第九話「呪いに負けるな!田舎の村の不思議な泉!」その5
「……ユウキ!」
アマネは、ユウキに背中を合わせた。
「ああ! ……すぐに、皆を助ける!」
アマネは雷と氷のかぎ爪を、ユウキは二振りの火炎の剣を構える。
「「…………勝負だ!」」
二人がそう叫んだ瞬間、レディ・キルティに向かって二人が跳躍した!
「はあああああああああああああああ!!!」
「やああああああああああああああ!!!」
轟々と燃え盛る炎の双剣と、黒い稲妻と氷を纏った猫の爪が、レディ・キルティに向かって斬りかかる―――!
「……やれやれ。突進? 馬鹿の一つ覚えですか」
フェゴレザードは、やれやれとため息をつく。
「……おいで。ぎゅ~ってしてあげる」
レディ・キルティは微笑んで、無数の触手の根を二人に向かって伸ばした――――!
「『ツイン・フレイミングファイアスラーーーッッッシュ!!!!!』」
ユウキは、燃え盛る炎の剣をレディ・キルティに向かって振り下ろす!
「『スパークルジアイス・ライジングクローにゃああああああ!!!!』」
黒い稲妻を纏った氷の爪で、アマネはレディ・キルティの足元に伸びる触手の根を切り裂こうと試みる!
「どうだ!?」
ぐさり!とユウキの剣の切っ先には、確かに肉を切り裂いた手ごたえがあった。だが、
「ああっ!?」
ミクルが叫ぶ。
「……よそうどおり」
ユウキとアマネの攻撃は、確かにあと数ミリでレディ・キルティの顔面と脚の根を切り裂こうとしていた。だが、その数ミリはピンポイントでユウキとアマネの攻撃を食い止めるかのように伸びた真っ黒な植物の根によって、完璧に防がれていた。
「か……硬い……!」
ギリギリギリ……と、ユウキは触手の根を切り裂こうと力を込める。だが、触手の木の根は今まで小枝のように切り裂いてきた触手たちとは違い、まるで鋼鉄のような硬さで、ユウキの剣の刃が全く通らずに表面で受け止められている。
「こ、このぉ……!」
アマネの爪も同様に、漆黒の根によって完全にガードされており、魔力を帯びた氷で凍り付く様子も、雷が通電する様子もなく、まるで物理も魔法も通らない完全完璧な物質としてレディ・キルティを守っていた。
「かみなりも……こおりも、ほのおだってきかないよ。パパのおかげ」
「ええ、ええ! 先ほども申したでしょう! 彼女の本体には、私が彼女を守護するためにありとあらゆる防護魔法を重ね掛けしておりますゆえ。あらゆる魔法攻撃、物理攻撃を通さない! 貴方たちが彼女に勝利することは、不可能なのでございますよ!」
フェゴレザードが、笑いながらレディ・キルティの頭を優しく撫でる。
「この……ざっけんじゃないわよ!!!」
ヒメコが叫びながら、再び自分を拘束する触手に『呪怨侵食』を流し込む!
「おっとっと……やれやれ、気を抜いてはこちらが押し負けそうだ……! 流石、魔王様が最も警戒される伝説の呪術師ですね……!」
フェゴレザードは、レディ・キルティの触手に流し込まれる呪いの力を『聖呪術』……闇の魔術で生み出した光の呪いの力を流し込んで押し返そうとする!
「へぇ……黙って聞いていれば、随分好き放題言ってくれるわね……!」
呪いの触手で全身を締め付けられているアイルが、口を開く。
「そうだそうだ~! 《五つの・奇跡の魔法少女》の中で一番警戒しないといけないのは、ボクだってこと、分かってないみたいだ……ネ!」
同じように拘束されてるミクルも、歯を食いしばってこぶしに魔力を込める―――!
「アタシだって……魔法少女のキャリアは一番長いわ。 それに、魔法少女一の知略……侮らない方が、身のためよ!!!!」
次の瞬間、アイルとミクルの身体が光り輝きだす!
「馬鹿な……! この触手のパワー、一秒間にMPを999吸い取るほどの吸引力があるというのに……変身を維持することさえ困難なはずの貴方たちに、どこにそんなパワーが……!」
そのとき、はっとフェゴレザードがあることに気付く。
「そうか……! 『自由の鎧』を、装備して……ッ!」
魔法少女たちは、それぞれの手足や胸に、ロボット形態から分裂して小型化したガンボイを装備していた。ガンボイは、装備している勇者たちのMPやHPを強烈に自動回復させる効能が備わっている。
『MPの減少は、オレが抑える、抑える、抑える……!』
「はあああああああぁぁぁん!!!!」
次の瞬間、アイルの全身が凍り付き、ビキビキとアイルを拘束していた触手の根が凍り付いてそのまま根の根元を掴んでいるフェゴレザードの腕から顔まで一気に凍り付かせた!
「ガッ……!?」
フェゴレザードの顔は、まるで宇宙服のヘルメットのように氷で覆われ、フェゴレザードの半分開いたままの口は凍り付いたまま少しも動かせない!
「『スノードーム……リリィカプセル』!!!!」
その凍り付いたフェゴレザードの口に向けて、アイルは百合から抽出した猛毒のガスを流し込む!
「ぐ、ぐおおおおお!!!!!」
たまらずフェゴレザードはジタバタともがき苦しむ。
「ぱ、パパ!」
「畳みかける! 油断を誘うほど……ボクが可愛くてゴメンネ!!!」
ミクル▼ SP:36を使用して『神の聖槍』を取得しました!
「『ホーリー……ランス!!!!!』×36ゥ!!!!」
ミクルの叫びと共に、ミクルの上空に聖なる光の槍が36本も現れ、一斉にフェゴレザードとレディ・キルティに向かって矛先を向ける!
「ぱぱっ!!!」
レディ・キルティはフェゴレザードに手を伸ばす!
「やああぁぁぁぁ!!!!!」
光の槍は、一斉に五月雨のように降り注ぎ、フェゴレザードの肉体を貫いた!
「グオオオオオ!!!!!」
「ぱぱっ!」
レディ・キルティは、自分の触手の根でなんとか光の槍を防いだが、フェゴレザードはガクガクと震えながら膝を付いた。
「よしっ! 『光呪法』が緩んだ! 今なら『呪怨侵食』を流し込め……」
ヒメコが、にやりと笑った瞬間だった――――。
「え?」
がばっ。一瞬で、ヒメコの視界が覆われた。
「むぐっ!?」「な、なに……?! きゃああああ!」
次の瞬間、ミクルとアイルの視界も真っ黒に覆われる。
じゅろ。じゅろろろろろ……!
「むぐっ!? むぐぐぅ~~~!!!!」
「んんんん~~~!!!」
「ああああああ~~~~!!!!」
ミクル、アイル、ヒメコの顔は、レディ・キルティの触手から伸びる気色悪いほど鮮やかなショッキングピンク色の花の頭巾に覆われて、これまたあでやかな蛍光色の液体を頭巾の中からドロドロと流し込まれているではないか!
「だめ……『苗床』は、うんと栄養つけておとなしくしてくれなくちゃ……いっぱいのんで、ねんねしてて」
花の頭巾から零れ落ちた蛍光色の液体は、地面にポタリと落ちると、じゅうぅぅぅ……と地面を強烈に焦がしながら鼻をつくような薬品臭い刺激臭を辺りに漂わせる。
「あれはまさか……猛毒なんじゃ!?」
「ひーちゃん!!! アイルお姉さん!!! みーくん!!!」
最悪の想定が、ユウキとアマネの脳裏によぎる。今、レディ・キルティを斬りに攻撃を続けるか、それとも3人を助けに行くべきか。二人を迷わせたその一瞬の判断が、致命的な一瞬の硬直を生んだ。
「さあ、おいで」
「しまっ……ぐあああああああ!!!」
ユウキの腕と足に、レディ・キルティの触手が絡みつく!
「ユウキ! ……きゃあああ!」
「アナタはいらない」
ユウキを助けに行こうとしたアマネを、レディ・キルティは触手で弾き飛ばす。
「くそう……! 放せ! 放せぇぇぇ!!!」
ユウキは、剣を取り落として無防備なまま、触手によって両腕を後ろで拘束されて、ゆっくりとレディ・キルティの目の前に運ばれる。
「ユウキッ!」
アマネが起き上がろうとすると、目の前に真っ赤な脚が見えた。
「フハハハ……実にッ、残念でした……ねぇ!!!!」
アマネの目の前に立ちふさがっていたフェゴレザードが、アマネの顔面を蹴り上げた!
「きゃあああああああ!!!!」
ゴロゴロゴロ、とアマネが鼻血を噴きながら地面を転がる。
「フフフ……ハハハハハ! いやぁ、すみません……一度四天王として、死を覚悟するほどの死闘……演じてみとうございました! ですが……うぷぷっ、すみません。 私、卑怯な手段を……用いてしまいました! 誠……申し訳……ヒャッハッハッハ!」
フェゴレザードは、全身ボロボロになって肩鼻口から血を噴きながらゲラゲラ手を叩きながら笑っている。
「卑怯な手段……ですってぇ……?」
ボロボロなアマネが、アザだらけになった瞼を拭いながらフェゴレザードを睨みつける。
「ど、どういうことだ! フェゴレザード!」
ユウキが激高して叫ぶ。
「ククク……いいでしょう。冥途の土産に教えて差し上げますよ。……キルティ、見せて差し上げなさい」
「……うん。パパとキルティの、たからものなの」
フェゴレザードに促され、レディ・キルティは長いロングスカートをたくし上げる。
「そ、それは……!」
それは、スカートの形のように枠が作られたイバラの鳥かごの中にあった。宝石のように煌めく不思議な金属で作られた鉄兜だった。籠の中に伸びるレディ・キルティの白い太ももにはさまれたその鉄兜は、鈍い泥色の水晶の中に封印されていた。
『め……メタ兄さん! どうして、そんなところにいるんだべ!?』
すると、アマネに装備されていたシブトが叫んだ。
「メタ……? まさか、これは!」
ユウキが叫んだ。
「ええ。ご明察。 これこそ、まさに魔王様を倒すために必要な伝説の装備『メタ』! またの名を、『全知のカブト』! これを魔王様から、適当なダンジョンに隠しておくように仰せつかる任務を頂けるまで、何百年かかったことか……!」
フェゴレザードは、涙を流して手を組んで天を仰いだ。
「ぱぱ、まおーさまからこのカブトちょろまかしたの?」
「ちょろまかしたんではありません、カブトを自由に扱える権利を頂けたの、DEATH!!!! 人聞きの、いや魔物聞きの悪いことを言うんじゃありません!」
レディ・キルティの言葉に、なぜかフェゴレザードは鼻息を荒くして力説した。
『どうしたのだ……兄者、兄者、兄者……! なぜ応えぬ……!』
『兄さ~ん! オラだべ~! シブトだべ~!』
聖盾シブトとガンボイが必死に『全知のカブト』……メタに呼びかけるが、反応はない。
「あのカブトって……シブトたちのお兄さんなのよね!? どうして何も喋らないの!?」
「ハッハッハ……無駄でございますよ、アマネさま。 なにせそのオーブの力によって、メタ様は文字通り泥酔なさっているのですから。それに……そのカブトが持つ、全知の力は! この泥酔のオーブを生み出したキルティによって奪われているのですから!」
フェゴレザードは、にやりと笑った。
「全知の……力?」
ユウキが問いただす。
「『全知のカブト』……このカブトは、文字通り被った者に『全知全能』の叡智を与える! カブトを被った状態で見た景色から、全知のカブトは何千億もの戦術パターンから必要な情報を持ち主に与え、未来に起こる相手の攻撃を完璧に予知することすらも可能にする! つまり……貴方たちが苦し紛れに抵抗や不意打ちをしようが、キルティにはお見通しというわけです!」
フェゴレザードがそう言うと、レディ・キルティはにっこり微笑んで言った。
「お姉ちゃんたち、おもしろいせんぽうつかってた。それも、マネできちゃう」
「そんな……ミクル君たちの攻撃も……僕とアマネちゃんの攻撃のタイミングも……全部読まれてたってことなのか……!」
ユウキの瞳からハイライトが消え、フェゴレザードとレディ・キルティを絶望の表情で見つめる。
「ユウキ……! ダメ! 抵抗をやめちゃ、ダメ!」
「ンフフフ……もう、諦めてご逝去あそばされてはいかがですか? アマネさま。 もう、ノーコンティニューで十分がんばったでしょう……ここで、皆様は『全滅』です」
フェゴレザードが笑顔でほほ笑む。
毒液を顔から浴びせられ続けているアイル、ミクル、ヒメコも、段々と抵抗する身体の動きが弱まっている。もう、いつ変身が解けても(変身が解けた瞬間に死んでも)おかしくない。
「いや……まだよ! あたしとユウキなら……! 『シャイニングスカイヒール』で、どんな毒でも治せ……!」
アマネが、立ち上がってユウキにアイコンタクトを――――とろうとした。
「あ、アマネ、ちゃ……!」
その瞬間、ユウキの鼻が触れるほど目の前に、レディ・キルティが顔を近づけた。
「お兄ちゃん」
レディ・キルティは、ユウキのあごに手を当てて、自分の顔に近づける。
「お兄ちゃん。かわいいね……」
「か、可愛い……?」
目の前で柔和に微笑むレディ・キルティの無邪気な笑顔に、ユウキは思わずたじろいでしまう。
「お兄ちゃん。わたしの、あかちゃんをうんで」
レディ・キルティは言った。
「だ……誰が産むか! そもそも……僕は男だぞ!!! 産めるワケないだろ!!!」
ユウキが叫ぶ。
「おや~~~??? おやおやおやおや~~~~??? まさか……男の子は孕まされることはない、などと……めちゃくちゃに油断しまくっているTSオスガキがいらっしゃる???? ヒャッハッハッハ!!!!」
フェゴレザードは、鼻水を噴きながらゲラゲラ笑い転げて地面をバンバン叩いている。
「え……え!? まさか……」
ユウキは、脳裏に嫌な予感が浮かぶ。
「もしかして……変身後のご自身の姿でスカートの中をご覧になったことが一度もないのでございますか? 変身中の魔法少女は……例え元が男だろうと、変身中は女体化しているのですよ? なれば当然……脱がせれば孕ませることも可能でございましょう?」
そういえば、ミクル君やアイル君は確かに水着着てるときとかもちゃんと女性の身体になってたな……とか、そういうことを思い出している場合じゃない!
「そ、そんなムチャクチャな理屈が通ってたまるか! だいたい、魔法少女の頑丈な衣装を脱がせるなんて絶対に無理だろ!!!」
「キルティ」
「じゃあ、ぬぎぬぎ、しちゃお?」
レディ・キルティは、先端がネチャネチャした液体で湿っているピンク色のぐにゃぐにゃした凸凹がついた触手をユウキに伸ばす。
「おい! やめ……」
ぴとり、とユウキの胸に触手が触れる。すると、じゅわあぁぁ……とどんな攻撃でも破れなかった魔法少女の衣装が、徐々に溶けていくではないか!
「ひ、ひいいいい!!!」
ジタバタとユウキがもがくが、触手でがんじがらめに拘束されたユウキでは何の抵抗もできない。
「フハハハ!!! 素晴らしいでしょう! このようなムフフ♡な展開のときのためにひそかに開発していた、魔法少女の服を溶かす都合のいい毒! この技術を生み出すために、光と闇の呪いと呪文、全てに精通していなければ開発はできませんでしたからね! ムッフフフ!!!」
(こ、コイツ最悪だけど……冗談じゃない! 本当に魔法少女の服が溶けてッ……!)
ユウキの胸が、スカートが、脚のニーハイブーツが、そして、スカートの下のスパッツが、さわさわと触手に触れられていき、徐々に溶かされていく。
「そんなの……ダメよ! やめてぇぇぇ!」
「ハッハッハ! 目を背けないでいただきたい!」
フェゴレザードは、アマネの後ろに回り込むと、無理やり羽交い絞めにする!
「ぐううう!!! ユウキ!」
アマネが羽交い絞めに抵抗しようとするが、ボロボロで体力もわずかなアマネでは、フェゴレザードの剛腕の筋肉ロックを振り払うことはできず、逆にフェゴレザードの手であごを掴まれ無理やりユウキとレディ・キルティの方を振り向かされる!
「ハハハハハ! 年頃の男子と女子が、同じ幌馬車の中で何日も寝食を共に大冒険……ラブロマンスの情が湧いてこないわけがございませんよねぇ! さあ! 存分に愛しの彼が女の子として凌辱されるところをご刮目ください!!!」
「そんなんじゃ……いや、どうでもいいから! ユウキ! 逃げてぇ!!!」
アマネは、ボロボロと涙を流しながら声を枯らして叫ぶしかできなかった。
「アマネちゃ……!」
「お兄ちゃん」
アマネに振り向こうとするユウキに、レディ・キルティが耳元でささやきかける。
「お兄ちゃん。キルティとけっこん、しちゃお? あいのぎしきは、誓いのちゅー、しながらがしたいな」
ちゅぱっ、とレディ・キルティはぷるぷるの唇をユウキの口元に近づける。
「しない! 絶対にしない! 僕は、自分が好きだって心から思える人としか結婚しない! はじめてのキスだって……心から好きな人にあげたいんだ! だからお前とは、絶対にしない!」
「……そう」
レディ・キルティは、ユウキの拒絶の言葉を聞いて、近づけようとした口を止めた。
「頼む……! わかってくれ……!」
ユウキが、真剣な表情で、レディ・キルティに訴えかける。
「……じゃあ、お兄ちゃんのおよめさんは、あきらめるね」
レディ・キルティが言った。
「ほ、本当に!?」
「だけど」
次の瞬間、レディ・キルティの股間から、先端が尖った真っ赤な触手が、ユウキの下腹部に近づく。
「おい、まさか……やめて……」
「じゃあお兄ちゃんは、わたしのママになって」
「嫌だ……! 嫌だ嫌だ嫌だァァァ!!!! アマネちゃん、たすけ……」
「ユウキぃぃぃ!!!」
次の瞬間、ユウキの下腹部にレディ・キルティの触手が突き刺さった―――。
「ママ……わたしのママ……だいすきよ、だいすきよ……!」
レディ・キルティは、痙攣するユウキの肩を抱き寄せて、頬擦りをした。
「いっ……痛……あっ」
痛い。ぬめぬめする。擦られている。圧迫感。
今まで、自分が知るよしもなかった痛み。
「ああ……あああ……!」
次の瞬間、フェゴレザードに羽交い絞めにされたまま、呆けた声を漏らすだけの魔法少女『アマネキャット』の変身は――――解除されて、元の非力な少女の身体に戻ってしまうのだった。
~その6へ続く!~




