序章「女神ゼウの信託」
「ホームルーム始めるぞ~。 きりーつ、気を付け!」
5月の初め頃。僕、波戸 悠木は中学2年生になり、クラスメイトの皆も新しいクラスに段々慣れてきて、この朝のホームルームのけだるい雰囲気も、いつもの光景になっていた。
「では、宿題のプリントを……ん?」
担任の男性教師が窓を見た。今は朝だというのに、なぜか青空ではなく夕焼けのように空が真っ赤に輝いていた。
「なになに?」
「なんだ? アレ」
クラスメイト達も窓の外を見て騒ぎ始める。
僕、悠木の瞳にも、その異様な光景がはっきりと映った。
学校の校舎なんかよりも、遥かに巨大で広大な大きさの隕石が、上空からものすごいスピードで落下しているのを。
「えっ、なにあれ!? 月!?」
「隕石じゃない!? あの映画的なやつ!?」
「え、マジで落ちてきてるよ……? ねえ、避難しないとまずいんじゃないの先生……」
次の瞬間には空は真っ暗になり、強風が吹き荒れて窓がガタガタと震えだす。クラスメイト達がざわざわと騒ぎ始める。当の担任の教師は、突然の事態に頭が真っ白になっているのか呆けた顔をして呆然と立ち尽くしてしまっている。
「に、逃げろぉぉぉーーーー!!!!」
遂にクラスの誰かが叫んだのと同時に、生徒たちは一斉に走り出した。
(……僕も、逃げなきゃ)
しかし僕の頭の中は、いやに冷静だった。もう、逃げるまでもなく、理屈で理解してしまっていた。
あの大きさの隕石が学校に落ちたら、例え学校から避難できたとしても、この街のどこにいたところで、死ぬことからは逃れられない。
僕は、それでもここに留まっていても仕方ないと思い、教室を出ようとしたが、
「あっ、あぅ……美冴……」
担任の教師はメガネを取り落としたままボロボロと涙をこぼして座り込んでしまった。
「先生、先生っ!」
悠木は、泣き崩れる担任の教師の手を取りながらも、家族のことを考えた。
(お父さんも……お母さんも、このまま僕が死んだら悲しんでくれるんだろうか……いや、そもそもお父さんもお母さんも、皆死んでしまうのか……?)
美冴というさっき先生が言った名前は、先生の娘さんの名前だ。もう、先生は立ち上がる気力もなく、死の運命を受け入れて絶望していた。
僕は、先生を助けて―――いや、もう、そんな時間はない。
僕たちはこれから、皆残らず死んでしまう。
いよいよ窓ガラスが強烈な風圧に耐え切れずに、パキン!と割れた。台風のような強烈な風が教室に吹き荒れ、教室の机と椅子が吹き飛ばされた!
そして、僕らが死を覚悟して、顔を伏せたその瞬間―――僕の頭の中に、綺麗な女性の声が響いた。
《人の子よ……貴方に、希望を託します―――――!》
そして、遂に隕石は地面に墜落し、世界が閃光に包まれた―――――!
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(……ここは、どこだろう?)
悠木の意識がはっきりと覚醒する。目の前に広がるのは、真っ白などこまでも広がる空間だった。
悠木が立っている足元には薄く水のような液体が張っているようで、悠木が歩くと水の波紋が広がるが、なぜか僕の足は濡れていない。なんだか、現実味のない不思議な空間だ。
ふと、悠木は疑問を抱いた。僕は、死んだんだろうか? あれだけの大きな衝撃に巻き込まれたのに、僕の身体に傷の一つもない。そういえば、僕の服もさっきまで学校の制服と上履きを身に着けていたはずだ。それらは何故か綺麗に脱がされたかわりに、僕はまっしろなインナーシャツとパンツだけを着ていた。
「う~ん……」
僕の背後に、誰かの声がする。振り向くと、茶髪の女の子が寝転がって眠っていた。悠木と同じような、白いインナーブラとショーツだけの下着姿で。
……って、下着姿の同じ年頃の女の子!?
「ぼ、僕は見てませんっ!!!」
自分の目の前で、同じ年頃の女子が無防備な下着姿で眠っているという事実に混乱した悠木は、咄嗟に顔を伏せて、一瞬目に焼き付いた白いブラの記憶を消し去ろうとする。
「きゃあっ! ……あ、アナタはだれ!?」
女の子は悠木の声にはっと驚いて目を覚ますと、慌てて飛び起きて下着を腕で隠す。
「ぼ、僕は悠木。波戸 悠木っていうんだ。中学二年、14歳」
と、とりあえず僕はヘンタイじゃないから、怪しいものじゃないって説明しないと……!
……あくまで、名乗るために必要だったから僕はそちら側に振り向いたけど、別に必要だったから仕方ない……よね?
「こ、ここはどこなの!? あたし、学校に行く途中で……! 遅刻しちゃったから! 走ってたらそれで!」
どうやら、その女の子もこんな場所に来た理由を知らないらしい。半分涙目で、訳も分からないといったような表情で、少女は悠木を見つめた。
「ぼ、僕もなんでここにきたのかは、わからない…… ねえ、君の名前は?」
正直、訳が分からなくて頭が混乱していた。まずは状況を整理するために、悠木は少女の名前を聞いた。
「鈴木天音! あたしも中学二年、13歳よ! ……どうしよう、これじゃあ学校にもおうちにもいけないよぅ……」
天音は、泣きそうな顔をしながらとても不安そうにうずくまってしまった。
「……そう、だよね。帰れないと不安だよね。無事、帰れるのかな……」
悠木は、こんな状況で心細いであろう彼女を元気づけなくては、という気持ちで天音に語り掛けた。
すると、
『嗚呼……可哀そうな子供たち……ごめんなさい。あなたたち二人しか、救うことはできませんでした……』
どこからともなく、女性の声がした。
「だ、だれ!?」
『突然の呼び出し、どうか許してください……緊急事態だったのです』
すると、目の前の水面から、スーッと女性が現れた。
その女性の特徴を一言で言えば、ギリシャ神話の女神のイメージにぴったりといった感じの雰囲気で、神々しい白銀のローブを身にまとい、顔立ちは絵画の美人のように整っていて、黒縁のメガネをしていた。
『私は、世界の秩序をつかさどる女神……女神『ゼウ』です……どうか、私の話を、聞いてくださいませんか』
女神は、二人に話しかけた。
「め、めがみ……? な、なにを、言ってるんですかお姉さん?」
目の前でコスプレのような格好の美人すぎる外国人?の女性がナチュラルに日本語で『女神』を名乗ってくるという、あまりにも現実味のない光景すぎて思わず悠木はたじろいでしまう。
「やだぁ~! きかない! あたしおうち帰るもん!」
天音はうずくまったままそっぽを向いている。
すると、女神様?のゼウは口に手を当て、す~っと息を吸った。
『……ンフッ、かわい……しかもお姉ちゃん呼びとか。ちょっとそそるわ〜……あっ、いえなんでもありません』
女神様? なんか今正体が見えなかったか?
『すいません、本題に戻りますよ……貴方たち二人は、本来別の平行世界の地球に住むいたって平凡な中学生です。あ、並行世界というのは、簡単に言うと別世界。同じ地球といっても、違う星くらいに思ってくれればよいのですよ』
「お姉ちゃん、それくらいは知ってるよ。最近そういうゲームとか小説いっぱいあるから」
「あたしも知ってる……」
悠木と天音は言った。
『あ、そうですか……そういえば地球区はオタ文化が発展しててそういう知識は子供でも知ってるんですね……忘れてたわ、私の管轄なのに……』
「そ、それで、どういうことなんだよ? もしかして、これって……異世界転生ってやつ?」
もしかしたら、最近小説で読んだようなものなのか?と疑問に思った悠木が聞いた。
『まあ、異世界転生といえばそうなのですが……少々、貴方たち二人にはつらい話をしないといけなくて……』
女神ゼウは、歯切れ悪そうにもごもごしている。
「なんだよ? 話が進まないだろ?」
悠木がそう言うと、女神ゼウは目を伏せながら「はぁ……」とため息をつき、話し始めた。
『簡単に言うとですね……今、数々の並行世界が、魔王によって支配の手を広げられており……簡潔に言うと、貴方たち二人が元居た世界は、魔王によって闇の隕石を落とされ、崩壊し、人類は滅亡しました』
その言葉に、悠木と天音は言葉を失くす。
元々静かな白い空間が、数秒の静寂に包まれた。
「……そう、なんですね」
やっぱり、と薄々分かっていたが……やはり、受け入れるのがとても苦しい現実だった。
『大変申し訳ないんですが、マジですので……ドッキリとかでもないですので、ハイ……』
ゼウは、ものすごくバツのわるそうな顔をしながら言った。
「え~!? ……じゃあ、あたしおうち帰れないってこと!? ママは!? パパは!?」
『先ほども申し上げた通り、あの世界の人類は絶滅しました……はい、ほんとすいません……』
ゼウは頭を下げる。
「お姉さん。お姉さんは、女神様なんですよね? なんとか、なんとかして止められなかったんですか?! 神様なら……世界滅亡を止められたんじゃないですか!?」
悠木は、ゼウに問い詰めた。
「……はい。返す言葉もございません……あの世界の平穏を守るのは、私の仕事でした」
「だったら! どうして滅んじゃったんですか!? まさかまさか、職務怠慢なんてしてないですよね!?」
悠木は思わず疑いの目でゼウを見つめる。
『ちっちちち違いますよ!? 私は全知全能ですから!? 並行世界を管理する22の神々の兄弟の13女でありながら、救世主たる勇者の排出数が最も多い地球の管理を任されてたんですよ!? 職務怠慢なんて決してしてないですぅ!』
あたふたしながら早口でまくし立てる彼女の言動は、若干怪しいと言わざるをえなかった。
「……ホントに?」
『ホントです。お姉さん、嘘つかない。……というか、まさか魔王がここまで勢力を伸ばすのに、あと300年はかかるってお父様が言ってたんです……決して、私のせいというわけでは……』
「えー……こういうの、なんて言うんだっけ……セキニンテンカってやつよね」
天音がツッコんだ。
『違うんですぅ! あと300年あるなら、3年くらいお昼寝しても大丈夫だと思っただけですぅ!……まあ、確かに30年寝ちゃった私の落ち度もゼロではないですけどぉ……』
「……いくらなんでもそれはないだろ!!! 人が! 大勢死んだんだぞ!! 僕だけじゃない……僕の家族も! 学校の皆も! 地球が滅亡したんなら、世界中の人たちだって……」
と、悠木が拳を振り上げようとした。すると、
『すいませんすいませんごめんなさいぃ! でも、残り270年で攻撃される並行世界を割り出して、防御プログラムを作ろうとしたけど間に合わず、なんとか最低でも10人は勇者を護って排出しろって言われて……必死で寝ずに頑張ったんですけど……ごめんなさい、貴方たち二人だけで精いっぱいでしたぁ……! ごめんなさい! 責任は取ります! いっぱい私のことも殴っていいですから! でも、悪気はなかったんです! どうしても止められなかったんですぅぅぅ!!!』
半泣きで土下座を繰り返すゼウに、流石に悠木も責めるのが可哀そうになってきた。
「まあ、わざとじゃないなら……怒っても、しょうがない……か」
悠木は、やり場のなくなった拳をひっこめた。どうせ、この人を責めたところで、死んだ人は帰ってこない。
「でもぉ! あたしのパパがぁ! ママがぁ! ……ペットのゆにまるも、友達のエミ子も、死んじゃったの……?」
天音が、ボロボロ涙をこぼす。……そう、だよね。それが当然の反応だ。
改めて考えると、湧いてこなかった実感が湧いてきた。
僕のお母さんも、お父さんも、死んじゃったのかな……。
いまいちそういう実感がわかなかったが、そう考えると、ひいばあちゃんが死んだときにだって泣かなかった自分でも、色々堪えきれなくなりそうになる……。
『確かに、あの世界の人類、その文明は滅びました……ですが、滅びた世界と、死んでしまった人たちを助ける手段はゼロではありませんよ!』
ゼウは言った。
「ほ、ほんとうですか!?」
悠木は、バッと顔を上げる。
すると、女神ゼウはにっこりと微笑み、こう言った。
『ええ! 貴方達二人が、伝説の勇者『二人は奇跡の魔法少女』に変身して、とある異世界に行ってそこに住む『魔王』を倒してくれれば! 私たちが並行世界保存サーバーからバックアップで魔王がやってくる直前まで世界の時空を戻すことができます! 魔王とは、貴方たちの世界を滅ぼした張本人! 私たち神々でも、その力を抑えることは敵わない、とても驚異的な存在です! それを倒せるのは、伝説の勇者『二人は奇跡の魔法少女』しかいないんです!』
「……つまり、ちょっと待って。えーと……」
悠木が手でゼウを制した。
『なんですか? 悠木くん』
キョトンとした顔をする女神。
「ツッコみたいところを一気に2つ出さないでくれませんか!? まず……その、なんで伝説の勇者がそんな女児アニメチックな名称なの!? あと、そんな並行世界の時空ってパソコンのデータみたいに保存されてるもんなの!?」
『まあ、そもそも世界の成り立ち自体が巨大なクラウドに保存してあるデータみたいなものだし……あっ、これは言っちゃいけないんでしたっけ。 魔法少女なのは私のひいひいおじいさまの趣味ですよ?』
「ひいひいおじいさま!? ……ってか、しれっと聞きたくないことを聞いてしまった気がする」
『安心してください。ただの電気信号にも命はありますよ』
「やめろ! そんな気休めが聞きたいわけじゃないんだ僕は!」
すると、女神ゼウはこう言った。
『でも……別にそれを知ったからと言って、何が変わるわけでもありませんよね? 世の中の人たちに言っても信じないでしょうし。 簡単に言えば、世界が何度滅んで人が何度死のうと、魔王の存在さえなくなれば、貴方たちが召喚される前の世界にきれいに元通りにできるんです。悪い話ではないと思うのですが……』
「そんな簡単に言われても……要は、剣と魔法の世界で、魔王とその軍団と戦えっていうお約束みたいな流れ……なんですよね? 口で言うのは簡単ですけど、戦うなんて死ぬかもしれないんですよね? 痛いだろうし、僕はともかくこの子が……」
と、天音のほうをちらりと見ると、
「あ、でも魔法少女いいわよね。あたしね、将来の夢が魔法少女だったんだ~」
天音が言った。
「ちょっと!? 立ち直り早くない!? 君家族が死んで泣いてたよね!?」
驚いて悠木がツッコむが、
「元に戻るんなら、だいじょうぶかな~って。 それより……もしかして、衣装ってかわいい?」
天音は食い気味にゼウに聞く。
「天音ちゃん!? なに聞いてるの!? 今ので納得できたの!?」
『ええ。もちろん、貴方たちが頭の中で一番かわいいと思っているデザインになるように設計されてますよ』
女神ゼウが答えた。
「やったぁ! ちょっと夢かなっちゃった♪」
「なにそれ……ていうか、僕は、魔法少女なんかより鎧とか剣とか、かっこいいがいいんだけどなぁ……」
喜ぶ天音に対し、悠木はため息をついた。
『さらに、男の子には嬉しいスキルポイント割り振り&再配分機能、ステータス確認機能、チュートリアルにお助け音声ガイドの機能もついてます!』
「あ、それは普通に助かるかも」
って、ゲーム感覚で考えてしまったけど、つまり僕たちはこれからゲームのような世界に行って、魔法少女になって魔王を倒してくればいい、ということらしい。
『それでは、よろしいですか? 今から、お二人を魔王の住む並行世界『メイデン・ワンダーランド』に転送しますよ』
ゼウが言った。
「えっ、もうですか!?」
「やった~! はやくはやく!」
『それでは転送装置を起動しますよ~っ! ぽちっとな!」
女神ゼウが目の前に見えないコンソールのようなものを召喚し、スイッチを起動する。
「あっ、ちょっと!? 一応聞くけど、ここには戻ってこられるんですか!? あと、魔王の住む世界って言ってたけど、最初に転送されるのは安全な雑魚しかいない平和な町ですよね?」
悠木と天音の身体がキラキラ輝きだす。まだあんまり詳しい話も聞いていないのに、不安すぎるんですけど……
『一応、転送機能もありますからどうしても来たかったらお姉ちゃんを呼んでくれればこちらに呼びますけど……あっ、すいません。座標なんですけど、一番弱い街の隣の湖の孤島に、魔王城があるんですよね……万が一間違えて魔王城に飛ばしてしまったらすいません。先に謝っておきます』
「オイ!?」
「お姉ちゃん、なんだかよくわからないけど……あたし、世界の平和を取り戻して見せる! がんばるから!」
『うっ、なんて天使なの女子中学生……! 涙で転送画面が見えな……(ピッ)あっ』
「ん? ちょっと!?」
不安な音が聞こえて手を伸ばすが、次の瞬間悠木と天音の身体は光に包まれた!
~転送を、開始します。~
~転送を、開始します。~
~転送を、開始します。~
~目標座標『メイデン・ワンダーランド』~
~勇者:『ユウキ』のログインを確認しました~
~勇者:『アマネ』のログインを確認しました~
~GAME『VS魔王軍 世界救済編』をスタートします~
▼序章 終わり