、僕が相手になるぞ! フェゴレザード!」
ユウキは、『シャイニングソード』を生み出して、フェゴレザードに構える。
「まともに相手をする気はございませんよ……とにかく、私は聖剣を奪ってとっととトンズラこかせていただきます!」
フェゴレザードは、ざざっと構えのポーズをとると、宝物庫の奥の様子を横目で伺いながらユウキに向き直る。
「いくぞ! うおりゃあああああ!!!」
ユウキは、『シャイニングソード』を構えて跳躍した!
「ツイン・シャイニングソードブレイブスラッああああああシュ!!!」
「ジュゼノブライドォォォ!!!!」
ユウキが放った光の双剣の一撃と、フェゴレザードが放った闇の呪文をぶつかりあって火花を散らす!
「ふっ……流石、あそこまでボロボロになっていた貴方が、もう立ち上がれるとは!」
「勇者は負けない! 何度だって立ち上がって……レベルアップしてやるんだ!」
「ふむ、では……」
すると、フェゴレザードが左腕をかざすと、スゥー……とフェゴレザードの姿が分裂していく!
「なっ!?」
「フフフ……我々悪魔族にとって『分身』することなど造作もないこと! まあできるのは私くらいの実力者の身ですがね! では失敬!」
フェゴレザードは、もう一体の自分にユウキを押し付けたまま、宝物庫の奥に向かって走り出した!
「オイ待て! 卑怯だぞ!」
「待てと言われて待つ悪魔などおりません! ざまあでございます!!!」
そして、フェゴレザードは宝物庫の奥にある台座を発見した。
「さあ、ここに聖剣が……むっ!」
すると、フェゴレザードはあることに気付いた。
「ないっ!? 台座に安置されているはずの聖剣が……影も形もないですと!? 馬鹿な! そんなハズは……」
すると、フェゴレザードが気づいた。
「はぁ、はぁ……!」
だれかが、タッタッタ……と、剣を引きずって走る足音がする。
「そこか! 逃がすものですか!」
「させるか!」
ユウキは、慌てて蹴りで一体目のフェゴレザードを突き飛ばし、走り去る誰かを襲おうとした二体目のフェゴレザードの攻撃を剣ではじき返した!
「くっ……!」
「キミ! 誰だか知らないけど……走って! 剣を護ってくれ!」
ユウキは、フェゴレザードを食い止めながら叫んだ。
「…………ッ!」
砂煙で姿が見えない誰かは、大急ぎで聖剣を抱えて走って行った。
「くっ、そうはさせ……」
「フレイミングバーニングボムズうううぅぅぅぅ!!!!!」
ユウキは、強烈な爆炎の魔法で二体目のフェゴレザードを火だるまにすると、慌ててさっきの誰かの後を追いかけた!
「ぐわああああバカなアアアアアア」
火だるまにされた二体目のフェゴレザードは、泥になってドロドロの燃えカスになってしまった。
「くっ……せいぜいHP30くらいで作った身代わり人形ではこの程度ですか……このっ待てい!」
本物のフェゴレザードも、慌ててユウキの後を追いかける。
「……ッ!」
地上2階まで走って行った彼は、ばたんと部屋の扉を閉めた。
「はぁ……さっきの、子供みたいだったけど……どこに走って行ったんだ」
「扉を閉める音までは聞こえましたよ、ぜぇ……どちらの扉でしょうかねぇ」
追いかけていた彼を見失ったユウキの背後に、同じく息を切らせたフェゴレザードがやってきた。
「おい! もういいだろ! 諦めて帰れよ!」
ユウキは、苛立たしそうにフェゴレザードに言った。
「そうは参りませんよユウキ様……! ぜぇ、でしたらどうでしょう? 『先に彼を見つけた方が、聖剣を持ち帰る』……というのは?」
「よ、よーし……って、だまされるか! そうはいかない、お前は、ここで……」
と、ユウキが言おうとした時だった。
「トール……スパークルズぅぅぅぅ~~~!!!!!!」
次の瞬間、フェゴレザードに向かって強烈な雷がずどどど~~~ん!!!と降り注いだ!
「ぎゃああああああ!!!!」
雷に打たれたフェゴレザードは、全身を雷に焼かれてゴロゴロ床を転げまわる。
「ま、まさかこの雷は……!」
黒焦げにされたフェゴレザードは、顔を真っ青にしながら後ろを振り返る。
「フェ~ゴ~レ~ザ~~ド~~~……!」
フェゴレザードの背後には―――鬼のような形相で目を真っ赤に光らせたアマネが立っていた。
「あ、アマネさま……! ま、またお会いしましたね、げほっ……!」
黒焦げになったフェゴレザードは、ピクピク呻きながらアマネを見上げた。
「次会ったときは……逃がさニャイって……言ったわよね!!!!!」
次の瞬間、また強烈な雷がフェゴレザードに降り注いだ!
ピシャアアアアン!!!!!!!
「ぎゃああああああああああ!!!!」
(よし、しめた! アマネちゃんがいればフェゴレザードは抑えられる……! 今のうちに聖剣を!)
ユウキは、その場をアマネに任せて、廊下から入れる部屋の扉をひとつひとつあけて調べて行くことにした。
(ちがう……ちがう。ここも誰もいない。なら、ここは……!)
そして、ユウキは、ある部屋の扉をあけた―――。
「こ、こんにちは……」
「あっ、あっ……」
すると、その部屋にいたのは金髪の小さな少年だった。年齢にしてまだ8歳くらいの少年だろうか。心底怯えた表情で、くまのぬいぐるみを抱きかかえながら、ピンク色の剣を構えて、ユウキを見上げていた。
「それは……」
ユウキには、すぐにわかった。彼の持っているピンク色の剣こそが、紛れもなく……『聖剣ブレイブ』だろう。
「あの……」
「こ、ここはお母様の部屋だ……だから、だから!」
少年は、涙目で剣をこちらに向ける。
「……だいじょうぶ。よく、その剣を守ってくれたね」
ユウキは、少年の目線の高さにあわせるようにしゃがむと、優しく微笑んだ。
「あ…………」
「僕はユウキ。この城を、魔物から守るためにやってきた……勇者だ」
ユウキは、優しく微笑んで少年の頭に手を置いた。
「お……お姉さんが……勇者……?」
その少年……王子『トウロ』は、目の前でほほ笑む、ミニスカメイド服を着た黒髪の彼女に――――わずかに淡い恋心を、芽生えさせるのであった。
~そのさん へ続く!~




